立花は、どこ行った?

塚内 想

立花は、どこ行った?

「なあ、立花、どこ行ったか知らん?」

 立花のクラスの引き戸を開けると、あいつの姿はなかった。だから、机を引っ付けてカードゲームをやってる男子たちに居所を訊ねる。

「ええ、そう言えばおらんな。先帰ったんちゃうか」

 三人の男子のうちの背の高い子が辺りを見回して言った。

 それにしても男子がやってるカードゲームって端から見ててもルールがさっぱりわからへん。普通にトランプとかの方がおもろいと思うんやけどな。

「そうなん?困ったな。あいつん、結構遠いからな……」

「あれ?お前ら、幼なじみと違ったっけ?」

 あたしの言葉に別の男子が疑問を挟んでくる。

「ああ、そうやけど、あいつ子どもの頃に引っ越してるから、あたしの家からだいぶ離れてるで」

 学区が変わったから小学校も転校してるし。高校に入って久しぶりに再開したもんな。

「それやったら今からやったら追いつくんちゃうか。駅に着くまでにつかまえたらええやろ」

 こっちに背中を向けてる名前も知らん男子が、カードから目を離さずに提案してくる。

 たしかに一理あるわ。こんなところでグダグダはなししとってもしゃあないしな。

「あんがと。じゃあ追っかけてみるわ」

 戸を閉めて廊下を玄関に向かって速歩きする。


「なあ、立花、どこ行ったか知らんか?」

 戸を開けて教室の中を見回してみたが、立花の姿はどこにもない。仕方ないから教室でカードゲームをやってる三人の男の内の背の高いやつに聞いてみた。

「先帰ったと思うで。……なんや、あいつ今日はえらいモテモテやな」

 え?どういうこっちゃ?

「さっきも居所、聞かれたばかりやわ。こういうのって重なるもんなんやな」

 それは聞き捨てならんな。

「そいつは、なんか用事があったんか?」

「いや、別に聞いてないけど。駅に着くまでに追いつくからって、さっさと行ってもうたで。で、お前はなんの用なんや?」

 そいつには聞かんと俺には聞くんやな。

「あいつに数学の教科書、貸したまんまなんや。明日使うし、今日も予習やっときたいしな。部室ならいると思って行ってみたんやけど、おらんかったからこっちに来たんやけどな」

「おお、マジメ!」

 マジメって、予習すんのは当たり前ちゃうんか。

「それやったら机の中に入ってるんと違うか?漁ってみたらええやん」

「いや、それはマズイやろ」

 さすがに他人ひとの机の中、見るんわあかんやろ。

「ええって、必要やねんから。明日にでも『取りに来たで』って言うといたるわ」

 背の高いやつがカードを置いて立ち上がった。そして立花の机に向かって中を覗いた。

「なんや!カラッポやないか。あいつ置き勉とかしとらんのか。こいつもマジメやな」

 いや、置き勉したらアカンて言われてるやろ。マジメとかそういう問題と違うし。

「せやったらあいつ、人の教科書持って帰ったんか」

「借りたこと忘れとるんかな」

 別のやつもカードを置いて立花の机の中を覗いてみてる。

「それなら今のうちに追いかけた方がいいんと違うか」

 カードを置かなかったやつが建設的な提案をしてきた。

 それもそうやな。ここで時間を使ってもいいことないし。

「サンキュー。じゃあ追っかけるわ」

 背中越しに「がんばれよ」という声を聞きながら廊下を歩き出した。


 声をかけられて、振り返ったんやけどなんか知らん男子が目の前にる。この子、誰やったっけ?

