第23話 内面

冷静に考えてみるとわからない事が多いなぁって改めて思う。

 フブキちゃんに対して、僕ははっきりと恋愛感情を持っていない事は分かった。

 桜とほとんど同じ顔だけど、桜ではないフブキちゃんをそういう対象に見る事は残念ながらできなかった。

 ではモモちゃんに対して、本当のところ僕はどう思っているんだろう?

 フブキちゃんは僕がモモちゃんに対して恋愛感情を持っていると言った。

 それは……否定しない。

 だからこそ僕の中にある桜へと向かう――もう発酵してどろどろになった、ある種のこだわり……怨念にも似た恋焦がれる――この気持ちと、モモちゃんに対して向けている――例えるなら自分の前で必死に滑車を回すハムスターを眺めるときのような……微笑ましくてずっと見ていたい、一緒にいたいという――気持ちが全く同じ『恋愛感情』という表現で同類項として括っていいものかどうかがわからないんだ。

「確かにね。あの子……モモちゃんだっけ? 可愛いもの小動物みたいで」

 今は平日のお昼時。

 例によって打ち合わせのため本社へと出張ってきた友田さんに誘われてのランチタイム。

 今日は肉が食べたい気分だったのでがっつりとハンバーグをつついている。

「それはまぁ……否定しませんけど。友田さんの言う『諸々の問題』だってありますし」

 僕は仲直りしてから急速に僕の中に広がるモヤモヤについて……僕の気持ちの部分のみを友田さんに半ば愚痴のように話をしていた。

「ん~、んじゃ、付き合っちゃえば?」

「えっ!?」

 突然爆弾を落とされた僕はカチャリとフォークを落としてしまう。

 この人……僕に思わせぶりな態度取ってなかったっけ……。

 いや本当に『思わせぶり』なだけでその気はなかった……つまりからかわれていたのかなあ?

