第13話 ん? 何故こんな事に……

 落ち着け。

 よく思い出してみるんだ。

 あの時友田さんは何と言った?

 何に対しての相談だった?

 僕は勝手に『仕事の話』だと脳内変換して会話していなかったか?

 何とも間抜けな話だと自分自身でそう思う。

 ほぼ毎日触れていた世界、楽しい世界の話だというのに。

どうして何の話かと聞き返さなかったのだろう?

答えは簡単だ。

 彼女がゲームという娯楽を嗜む人に見えなかったから。

 でもまぁ……。

 楽しんでくれているならそれはそれでアリだし良いと思う。

 そんなわけで僕達はあの後友田さんのキャラ、《アメテ=ボウ》さんとフレンド登録を済ませていくつかのアドバイスをしたんだけど。

 やっぱりこれも僕の思いこみだけど普段ゲームをしなさそうな友田さんがいったいどこまで理解できたかは分からない。

 そして。

 明けて日曜日。

「え? モモちゃんなんで……?」

 朝、目を覚ますとすぐ傍にモモちゃんの顔があった。

「おば様から鍵預かってるのよ。セイちゃんをよろしくって」

 そんな事一言も聞いてないんだけど……。

 そもそもうちの玄関の鍵ってそこら辺の鍵屋で簡単に複製できないはずなんだけど。

 早朝に出かけたお母さんがあの時間帯に他人様のお宅を訪問して預けたというのは考えにくいし余ってるスペアキーは無かったはずだし業者に頼んで取り寄せたと考えるのが一番納得のいく答えなんだけど。

 どうしてモモちゃんにそれを渡しているんだろう?

 それも僕をよろしく、って。

 実際の所はどうであれ世間様の目みたいなモノは気にならないんだろうか……。

「……まぁいいや。とりあえずご飯をお腹空いた……」

 もそもそとベッドから這い出てクローゼットを……。

「モモちゃん」

「ん?」

「着替えたいから出て行ってもらえるかな?」

「あたしは全然構わないけど?」

「僕が構うの! 恥ずかしいの!」

「ちぇ、はぁ~い」

 すごすごと部屋の出口まで後退したモモちゃんは、

「あ、洗濯するから汚れ物は洗濯籠に入れておいてね」

 などとお母さんみたいな発言をしてから階段をトントントンと調子よく降りて行った。

 一体何しに来たんだろう。

 まさか本当に僕のお世話しに来たとか言うわけじゃないよねえ。


「用意できてるよー」

 着替えを終えて顔を洗って朝ご飯何にしようかなと考えつつリビングに入ると、既に食卓には典型的な朝ご飯セットが並んでいた。

 ご飯、味噌汁、目玉焼きに綺麗なコゲ色のついたウィンナー。

 ついでに言えば二人分の用意がされてある。

「えっと……モモちゃん?」

「なぁに?」

 先ほど部屋でしたのと同じ問いと違う答えが行き交う。

「一応……今日の訪問目的を聞いてもいいかなぁ……?」

 恐る恐るその質問を口にする。

「そんなの決まってるじゃない」

 エプロンの紐を後ろ手にほどいて手早く丸めて空いている椅子に置くモモちゃんが『何を当たり前の事を』とでも言いたそうに柔らかなほほ笑みを返してくる。

「暫く会えなくなるから……その前にいっぱいセイちゃんを見ておこうかなって」

「ふ、ふぅん。そうなんだ……」

「あ、なにそのそっけない反応。傷つくなぁ……」

「そんな事いわれても……ね」

「まぁそーだよねぇ。セイちゃんに『嬉しいな、僕もモモと一緒に居たかったんだよ』とか『そっか、じゃあ思い出いっぱい作っておこうね』とかとか『モモはいい奥さんになるなぁ』とかとかとか『今夜は泊まって行けば?』とかとかとかとか……ひゃ~~~~」

 僕の声真似をしながらどんどん妄想をエスカレートさせて行っているらしいモモちゃんはついにしゃがみこんでしまう。

 いや……僕そういう台詞言わないし。言えないが正解だけど。

 そういえば今日のモモちゃんは普段のよそ行きな恰好よりもちょっと地味めな服をチョイスしていた。

 地味め、と言うのが適当な表現かは分からないけど飾り気のない無地のTシャツとくるぶしまでをカバーするジーンズと言う恰好は汚れてもいいような服装を選んだように見えなくもないでしょう?