 その子に呼ばれて靴箱のかげにまで連れてこられる。

「……僕のこと覚えてくれてますか?」

 わあ、一番されたくない質問を一発目にしてきたで。いや、見たことあるような気ぃもするんやけど全然思い出せん。

 あたしが黙ってると業を煮やしたのか

「去年、クラスで一緒やった川村やけど」

 教えてくれた。教えてくれたのはええけど、それでも思い出せん。

「ああ、川村くんな。顔は覚えてるで」

 名前も平凡やし、顔もこれといって特徴ないから印象がまったくない。

「僕、影薄いからな。覚えてなくてもおかしいないし」

 本人、やっぱ自覚はあんのか。

「ところで何?ちょっと急いでるんやけど」

 用事があるならよしてや。電車に乗られたらアウトなんやから。

「ああ、そうなんや。ごめんね……」

 いや、「ごめんね」はええから早よしてほしいねん。

 川村くんは、それからも言いにくそうにしてる。ええ加減にしてくれんかな。

「ごめんホンマ時間ないねん。話は別の日にしてな」

 あたしがそう言って立ち去ろうとすると、やっと意を決したみたいや。

「あ、あのな……」

 ……ちょっと待って。なんかえらい顔赤らめてるけど……えっ?もしかして?


 そういえば、まだ立花が家の近所に住んどった時に、あたしらが仲良かったから双方の母親が

「二人とも結婚したらええのに」

 なんて無責任に言うとった。あたしもまんざらやなかったけど、お父ちゃんがめっちゃ反対した。

「二人が結婚したら、うちの子がかわいそうやろ」

 いやそれは、お父ちゃんのせいでもあるやんか。まあ、今なら気持ちはわからんでもないけど……。


「あんな、自分、覚えてへんかもしれんけど、去年僕から五百円借りてるんや」

 昔を思い出してボーッとしとった、あたしの耳に思いがけん言葉が飛び込んできた。

 ……五百円?ああっ!思い出した!

「ごめん!せやった!去年、昼ご飯代たしかに借りとったわ」

 ちょっとあれって去年の今時分やんか。一年近く借りっぱなしやったんか。

「ほんまはあげても良かったんやけど。今日、どうしても欲しい限定版の漫画があって手持ちが足りんねん。それで自分に貸しとったのを思い出したから。急で申し訳ないけど返してくれんかな」

 逡巡しとった分、一気にまくしたててる。

 あたしは鞄から財布を取り出して五百円を手にする。少し考えてさらに百円も取る。

「ホンマごめんな。これ、一年間借りっぱなしやった利子やから受け取って」

 川村くんの手に六百円握らせる。

「いや、利子とか、いらんから」

 百円を返そうとする手を押し戻して、そそくさとその場から逃げるように駆け出す。

 うわっ、めっちゃ恥ずかしい!


 駅までの道を走ってるけど、立花はまだ見当たらん。もしかしたら追い抜いたか?

 俺は少しスピードを落として、改めて周囲を見回す。

 とりあえず駅に着くまでに会わなかったらどうするか?俺は駅から上りの電車に乗るが、立花は下りの電車に乗る。

 もし、もう電車に乗ってたら俺の定期じゃ追っかけることはできん。だったら、上りのホームから探した方がいいか。そこで見つからんかったら、諦めるしかないか。

 そうこうしてるうちに駅に着いた。


 逃げるように走って駅に着いたけど、結局途中で立花に会わんかった。まさか見逃してないよな。

 もう電車に乗ったやろか。

 困ったな。あたしは明日でもええけど、あいつは困るやろな。

 家に帰ったら電話しようか。お互い携帯電話でも持ってたら、こんなことにならんかったのにな。

 あたしは定期を改札に当ててホームに入った。


 上りのホームから向かいの下りのホームをずうっと見てるが、やっぱり居らん。もう電車に乗ったやろな。

 もうここまできたら諦めなしゃあない。予習できんかったら、できんでなんとかなるやろ。


 ホームに出たら向かいのホームに立花が居った。よかった、まだ電車に乗ってなかったんや。

 でも、あいつはこっちに気づいてない。あたしはありったけの声を上げて、あいつを呼ぶ。


 なんか視線を感じる。そう思って向かいのホームの出入り口付近を見たら立花が居った。

 俺は遠くいる、立花に向かって大声を上げて呼んだ。


立花たちばなァァァ!あんた、数学の教科書、忘れてるやろ!」


立花りっかァァァ!お前、俺の数学の教科書、返せやぁ!」

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立花は、どこ行った? 塚内 想 @kurokimasahito

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