第12話 や、大丈夫だと思うよ……タブン

「んもう。私の顔を見て驚きすぎ」

「ごめん……でも本当にそっくりだからつい」

「まぁいいけど。昔から姉妹どころか双子のようだって言われていたし」

 いまだに警戒の色を薄く残す義明と違い敬太は素直に事実を受け入れて驚いた事を謝罪した。

「お昼、出前でいいよね。何がいい?……寿司以外で」

 先手を打って二対一、いや三対一になりかねないモノは予め封じる。

「ここは今日の特別ゲスト、フブキちゃんの意見なんてどうかな?」

 三人の中で一番女慣れしている敬太がそんな提案をする。

 ちなみに既婚者は義明だけだけど彼は高校時代にできた彼女とそのまま結婚したので(本人の証言によると)一人だけである。

「あ、それいいね」

「えっ……」

 突然決定権を振られて戸惑いを見せるフブキちゃんはそれでもお腹が空いているのは同じだし逡巡する。

「あ、じゃあ……ファミレス系のどこかにしましょ」

 あ~。

 僕達が出前って言うと寿司か丼ものかピザの三択しか出てこない。

 ネット文化の発達によって今はファーストフードすら家に居ながら楽しむ事が出来る時代だという事はまったく念頭に置いてなかった。

「いいかも。好きな物食べられるし」

 しかし。

 めいめいがスマホで頼むのも変だしそもそもスマホで4人分の注文と言うのは操作がめんどくさい。

 かといって僕の部屋に4人は入りきらないから今はリビングに移動してきているんだけども。

「ちょっと待って。そういう事なら」

 ショルダーバッグからフブキちゃんが取り出したのはタブレット端末。

 Windows搭載でキックスタンド付きのアレだ。

「これなら楽に注文できるでしょ。あ、誠一君はここの住所入力……いやどうせだから全員分入力よろしく!」

 テキパキと場を仕切るフブキちゃん。

「じゃあみんな何を頼むか言ってね」

 フブキちゃんと交代してタブレットの前に座った僕はみんなの注文を選択してカートに入れ、支払いをいったん僕のクレジットカードで登録し作業を終えた。

 それにしても。

 フブキちゃん何しに来たんだろう……?

 もう……検査結果は本人に通達されているはずで。

 たぶん……選択を迫られていて。

 ――生きるか、死ぬか。

 どっちにするかは本人次第。

 もちろん、周囲の人は例え1分でも1秒でも長く生きていて欲しいと思うものだけど。

 迷っているのかもしれない。

 もうどちらかに意思を固めてしまったかもしれない。

 あるいはそのどちらでもなくただ単に知り合いと暇つぶしに来た……。

 そこでふと思考が停止する。

 あ、そうか。

 僕の家はつまり桜が住んでいた家の隣なわけで。

 もしかしたら桜の家を見に来たのかなぁ?

 ネット注文をしてここでの役目を終えたタブレットを再びバッグにしまい込むとフブキちゃんは『お台所借りるわね』とキッチンへと入っていく。

「いいけど何するの?」

「ん、汁物でも作ろうかとねー」

 振り向いてそう答えるフブキちゃん。

「な、なぁ……」

「何? 敬太」

 身を乗り出して小声で話しかけてくる敬太。

「大丈夫、かな?」

「何が?」

「あ、ああ。俺もちょっと気になるな……」

「だから何が?」

 つられて僕と義明も小声で、まるで秘密の相談をしている感じに食卓の上に身を乗りだす。

「お前……覚えてないのか……? 桜ちゃんの手料理と言やぁ……」

「あ」

 欠点らしい欠点がない桜の唯一の弱点。

 それは料理の腕だった。

 何度か振舞って貰った事はあるのだけどその度に振舞われた側は苦い笑みを浮かべて食べるしか術がなかったっけ……。

「いやでも似てるのは外見だけでしょ……さすがに……」

「わからんぞ……一族揃って下手な血筋かもしれないだろ」

「さすがにそれは失礼だよ」

 などとどう切り抜けようかと話し込んでいると。

「あ、安心して。桜みたいに極端な創作料理は作らないから」

「あ」

 僕達の不安を読んだフブキちゃんがひょいとキッチンから顔をこちらに出してそう言った。

「まったく。どんだけ桜の影響大きいのよ貴方たち……」

「ま、そりゃ誠一のせいだな間違いなく」

「ちょっと! 僕のせいなの!」

「そりゃそうだろ。これでも俺らは結構心配してんだからな」

 つまり僕のせいらしい。

 それもそうか。

 ずっと桜桜って言い続けて来たわけだし。

 今にして思えばこの二人が桜の事について話を切り出すのはいつも墓参りの事か桜の誕生日の事しか無かった。

 それ以外の事は……多分思いついて話そうとしても憚って来たんだろう。

 僕が悲しい顔や苦しい顔をするのが分かり切っているから。

 なんで。

 なんで僕はそんな簡単な事にも気づけなかったんだろう?

