第20話 なんとかしたいけど

 モモちゃんと和解する、と一口に言っては見たけどこれが中々骨の折れる事だと気づいたのは数日後の事だった。

 あれから――フブキちゃんが緊急搬送されてから――もう1週間が過ぎたのにLINEメッセージは既読にならないしゲームの中でもわざと入れ違いにログインしているようで顔を合わせる事は無かった。

 電話……も考えてはみたけどさすがに声を出すのは僕が怖い。

 直接会いに行くのも……目の前で拒絶されたらそれは電話以上に怖い。

 結局人は変わるなんて偉そうな事を言っておきながらその実ほとんど変化が無いわけだ。

 こういうのを自分の事を棚に上げる、って言うのかな。

 とりあえず……モモちゃんとの事をちゃんとするまでお見舞いに来るなと言われた僕は一昨日、香織さんから手術は無事成功したという一報を貰っているのでフブキちゃんの件は一安心。

 深夜に差し掛かろうかという時間に、月明かりも差し込まないほぼ真っ暗な病院の個室で話し込んだ僕とフブキちゃんは一つずつ、お互いの行動を縛るお願い――約束を取り付けた。

 僕がフブキちゃんに言ったのは『長く生きれる可能性が高い選択をする事』。

 フブキちゃんから僕には……やっぱりと言うか多分等価な約束が提示された。

 少なくともモモちゃんと和解するだけではないけど、約束を果たすためには必要不可欠な第一歩だ。

 フブキちゃんは体を治す事を選択し見事に可能性を開いた。

 でも僕は……最初の一歩から躓いてしまっている。

 どうしたらいいんだろう。

 徹底的に避けられている以上、モモちゃんの気持ちが落ち着くのを待つ以外僕に打つ手は……。

 馬鹿の一つ覚えの様に浮かんだ――以前モモちゃんのストーカーとなったウィンさんをおびき出すべく取った、あの時と同じ初動――ならあるいはモモちゃんと話をする機会が得られるかもしれない。

 いいんだろうか?

 僕は自分自身で考える事を放棄して、ただ他人に頼って楽に解決を図ろうとしているだけじゃないのか?

 それは本当の意味でフブキちゃんとの約束を果たす事に繋がるのか?

 でもフブキちゃんだって一人で病気を治そうとしているわけじゃない。

 医者がいなければ手術は出来ないし、看護師がいなければ入院生活すらままならない。

 だから僕だって他人の手を借りてもいい、とは思うんだけど……

 規模が違いすぎる。

 片方は生きるか死ぬか、でももう片方は女の子との仲直り。

 ――堂々巡り。

 何巡したかを数える事がばかばかしくなるくらいにはずっと同じことを考えてしまう。

 つまり……やっぱりというか戻るけど本当に打つ手なしなんだ。

 考えるのに疲れた僕はパソコンの電源を入れ、いつも通りLFOへとログインする。

 挨拶チャットを打つより先にフレンドリストを確認して……やっぱりアールちゃんのログイン表示はされていなかった。


 リリィ=リィ:こんにちは~☆


 今日は土曜日。

 普段なら嬉しいはずの休日は、まるで10年前に戻ったかのように色あせてしまっている。

 あの頃、僕はやる事のある平日のそれも昼間と言う時間帯がまだ心穏やかに過ごせていたんだった。

 さて自由時間だ、となると途端に襲ってくる孤独と無聊と寂寥は黙って一人やり過ごす以外に無くて、だからと言って積極的に何かをしようともしなかった。

 今だって同じだ。

 僕の挨拶チャットに対する返事がぽつぽつ返ってくるのを眺めながら、また僕は円環の思考に飲まれて……。


 ラズベリー=パイ:ちょっとそこのパンツ、ツラ貸しな

 リリィ=リィ:あ、はい……


 てかパンツじゃない!!

