03. ヒールをかけた花が枯れたほどです
「なんで、おまえがここにいるんだ。ロスペイン」
「嫌ね。ちゃんと招待状を渡したじゃない。アデルったらもう忘れちゃったの」
「……それは、僕の部屋に投げ込まれた脅迫状のことか」
おまえのビザは預かった、返して欲しければここへ来い。
そう書かれた手紙が二日前、こぶし大の石とともに、僕たちの宿に投げ込まれたのである。
石の直撃をこめかみに受けた僕はしばらく寝ていたが、シンシャが荷物をあらためると、たしかにビザはなくなっていた。
脅迫状は本物だった。
正直、それは人質を取られたり身代金を要求されるよりも陰湿で厄介な手口といえた。
死ねば生き返るデッドシティでは人質の意味があまりなく、むしろ不法滞在で強制送還される方が、父との約束がある僕にとっては痛手となるからだ。
そうした事情を、犯人はどうやら知っているらしかった。
罠だろう、とは当然思った。
だが、盗まれたビザに代わりはない。
ひと晩話し合い、僕たちは警戒しつつも、手紙の指定通り町外れの酒場に行くことにした。
そこでアクロイドファミリーに因縁をつけられ、僕は出血のショックで気絶した。
気がつくとテーブルの対面に女がいた。
ロスペイン。
それがここまでの経緯である。
「あんな手紙で脅迫状だなんて。世間一般じゃ、あんなのかわいい乙女の悪戯って言うのよ?」
とロスペインは笑いながら首をかしげた。
「……」
少し考えた。
ロスペインが脅迫状を寄こした犯人ならば、ここは一応、彼女の冗談につき合うべきだろうか?
……まあ、無視がいいだろう。
状況がどうあれ、彼女に関わると事態は必ず悪化するからだ。
「そうか。まあ、そういう考え方もあるかもしれないな」
僕は話題を切り替えた。
「ところで、その招待状の指示で、僕たちは今日ここに来たんだ。あれはおまえの手紙なんだろ? だったら、約束通り早くビザを返して欲しいんだけ――があぁあああ!?」
ふいに、ロスペインが僕の肩から鉈を引き抜いた。
「何してんの!?」
「あなたの態度が無粋だからよ。せっかく私が協力してるっていうのに。ねえ、シンシャ。あなたからも、この馬鹿に言ってやってよ。彼女は善意の塊のような淑女ですって」
シンシャは僕の横に立っていた。
いつも通りの無表情で、喪服に刺繍を入れたようないつもの格好で控えている。
しかし、思えばシンシャはロスペインの奇行を止めなかった。
今も、話をふられて困っているような気配さえある。
「シンシャ?」
怪訝に思って呼びかけると、彼女はようやく口を開いた。
「私から説明、ですか」
「そうよ。言ってあげなさい」 ロスペインが口を挟んだ。
「まあ。彼女の言い分に嘘がないのは事実のようです。誤解を招く行動が目立つものの、ビザに関しても、彼女はどちらかといえば、好意的な協力者といえるのではないでしょうか」
「嘘だろ……」 僕はつぶやいた。
「嘘じゃないわよ。失礼なやつね。疑ってるなら、残った腕もぶった切るわよ」
「いや、でも、にわかには信じがたいって、いう……か」
鉈をゆらゆらとさせるロスペインに、僕は椅子に座ったまま後退した。
ロスペインは、は、と鼻で笑い、テーブルに鉈を突き立てた。
それを見て、シンシャがあとを引き取った。
「つまり、彼女は御主人様のビザを拾い、届けてくれた協力者なんです。
彼女は我々の宿に入った賊を、そうとは知らずに偶然倒した。身ぐるみを剥いで奪い取った。するとビザがあった。そこで、あなたのビザを預かっています、と、そう一筆したためて親切心から手紙を出した。
要約しますと、そのような事情があったようです」
「……なるほど。ビザを盗んだのは別人だったってことか」
考えてみれば、ロスペインが何かを盗むというのは不自然だった。
彼女なら盗むのではなく奪うだろう。
一昨日、泥棒にそうしたように。
「でも、それなら拾ったとき、その場で持ってくればいいじゃないか。なんで手紙なんて面倒なことを」
「興の問題よ。タダで渡すより、手順を踏んだ方が面白いでしょう?」
「その手順のせいで、石が僕に当たったんだけど」
「そ。死ななくてよかったわね。私はちゃんと、あなたのこめかみを狙ったんだけど」