 10年、いつもいつも一緒に居た訳ではないけど他の友達よりもこの二人と過ごす時間はとてもとても多かったはずなのに。

 それでも僕を友達だと認めてつるんでくれているのはとてもありがたい事だなぁ、って。

 そう考えたらなんだか……。

「ありがとうね、ふたりとも」

「おいおいどうしたよ」

「泣きながら意味不明な謝意を示されても」

 それは女の特権だぞ、と敬太が茶化すけど。

 大泣き、とはならなかったけどそれから少しの間僕は両方の目から溢れる熱いモノを止める事が出来なかった。


 その日フブキちゃんがウチを訪問してきた理由は結局分からず仕舞いだったけど。

 昼ごはんが宅配されてきてから僕たちは折角だし、とリビングから庭に続く窓を開け放った。

 少なくとも僕が家にいる間そこは長い事閉じられっぱなしだったけど。

 レースのカーテンがそよ風にふわりふわりと舞う様が視界の端に入るのはまるで桜の花びらが踊りながら散るみたいに見えて。

 僕には桜がこの4人で一緒にご飯を食べているのをほほ笑みながら見守っているんじゃないかって思えたんだ。


 あ、フブキちゃんが作った卵スープは普通に美味しかった事は本人のために言っておくね。


 その日の夜。

 みんなが帰ってから僕は改めてゲームにログインをすると先にモモちゃんがログインをしていた。


 リリィ=リィ:そういえばアールちゃんのレイド攻略、再来週からが都合良いって

 セシル=ハーヴ:おう、んじゃそれまで色々準備しておくわ

 アール=リコ:あの……よろしくお願いします!

 ラズベリー=パイ:任せて、って言いたい所だけど変則的なパーティになるけど大丈夫かなぁ? タンク一人になっちゃったし……。


 あーそうだった。

 ウィンさんが抜けざるを得なくなっちゃったから戦力的に厳しいか……。

 かといって他に知り合いは……。


 セシル=ハーヴ:ん~、まぁ一応何とかならなくはないけどなタンク一人構成でも……問題は何であれ頭数が揃わない事だな

 ラズベリー=パイ:サブでもいいから回復役出来る人も欲しいよねえ

 セシル=ハーヴ:一応高火力……遠隔攻撃メインで責める攻略法もあるけどな。リリちゃんとアールちゃんが魔法使いならその攻め方の方が良いかもしれん

 アール=リコ:足りないのってどういう職業なんです? その方法だと

 セシル=ハーヴ:そうだなぁ……支援系と弱体系、あとラズが言ってた回復役で3人は欲しい所だな


 支援系で火力職と言われるダメージをたたき出す役割の人をさらに強化しつつ同時に弱体系の人がボスの能力を低くして、タンクの回復に専念するラズさんを補助して全体攻撃時のリカバリーが出来るサブ回復かぁ。


 アール=リコ:あ、あたし一応支援系のフレさんいるけど……

 セシル=ハーヴ:けど?

 アール=リコ:うーん……

 ラズベリー=パイ:何か問題?

 アール=リコ:最近はじめた子で、まだレベルとか全然なので

 セシル=ハーヴ:開始までその子がどれくらい進めてくれるかだなぁ


 支援系ならそこそこの装備さえあればレイド攻略に参加可能なんだよね。

 そりゃあ極めてる人の方が一つ一つの支援スキルは効果が高いけどそれは微増と言ってもいい、はっきりと言えば誤差レベルだ。

 まぁ、世の中には『最高装備じゃない奴は地雷』みたいに言う人はいるけど例えば10000のダメージが10001になった所でクリア時間が短縮されるわけでもないし。

 タイムアタックがしたいわけでもないし。


 アール=リコ:じゃあちょっと聞いてみるね


と、そこでアールちゃん……モモちゃんから着信が入る。

『セイちゃん、あの人だけどいいよね?』

「あの人?」

 一体誰なんだろう?

 僕が知っているこのゲームを遊んでいる現実での知り合いは敬太と義明、それにモモちゃんだけのはず。

『あれ……セイちゃんもしかして気づいてない?』

「なにが?」

 うん?

 モモちゃんが何を言っているのか全くわからなくて、僕は『う~~~ん……』と低く唸る。

『気づいてなかったんだ……あのね』

 そして、モモちゃんは僕にとってとんでもない一つの事実を告げた。

『アメテ=ボウさん。あの人……中身は友田さんだよ? セイちゃんの同僚さんの』

「ええええええええええええええ」

 夜中なので大声が出せない僕は静かに驚愕の声を上げた。



 なんで、どうして友田さんがこのゲームを……。

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