 といういつものお約束を打つほど心に余裕はなかった。

 余裕が無かったのか、それともチャット文から漂って来たある種のプレッシャーを感じてしまったからか。


 ラズベリー=パイ:ウチの地下に来な


 そういえば最近地下を改装したとか言ってたっけ。

 どんな話をされるんだろ……きっといい話ではない、よねえ。

 今はあんまり重たい話は聞きたくないなぁ……。

 と思いながら指定された場所に行くと。

 ……いや改装したとは聞いていたけどさぁ。

 真っ白い壁に四方を覆われている一室は唯一の外壁に配置された小さな窓には鉄格子が内側からはめられていて(と言ってもゲーム的なダミーの窓だけど……地下だし)、入り口の扉は分厚い金属製、明らかに雰囲気づくりのために壁に設置された姿見はマジックミラーのつもりだろうか。

 質素な金属製の机が部屋の中心にあって、対面で座れるように置かれた椅子もある。

 机の上にはご丁寧にも飾り気のないデスクライトが一つ。

 刑事ドラマでよく見かける取調室を模した(それも妙にリアル)部屋に、僕は通された。


 ラズベリー=パイ:奥の席に座って


 言われるがまま席に座ると、対面の席に同じように腰を下ろしたラズさん。


 ラズベリー=パイ:何故ここに呼ばれたか、わかりますね?


 いやそれゲーム管理者の台詞でしょ!

 アカウント凍結される前とかに罪状を告げるために言うやつでしょ!


 リリィ=リィ:いえ……わかりません


 呼び出された人がよくやる反応を真似してみる。

 そもそもただこの部屋を見せたくてノリでこんな事しただけかもしれないし。

 と思った僕はそもそもの考えが甘かったらしい。


 ラズベリー=パイ:アールちゃんと何があったのか全部吐け?


 ばれてる。

 モモちゃんが話をした……のかなぁ。

 もしそうなら今の状況を良しとは思っていないって事だけど。

 そして『全部』とはどこまで……


 ラズベリー=パイ:全部は全部だよ。

 リリィ=リィ:……


 全部。

 もうラズさんにどこまで何を話したのか明確には覚えていない。

 それだけ、この2か月程の出来事は複雑に入り組んでいて簡単に……先に僕が考えた通りに何かを隠しながら話すという事はとても難しくて。

 でも。

 他人を頼るかどうかで頭を悩ませていた僕はこの流れに沿ってしまっていいのかとも考えてしまう。


 ラズベリー=パイ:どうせまた我が身可愛さに逃げ口上を延々と考えているんでしょ。そんなの考えるだけ無駄。それとももうアールちゃんとは一緒に居たくないの?

 リリィ=リィ:……そんな事は……

 ラズベリー=パイ:まぁ、わたし達には全く関係のない事だし話さないというのも選択だけどね


 ラズさんはそこで『机をたたく』というエモーション、文字通りバァン! と音を響かせて両手を机に振り下ろし、椅子から立ち上がる動作でもって自分の感情を表現した。


 ラズベリー=パイ:で、その場合解決までどれくらいかかるの? レイド行こうって言ってた約束を反故にするの?

 リリィ=リィ:……わかった。


 観念した僕は現実世界の名前こそ伏せたもののここ数週間で起った出来事をある程度話をした。


 ・ずっと好きだった女の子にそっくりな従姉妹が現れた事

 ・その子が重い病気だった事

 ・病気にかかった事自体が怖くて、自分の死を意識して治療に踏み出せずにいた事

 ・説得して、治療してもらおうとしたけどうまく切り出せなかった事

 ・救急搬送される直前に、キスされた所をアールちゃんに見られてしまった事


 なるべく事実だけを、起こった順番に簡潔に話すとラズさんは『ふぅん』と鼻を鳴らすようなチャットを一言入力した。

 しばし止まるチャットの流れは現実世界で言うと沈黙の時間を意味する。

 相手が考えているのか、それとも他の何かをしているのかが見えないのでひたすら待つしかない。


 ラズベリー=パイ:で、どうしたいの?

 リリィ=リィ:どうって?