「モモちゃーん、そろそろ戻ってきてー。ご飯食べようよー」

 もうやけくそだ。

 自宅の鍵を他人に預けるなんて前代未聞の……。

 あ、いや。

 前例あったな。

 まぁ桜だけど。

 あのころはお弁当をうちで作ってたりしたから持たせていた方が何かと便利だろうという事で親同士が決めた事だった。

 だから先に返った桜が何かの用事でウチに入り込んで僕より先にお母さんと談笑しながらおやつを食べている、なんて光景も日常だったっけ。

 その代わりという訳ではないけど僕も桜の家の鍵を持っていたけど。

「うん……」

 赤らんだ頬のまま僕の対面に座って合掌するモモちゃん。

『いただきます』

 息ぴったり、ご飯前の挨拶を見事にハモらせた僕達はそのあまりの調和っぷりに視線をしばし合わせてから互いにほほ笑む。

「食べよっか」

「うん」

 ぴんぽ~ん

 箸を取って粗塩を適度に振られたウィンナーをつまもうとした時、不意にチャイムが鳴る。

「宅配……かなぁ?」

 と思ったものの時計の針は8時30分、全国の子供達がニチアサタイムを楽しむ時間である。

「あたし出てくるね」

「あ、いいよ。僕が行くから」

「ううん、セイちゃんは食べてて。あたし行ってくるから」

 言うが早いか素早く箸をおいてリビングの向こう側、玄関へ通じる廊下に躍り出るモモちゃん。

 ん、ん~……。

 こういうのを『昭和の香り』と言うんだろうか……。

 関白様な亭主と三歩下がる良妻……いや何考えてるんだ僕は。

「え? えええええ!?」

 来訪者を迎えに行ったモモちゃんが叫んだ。

「どうしたのー?」

 気になって僕も玄関に向かってみると。

「やっほー」

「フブキちゃん……」

 昨日に続いてまたしてもフブキちゃんが片手をひらひらと振るのが見えた。

「あ、今ご飯? 丁度良かった~ご飯食べないで出て来たから」

「なっ……あっ……」

 昨日の事を知らないモモちゃんの方が僕よりもショックを受けたみたいでまともに言葉を発せずにパクパクと金魚のように口をぱくぱくとさせていた。

「で、どうしたの今日は?」

 僕が問いかけると外歩きで乱れた髪をふっと後ろに流しながら平然とフブキちゃんが『遊びに来た』と答えた。

「まぁ上がって……モモちゃんごめん、ご飯もう一式頼めるかな……?」

「う、うん……用意するね」

 ようやくちょっと回復したモモちゃんはまだちょっと茫然としたままリビングへと戻っていく。

「あら、朝っぱらから女連れ込んでご飯作らせるとかセイちゃんにしてはやるわね」

「言い方ァ!?」

 そもそもフブキちゃんはモモちゃんが僕の家に一人で来るの猛反対してなかったっけ……。

 そもそもと言えば昨日は『誠一君』と呼ばれてたけどあれは敬太と義明の前だったからなのかな。

 桜と同じ呼び方をされてると思われたら何かマズイ事でもあるのかなぁ?

 僕は別にどっちでもいいんだけど。

「良いじゃない。セイちゃんがあの子に何かするとはもう思ってないし。それに大方モモちゃんの独断でしょう?」

「ん~……うちのお母さんが一枚噛んでるらしいけど僕は今日の今日まで知らなかったよ」

「やっぱり周囲に翻弄されてるんだね。桜が言ってた通り」

 桜と同じように目を細めてくすりと笑うフブキちゃん。

 でもあの『軽く握った手を口元に充てる』仕草はしなかったけど。

「とりあえず、ご飯にしよう」

 作るの僕じゃないけど。

「そうね。またお邪魔させてもらうわ」

 昨日といい、フブキちゃんは何の用事があってウチに来るんだろう……?

