第11話 珍客万来

 フブキちゃんの体の事について相談されてからというもの、僕はいつも通りと言えばいつも通り覇気が無い、誰に対しても抜け殻のような対応をして週末を迎えた。

 土曜の朝だけどいつもより……いや、最近はこの時間に起きる事が多いな……とにかく僕は7時にはベッドから這い出て来客の準備をしていた。

 久しぶりに義明がゲーム機を持って遊びに来るという連絡を貰っていたんだ。

 彼は僕達と同じゲームを同じ日に遊びだしたけどその後色々と忙しくなってしまって今では月に一度でもログイン出来ればいい方だったのでだいぶ差がついてしまっていた。

 自宅からログインすればいいじゃないとは言ってみたものの、返って来た答えは『俺が一人で留守番してると散らかしっぱなしにして!』って奥さんに怒られてしまうそうだ。

 だからって僕の部屋を散らかさないで欲しいけど……まぁそこまで他人の家で好き勝手やる男ではない。

 とにかく、僕は10年来の友達が久しぶりに遊びに来るという事にすっかり気を取られ……てはいなかった。

 嬉しいけど、早く来ないかなとは思っているけど、でもやっぱり心のどこかでフブキちゃんの事が気になって気になって仕方ないんだ。

 『説得して欲しい』って頼まれたけど、引き受けたけど、それで良かったのかなぁ?

 あの時は場の雰囲気もあってか変に使命感っぽい感じでやらなきゃって思ってしまっていたけど後からそれがいかに大変な事かもしれないと思い直してしまったんだ。

 いや、受けたからにはそうなった時にはやるけどさぁ。

 今更やらないとは言えないけど、でも荷が重いなぁ。

 ここ数日ずっとそんな事を堂々巡りのように考えてよく飽きないな僕の頭。

 そんなこんなで頭の中はさておき体はご飯を食べて換気しながら軽く掃除して、とテキパキ義明を迎える準備をこなしている。

 ちなみにお母さんは今日からお父さんの単身赴任先へ2週間くらいの日程で出かけているので(お母さん曰く『お父さんはセイちゃんより子供』らしい)しばらくこの家の維持は僕がしなくてはならないんだ。

 始発で行くからと僕がまだベッドの上で夢の世界の住人になっていた時分にカチャリと玄関の鍵がかけられる音がして一瞬目が覚めたので出かけた事は朧気ながらに覚えていた。

 その上朝食まで作り置きしておいてくれたお母さんはいったい何時に起きたんだろう……。

 何時に起きたんだと言えば義明は今朝まで遅番で仕事してるとか言ってたけど寝ないで来るつもりなんだよな……『9時には行くから』って言ってたし。

 と、時計を見ると8時55分。

 そろそろか……とお茶の準備をしようとポットに水を汲んだ時。

「せーいーちゃーーーんんん あーーそーーーぼーーーーーーー!!!!!!!」

 ああああああああ!!

 何叫んでるんだアイツは!!

 キッチンまで何重にも壁とか扉とか障害物いくつもあるのにハッキリ聞こえて来るくらい大声出されたら近所迷惑だろうに!

 現職警察官が何やってるんだよ……。

 がっくりとうなだれながら玄関の扉を開けてやると。

「よっ」

 満面の笑みで片手を上げる青いTシャツの好青年が向こう側に立っていた。

「ちょっと、やめてよねああいうの。騒音で通報するよ?」

「そりゃ困る。でも懐かしかっただろ?」

「そりゃまぁ……」

 小学生の頃はほぼ毎日3人の家のどれかに集まって遊んでいたのでそりゃあああいう掛け声だってやってたさ。

「まぁ、入って。僕の部屋は覚えてるでしょ。お茶淹れて持って行くからゲーム機設定してて」

「おう、お邪魔するぜ」

 体格のいい義明が階段を一歩登るごとに踏み抜くのでは? と不安になるような大きな音を立てるけどそんな事はもちろんなく僕は階上で扉の閉まる音にほっとして電気ポットのスイッチを入れる。