 ラズベリー=パイ:そりゃアールちゃんときちんと話したいのか、もうどうでもいいのかよ

 リリィ=リィ:そりゃあ……


 話をして仲直りしたいと思ってるけど。

 取り付く島もない今の状態じゃ全くと言って良いほどそのきっかけが無いんじゃどうしようもない……。


 リリィ=リィ:どうにかしたいけど今のままじゃ……

 ラズベリー=パイ:で、ちゃんと考えたの? どうするか

 リリィ=リィ:どう、するか?


 ここ数日僕の頭の中は『どうするか』ではなくて『どうしよう』と『でも』がぐるぐると回っていた事に気づく。


 リリィ=リィ:あ……

 ラズベリー=パイ:あのねえ。方向性とか着地点をハッキリと決めないうちに方法だけ考えたって堂々巡りになるだけでしょ。そんなのは考えてるんじゃない、逃げてるって言うの。出来ない言い訳考えたって無意味じゃない


 その通りだった。

 結局僕はまだ他人が怖いのかもしれない。

 深く関わろうとしたらいなくなるかもしれない、こちらが望んでもあちらは望まないかもしれない、などと考えてばかりだ。

 でもそう言われても僕がどうするべきかはまだ見いだせてないし……。


 リリィ=リィ:それはそうかもしれないけど、分からないんだもん……

 ラズベリー=パイ:何寝ぼけた事言ってるの? ハッキリしてるじゃない。それともこっちが言わなきゃダメなの? どんだけ甘えたら気が済むの?

 リリィ=リィ:言われたよ……ハッキリと


 ラズさんが今言いたい事はきっとフブキちゃんが痛みを訴えてうずくまる直前に言い放ったあの事だと直感した僕は事実を述べる。

 嫌だと、言うなと言ったのに直接的で端的な表現でもって僕の心の内に潜む自覚の無かった想いを暴かれたあの事だと。


 ラズベリー=パイ:そう。それならなんでそんなにウジウジしてるの? やれる事全部やってもいないんでしょう?

 リリィ=リィ:向こうに避けられてたらこっちがどう動いたってどうにもならないでしょ……

 ラズベリー=パイ:じゃ、動いたんだ?

 リリィ=リィ:LINEにメッセージ入れたけどまだ既読にすらならないよ

 ラズベリー=パイ:他には?

 リリィ=リィ:ゲームはどうもログイン時間合わせないようにされてるし……それ以外は特に何も


 ゲームに誰がログインしているのかは外部で連絡先を知っている、共通のフレンドに中の状況を確認してもらうか後は確かログイン状態を隠すステータスにしていない限りはアプリでも確認ができたはずなので僕がいるかどうかはすぐに……。


 あれ?

 僕は何かをし忘れているような……?


 ラズベリー=パイ:バカなの? そりゃあ普段ならそれでも何かしら返ってくるでしょうよ。でも気まずい時にたった一つ何かをしただけで相手が反応するとでも? そうやって誰に、いつでも同じ対応してるのって結局貴方は誰でもいいんだわ。ただ自分が傷つきたくないからちょっとでも自分の想定から外れる人をそうやって避けていたんでしょう? で、そういう自分を変えたいんじゃなかったの?


 変えたいよ。

 変えたいけど……変え方なんて誰も教えてくれないじゃない。

 そして二度目の『凪の時間』が訪れ、チャットログはぴくりとも動かなくなった。

 10分くらい経って、沈黙を破ったのは……。


 セシル=ハーヴ:フフフ。話は全て聞かせてもらった。ちゃんと話が出来る場を設けてやろうじゃないか!


 あれ、さっきまでいなかったのに。

 バァン! と扉を跳ね上げ(……たように入って来た。きっとただ移動するんじゃなくて何らかのエモーションを使ったんだと思うけど)入って来た白銀のキャラ。


 セシル=ハーヴ:今回、俺もしかしたら2、3日のアカウント停止喰らうかもなぁ……。でもやらないとダメか……。


 アカウント停止って……。

 いったい今度は何をさせるつもりなんだろう……。

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