 フブキちゃん分の朝食を作るだけでなく『冷めちゃったから』と僕達の分までレンチンしてくれたモモちゃんの気遣いに感謝しつつようやくの朝食となった僕達は、あまりにも共通の話題が少ない事に気づいた。

 三人ともが話題に乗って来れるのはモモちゃんの両親……おじさんと香織さんの事くらいだったんだ。

 他に共通の知り合いもいないしなぁ。

 話題に詰まった僕が世間話でもしようかと、どの話題がいいかと頭を捻っている時。

「あ、そういえばさぁ。ボウさんの育成どうしようね」

 と明らかにフブキちゃんが乗ってこれない話題を平気で振ってくるモモちゃん。

「あ、うんそうだねえ」

 この話題、乗るのは良いけどフブキちゃん置いて行かれないかな?

「あ~LFO?」

 あれ。

 知ってる……?

「そそ。フブキちゃんは引退したんだっけ」

 しかも引退……。

「こないだモモちゃんが楽しそうにパソコンに向かってるの見たから何かなと思ったら懐かしい画面が見えてね~。つい話し込んじゃった」

 モモちゃんは知ってたんだねえ。

「でも引退って、何か嫌な事でもあったの?」

 何気なく口をついて出た言葉をあ、これ失言だったかもと慌てるけど時すでに遅し。

「あ~……それもあるけどね。まぁほら、『色々』、ね」

 嫌な事があった上で他にもいろいろ、かぁ。

 僕が楽しく遊べているのは単に周囲の人のお陰、なんだよねえとしみじみ思う。

「そういえば2人はどこ鯖なの?」

 鯖……サーバーの略でオンラインゲームはどうしても『収容人数』が決まって来てしまうため同じ世界をいくつも作って負荷分散をするのが普通なんだ。

「あたし達はオパールサーバーだよ」

 宝石名を付けているのがLFOのサーバー名称の特徴だ。

 まぁ、有名で人気の出そうなサーバーは既に規定人数に達してしまっていて選べないから新規で始める人が流入してくるうちの一つなんだけどねオパールサーバー。

「そうなんだ。私はダイヤにいたよ。もう超過密でさぁ。アップデートあるとラグが酷くて全然動けなかったよー。あー懐かしいなぁ」

 大手のオンラインゲームではキャラクターを他のサーバーに移す《移転サービス》が有料オプションで用意されているけど、LFOはそろそろ実装されるかもという噂だけで実際にそのオプションは現在存在しないからフブキちゃんと遊ぶというのは無理そうだ。

 まぁ、すっぱりと引退したくらいだし無理に復帰させる事もないしね。

「いやぁ、あの頃ほんとハマっててさぁ。サーバーで一本しかない伝説級の武器取ったりしてさぁ」

「うわすご。何やってたの? 職業」

巫術師ふじゅつしだよ」

 巫術師、通称『巫女様』。

 お札を媒介した魔法を使う職業で、特に式神を次々と召喚させて相手の能力を削ぐ事と広範囲に及ぶ回復……と言っても本職の回復役には到底勝てない回復量だけど……をこなす、弱体係とサブ回復の両方を担えるハイブリッドな職業だ。

 ただし扱いはそうとう難しいらしく『負術師』だの『ゴミ子様』とか散々ないわれようしかないし僕も上手い巫術師と一緒になった事は無かった。

「それ本当の巫女様じゃ……」

 サーバーに一本しかない、って事はサーバー内の腕に自信のある人達全てを蹴散らして勝ち取るほどの腕と幸運を持っているわけで。

 いつか一度でいいからそんなうまい巫術師と遊んでみたいものだなぁ。

「まぁ私の事はいいよ。貴方たち今何してるの?」

 すっかりLFOの話題中にご飯を食べ終えた僕達は食後のお茶(これもモモちゃんが淹れてくれた)を楽しみながらさらにその話題を続ける。

「アプデ前だし特にする事もない……のでのんびり勢のモモちゃんをレイドに連れて行こうかなって」

「へぇ! 今のレイドってどんなの?」

 引退した割には何かすごいこの話題に乗ってくるなぁフブキちゃん。

 その後、僕が今のレイドについて話をしてもすごい食いついてきた。

 止めたくて止めたわけじゃないのかなぁ?

 じゃあ一体どうして引退なんて……。

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