02. 敵がいたらぶっ殺すでしょう?

      Ⅱ


 魔界の底の不死の街、デッドシティ。

 この街にいる魔族たちには皆、目的がある。

 一つは思う存分に殺し合うこと。


 不死の街だから、たとえ何度死のうともピースホールという特別な墓地に行けば(つまり死体が運ばれれば)、次の日には健全な心と新鮮な肉体で、死者は蘇生することが約束されている。

 ご来園ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております。そう墓地の看板に書かれているぐらい、この街では生と死が日常的に流転るてんしている。


 二つ目の目的は、敵を殺して自分のキルレートを上昇させることである。

 キルレートとは殺し合いにおける戦績のことで、仕留めた敵の数と、自分の死亡数を合わせると数値化できる。

 そして高いキルレートを保持する者、いわゆるネームドには、働きに見合った報酬が毎月支給されるので、これを目的にレート上げに躍起になる者も少なくない。

 つまり、金が欲しい、酒が欲しい、薬が欲しい、快楽が欲しい。そのためには仕事ではなく、。それが街のルールだった。


 そんなわけで、この街デッドシティには多くの実力者たちがつどっていた。

 より正確に言うならば、多くの悪党たちが血気盛んにはびこっていた。

 では、そんな物騒な場所にどうして僕のような腑抜ふぬけの魔族がいるのかというと、それは父との約束があるからだった。

 父は言った。あの街で百年、おまえが非暴力を貫けるのなら、力をうとむおまえのことを認めてやる――。


 なりゆきは単純だった。僕は自分の母親を殺した。

 力の暴走、才能の過信、不幸な事故。

 原因の言い方はいくらでもあったが結果は一つで、僕は母の死をいたみ、深く嘆き、以来、自身を取り巻く一切のしがらみを病的なほど遠ざけるようになった。

 血統、家柄、格式、名誉。そんなものはどれも無意味に思えたのだ。


 けれど、だからといって「無意味だ!」と思ったままを口にすれば「出て行け!」と罵倒されても仕方がない。

 僕と父の最後の会話は四時間あったが、要約すればたったの数行に満たないものだった。


「いつまでそうして塞ぎ込んでいるつもりだ。嫡男としての立場と責任を考えろ。おまえは、あれの死を無駄にする気か」

「では利益があれば、母の死は正当化されるのですか」


 ファックユー。静かな罵り合いはそれで終わり、事務的な手続きだけがあとに残った。

 旅券の発行、爵位の放棄、財産の分与。

 思えば、伝えたいことと口に出た言葉は互いに違うものだったのかもしれない。

 だが、譲れるものと譲れないものも互いにあった。

 父にはそれが家の面目であり、僕にはそれが悲しみの置き場だったのだろう。


 でも、本当は自分でも気づいていた。

 僕が欲しかったのは、悲しみの置き場ではなく償いを渡せる相手だったということに。


 そうして家から離れこの街にやってきた僕は、誰かに殺され、殺されては生き返る、無為の日々をくりかえした。


「ヘイ、ガキ。ちょっとそこまでツラ貸しな」 バン!

「運が悪かったと思うんだな」 ガン!

「つまんねえやつだな。少しは戦えよ」 ザク、ザク、ザク!


 シンシャがいくら強くても数の前には限度がある。それに僕の命には父の計らいで特別な報酬が上乗せされていたから、噂は広まり、みるみるうちに周囲の敵は増えていった。


「おまえがアデル・ノクスだな」


 はい、そうです。

 答える前に大きな槍が胸を貫き、血を吐いた僕はこうべを垂れてひざまずいた。

 まるで焼き増しの毎日だった。

 次に来るのは、似たようなセリフに似たような最期だ。


「悪いな。坊主」


 しわがれた声が頭上で響き、予想通りのセリフに笑みがもれた。

 これで、今日も一日が終わる。

 目を閉じて、静かにそう思った。

 だが、その日はなぜか余計な付録もついていた。男の言葉に誰かの声が重なった。


 ――ごめんね。アデル。


 それは一瞬の回想だった。僕の頬に手を当て、死の際でそうつぶやいた母は小さく笑った。

 謝るべきなのは僕の方なのに。つぶやいた母に、泣くだけの僕は何も言えなかった。

 どうしてだろうか? どうして母は、こんな僕に、ごめんと言って死んだのだろうか。


 ――悪いな。坊主。


 男の声に、僕はゆっくり顔をあげた。

 男は、少しも悪いと思っていなかった。

 強者の優越と、弱者への皮肉が、その表情にはにじんでいた。

 だから僕は、心の中でもう一度思った。

 どうしてなんだ。どうしておまえらは、こんなにも簡単に誰かを殺してしまえるんだ?

 おまえは。僕は。僕たちは――。



「は? いいのよ、そんな細かいこと。敵がいたらぶっ殺すでしょう? ステーキがあれば切り刻むでしょう? 目の前に切るべきものがあるなら、適当なナイフでぱぱっとやっちゃえばいいのよ。いったい何が問題だっていうの?」



 声が聞こえた。


「問題ばかりです。いいですか。これはステーキ用のナイフであって、人体を切るためにはできていません。どう考えても強度が不足です」

「じゃ、かじれば? 食い千切ればいいのよ。シンシャはロボなんだから、その気になれば前歯をカミソリにするぐらい朝飯前でしょ」

「無理です。というか嫌です。そもそも私はロボットではなく由緒正しきホムンクルスですから」

「……? 一緒でしょ」

「全然違います。根本的に」


 正確には、人工生命体ホムンクルスの魂を移植した機械人形オートマタがシンシャである。

 ところで、何の話をしているんだ。


「面倒ね。結局のところ、こいつの傷がいいだけの話なんでしょう」

「まあ、結論を言えばそのとおりです」

「なら、いいのがあるじゃない。どういうわけか天井に突き刺さってる不可解な鉈が」

「あれは御主人様に不貞を働いた無法者の所有物です。そのような穢れたものをここで使うことはまかりなりません。つまり、その提案は却下です」

「ふうん。じゃあ、あれでいいか」

「失礼。話をお聞きでいらっしゃる?」

「聞いてる聞いてる、超聞いてる。聞いてるからこそクソ面倒だしもういいやーって。はい。それじゃ一気にいくわよ。せーの」

「な、待ちなさいロスペイ……あ」

「あ」


 瞬間、右肩に激痛が走り、僕は絶叫して飛び起きた。


「あああああああああああ! ……っぐ、なんだ、肩が……」


 僕は自分の肩を見た。鉈が刺さっていた。


「おはよう、ファッキンアデル。寝起きに発声練習なんて、元気があり余ってるようで何よりね」


 そんな聞き覚えのある挨拶があった。できれば聞きたくない挨拶でもある。

 僕は荒くなる呼吸を抑えながら、声の方を振り返った。


 赤いナイトドレスに、毛皮のショール。

 開いた胸元からのぞく大きな傷跡。

 そして、それらの印象とは正反対の、少女のような白い肌と、長い黒髪。

 順々に確認したそれらは想像通りのもので、僕は痛みをこらえて相手の顔をにらみつけた。

 だが案の定、長いまつげに縁取られたその目は、もだえる僕を見てにやにやと笑っていた。


 ――ロスペイン。


 この街に来た初日、出会い頭に僕を殺した女だ。

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