「だからこめかみに当たったんだよ! まったく、何を考えてるのか相変わらず理解できない……」
言いかけたとき、千切れるような痛みが走った。
僕はうめいて腕を抱いた。
もちろん、そこに腕はなかった。
「ぐ、ぬ」
「あらあら(笑)」
「御主人様。お気をたしかに。いま気絶されると、また腕を切らねばなりません」 シンシャが言った。
「え、なんで……。そういえば、さっきもそんなことを話してたみたいだけど」
「はい。緊急であったため、遺憾ながら居合わせたロスペインに相談いたしました」
「感謝なさい」
ロスペインを無視して僕は言った。
「ええと、どういうこと」
「順を追って説明いたします。まず前提として、私には他者を癒やすための回復機能が備わっておりません。どのぐらい備わっていないかと申しますと、以前独学で
「そ、そう」
「そこへ、先の
ですので、私がヒールと唱えて除草剤のごとき魔術を行使するよりも、気絶した御主人様を見守っている方が傷にとってははるかによい、と、このように判断いたしまして、実際そのように待機しておりました。
見守りのさなかには、アクロイドファミリーの残党が性懲りもなく立ち向かってくるという場面もありましたが、折よく現れたロスペインが彼らを一蹴したため私はとても快適でした。
そこで、そうだ。どうせならば、待ってる間に台無しになってしまったステーキのかわりを持ってこよう。御主人様のお目覚めに合わせて新しい食事を用意するのだ。ヘイ、ロスペイン。暇ならそこで見守りをお願いします。
このように申しつけて、私は新しいステーキの注文に乗り出したわけです」
「あの、なんで僕の腕を切るかが知りたいんだけど」
「ここから、そのお話につながるのでございます、御主人様。
そうして湯気の立つサーロインを持ってきた私は、ふとテーブルの生肉を見て愕然といたしました。失礼。テーブルの生肉とは御主人様の右腕のことですが――ともあれ、それを見て私は愕然といたしました。
なぜなら、くだんの右腕がほとんど治っていなかったからです。対して、気絶した御主人様の傷はすでに切断面が塞がりかけておりました。
お分かりでしょうか、御主人様。つまるところ、切れた右腕をくっつけるためには、本体の切断面が完治していてはいけなかったのです。
ゆえに表面的な裂傷を切断面につくり、そこにパーツとなった右腕を再び接合する必要がございました。それが無理ならば、御主人様が目覚めるまでにヒーリングが途切れないよう、本体の右腕を少しずつ切り詰めていく必要がございました。
このような次第で、では切る道具は何にしようか、と居合わせた彼女に相談を」
返事はせず、僕は黙ってつばを飲んだ。
寝ている間に少しずつ自分の腕が短くなっていく。
横には湯気の立つステーキが置かれている。
意味は分からないが、言い知れぬ恐怖は感じられた。
「そうでもしなければ、パーツとなった御主人様の右腕が壊死してしまう可能性もございました。
熟考の上です。どうか、ご無礼をお許しください」
シンシャは深々と頭をさげた。
僕はうなずいて、低くうなった。
もとより彼女を責めるつもりは毛頭ない。
シンシャが話してるあいだ、拾ってつけた右腕の接合部には、細かい光の粒子が渦を描き集まっていた。
ヒーリングの効果だった。
僕はそこに仕上げの印をほどこして、腕をもみながら質問した。
「じゃあさっきの話だけど、切断面じゃなくて、思いっきり僕の肩に鉈が刺さっていたのは」
「それは鉈の使用を私が止めようとしたところ、ロスペインが止まらず、むしろ勢いづいたのであのような結果に」
「ようするに、間抜けが切られて気絶したから大変だったって話よ」
悪びれもせずに言って、ロスペインは足を組み替えた。
「ところで、そろそろ本題に入ってもいいかしら。まさか、私が落とし物を届けるためだけに、ここに来ただなんて思ってないわよね」
「そういうセリフは、落とし物を落とし主に返したやつだけが言えるんじゃないか」
「もちろん、返すわよ。もらう物をもらったらね」
ロスペインがテーブルの鉈を上に投げた。
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