 その割にはこうしてご飯に誘ってくるし……。

「そんなにびっくりした? はいこれ」

「どうも……」

 友田さんは替えのフォークを取って、僕に差し出してくれたのでそれを受け取る。

「でもねえ、結局男女って恋人になってくっつくか、ならずに、もしくは別れて離れるかしかないと思うよ?」

 あ~、友田さんは異性の友情は成立しないって考えの人かぁ。

 僕はそれが成立派と不成立派に分かれていて、いまだに結論の出ない問題だという事は知っているけど。

 僕がどちらか? と問われたらそれは分からないとしか答えようがない。

 だってそもそも桜に対して抱いていた感情に名前を付けたのは……確か敬太と義明だし。

『それが異性として好きだって事だぞ』と僕が桜への思いや感情を2人に話をした時に教えてくれたんだった。

「そういうものなんでしょうか」

 僕のそのあいまいな答えに、優雅な仕草でお茶のカップを口に運んでいた友田さんがちらりと視線を僕に向ける。

「少なくとも私はね。だって……忘れられるのは嫌じゃない」

 忘れられるのが嫌だから、繋がっていたいから相手に強烈で鮮明な記憶を刻み付けるのだと友田さんは続ける。

 その結果としてお互いが惹かれ合い、恋人になってより深く相手を求めるのはごく自然な事なんだと言う。

「……確かにそうですけど」

 でもだからと言って知り合った人全員に忘れられない鮮烈な記憶でもって自分を覚えてもらうなんて無理な話だ。

「わからない、って顔してる」

「それは、まぁ……誰にでもそうしてたら疲れないかなって……」

 ハンバーグ最後の一切れを口に放り込んで友田さんの次の言葉を待つ。

「ん、やだなぁ。私だって知り合った人誰にでも覚えていてもらいたいとは思わないわ。そうしたいと思った相手だけ、よ?」

「うっ………」

 耳の痛い事を言われた……。

 僕の苦いものを食べたような表情に苦笑いで返されると、僕はどう答えていいかわからず視線を横に逸らす。

「まったく。ここまで言ってもまだそういう態度な人、初めてだわ」

 今度はあきれ顔でため息を吐く友田さんは再びお茶に口をつける。

「すみません……」

「謝る事ないわよ? だって別にそれが嫌だとかは思ってないし。そもそも嫌ならLFOあんなに遊んでないわよ」

「えっと……それはどういう……?」

「単純に面白いなって思うけど、それ以上に貴方が遊んでるから私も遊んでる部分が大きいって事よ」

「……」

 その発言に、僕はどう答えていいのかわからず。

「とりあえず、レイドという物をやってみたいわ。言われるままに色々集めてはみたけど仕事と同じで準備が大変なのね」

 黙り込んだ僕に気を使ってくれたのか、話題を微妙にずらしてくれた。

「覚える事もたくさんで失敗もたくさんしますけどね。頑張って続けていればできるようにはなるので」

 ゲームの話になったとたん饒舌さを取り戻した僕に再び苦笑いをくれた友田さんは取りあえず頑張ってみるね、と笑いながら返す。

 仕方ないのだ、僕は最低限の人付き合いしかしてこなかったし、それらをこれからゆっくりと身に着けていこうとしている今、急にコミュニケーション力が激増するなんて事は起こりえないんだし。

 その辺の所を理解しているからだろう、友田さんは僕の行動や発言に対してあまりきつい事を言ってこない。

 そういう面で言えばモモちゃんやフブキちゃんの方が僕に対する期待値……という物が遙かに高いような気がするんだ。

 モモちゃんは今の僕が好きって言った割にまだ彼女が10年もの間持ち続けたイメージを重ねている――小さい子が『大人』に抱く何でも出来て優しいイメージ――が全くないわけではないし。

 フブキちゃんは『桜の想い人』が僕だと気づいてから最初のツンツンした態度が柔らかくなって、病気の事があったとはいえ急速に近づいてきた時にはかなり砕けていたしそれはやっぱり桜から――臆病だけど誠実で、悩む事が多いけど意思を決定したらどこまでも一途な男の子――恐らくこんな感じの人物像を聞いていた彼女もまた、10年間でまた彼女なりのイメージを持っていたんじゃないかなと。

 二人の違いは多分そんなに無くて、でも決断は全然変わるくらいには違ってて。

 どちらもが僕への期待値とその方向性による所もあるんじゃないかなと思うんだ。

 世の中に数多あるライトノベルの主人公であれば、僕と知り合った異性は全員、物語が終わるまで必死に主人公を追いかける展開になるけど現実ではそうそううまくいく訳がないし、そうなるためにはやっぱりコミュニケーション力は必要だし。

 そもそも僕はフブキちゃんのように諦めてくれる方が楽なんだ。

 今、目の前でほほ笑んでいる友田さんや週末に一度は家に来て並んでゲームをするモモちゃんの方がよっぽどその真意がわからないんだ僕としてはさ。

 わからないからこっちも不安になるし対応に困る事もあるけど、でも決してそれらの想いを重いと思った事はないんだ。

 好意はなんであれ向けられたらうれしいものだからね。

「さて、そろそろ出ましょうか。お昼休み終わってしまうわ」

 ふ、と立ち上がる友田さん。

 脇に置いたスマホをのぞき込むと時刻は昼休み終了の5分前を指していた。

「あ、もうこんな時間かぁ」

「ここ、人気店だから行列に並ぶ時間も結構長かったしね」

 あまり長居しているつもりはなかったけど確かに移動に5分、その後15分ほど並んで注文の品が出てくるまでにさらに15分、実際食事していた時間が20分と考えたら確かにこんな時間にもなろうという物だろう。

「あ、そうだ言い忘れてた……」

 本社への道すがら友田さんが雑談の最中にそんなちょっと不穏な話題の切り替えを行った。

「な、なんでしょう」

「来月からだけど横浜支社から本社に転勤する人がいるからよろしくね」

「は、はぁ。まぁわかりましたけど……」

 何がどうよろしくなのか、よろしくしたらいいのかまで友田さんは教えてくれなかった。

 とりあえず覚えておこうっと。

 まだ梅雨特有の湿りきった空気は真昼の時間でもやっぱりからっとする事なく全身にまとわりついてきて夏はまだ遠そうでいて気温だけは確実に夏へと向かっていると思わせるほどに暖かいをちょっと通り越してきたような、そんな季節。

 それは、つい先週まで僕の周囲で吹き荒れていた季節外れの桜吹雪が完全に収束する事を意味していた。

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