 少ししてポットがクツクツと水が沸騰する音を立て始めた所でスマホが着信を知らせる。

『義明そっち行ってるんだって? 俺も行くわー昼前には着くからヨロシク』

 敬太からだった。

 なんだ今日は来客多いなぁ。

 ちなみにモモちゃんは友達と修学旅行のための買い出しがあるとかで今日明日は来れないと言っていたので丁度いいのかもしれない。

 やがてお湯が沸いた事を電気ポットが知らせて来たので二人分のお茶を淹れて自室へと持って行く。

「誠一、ワイファイのパスワードくれ」

「あーうんちょっと待ってね。あ、そうだお昼前くらいに敬太も来るって」

「おう久しぶりにここで3人集まるのかー」

 僕の部屋のテレビにゲーム機をつないだはいいけどネットワーク接続が出来ずに困っていたらしい。

 パソコンを立ち上げてIDとパスワードを記入しているメモ帳を開いて口頭で伝えてやるとテレビの画面は即座にゲームのログイン画面へと遷移した。

「また来るかもしれないしパスワード記録させちゃっておけば?」

「そうだな。そうしておこうか」

 どうせもうモモちゃんのパソコンにはしっかり記録されてしまっているし一人増えた所で全員がこの場に一堂に会してゲームをするなんて事はないだろうし。

 ……ないよねぇそんな事。

 ぴんぽーん

「あれ、誰だろう宅配かな……?」

 敬太が来るにしては早すぎるし。

「ちょっと行ってくる」

 何の気なしに来客対応を済ませてしまおうと階下に赴き玄関の扉を開け……。

「こ、こんにちは……」

「えっ? こ、こんにちは……」

 まず視界に飛び込んできたのはミントグリーンの長袖ブラウスにグレーの膝丈キュロットスカート。

 髪はモモちゃんや友田さんより長くて揉み上げから胸元を通り越して腰に届こうかと言うくらいの長さ。

 そして挨拶と同時にちょっと下げた頭を戻したその顔は。

「どうしたの? フブキちゃん」

 桜の従姉妹で桜そっくりの顔をした女の子、一ノ瀬風舞季その人であった。

 フブキちゃんは何故か目を泳がせてこんな事を口早に言う。

「いやー『用事』が済んじゃって暇でさぁ。でも桃は出かけちゃったしこの町に知り合いいないしさー。で、どうしてるかなって……あ、来客中だったかな」

 義明の無造作に脱ぎ散らかされた靴を見て誰かが来ている事を悟るフブキちゃん。

 あ、そうだ。

 僕はちょっと悪い事を考えてしまった。

 フブキちゃんの事は確か話してない……はずだ。

 一度むくむくと沸き上がった悪戯心は中々に抑えがたいものだ。

 まぁさっきやられたしこれでおあいこって事で。

「あー大丈夫。友達が遊びに来てるだけだから。お茶でも飲んでいく?」

「え、いや……貴方のお友達がいるなら……」

 邪魔しちゃ悪いから、と引き下がろうとするフブキちゃん。

 遠慮しなくてもいいのに。

「心配ないよ。きっと歓迎してくれる……彼も桜の事を知っている人だから」

「そう、そうなのね。ならお邪魔しちゃおうかな」

 桜を知っている、と言うワードは効果があったようで。

 パンプスを脱いで僕が教えた通り階段を上がっていく音を聞きながら残っているお湯がまだ湯気を上げている事を確認してからもう一人分のお茶を淹れて自分の部屋へと戻る。

 さてさてどんな風になっているのやら。

 期待半分、不安半分でベニヤ張りの扉を開けると。

「せ、誠一! ここここれはどういう事だ!?」

「ん~、どうってフブキちゃんだよ。はいフブキちゃんお茶どうぞ」

「ありがとう……」

 まるで幽霊でも見たかのようにベッドの方まで後ずさって青い顔をして声を荒げる義明とその義明にどう対処していいのかわからず棒立ちのフブキちゃんの間に入って平常運転を装った僕は。

 してやったり。

 いつもいつも弄られる側の僕のささやかな反撃は思いのほか効果てきめんだったらしい。

「改めて紹介するね。こちら一ノ瀬風舞季ちゃん、桜の従姉妹さんだって」

「はじめまして。風に舞う季節と書いて風舞季です」

 自己紹介をしたフブキちゃんは小首をかしげてほほ笑んだけど、その笑みの中には色々な感情がないまぜになったような複雑さが含まれていた。

 それにしても。

 どうしてフブキちゃんは突然訪問してきたんだろ?

 まぁ連絡先知らないからどうしても突然にはなっちゃうんだけどねえ。

 ちなみにこの時、義明は桜の幽霊か若しくは変質的に桜への想いを固持する僕がついにフランケンシュタイン的な偉業を成し遂げてしまったのかと考えてしまっていたらしい。

 冷静に考えれば血縁者だろうなって予想付くと思うけど人間突然の出来事に頭がパニックに陥ると最もあり得ない事を正ととらえてしまうとどこかで聞いた気がした。

 つまり義明の反応は正常で。

 そして悪戯っ子の僕達は同じように敬太もハメてやろうと2人で視線を合わせて頷いた。


「ささささ桜!? ななななななんで!!」

 という敬太の叫び声が家じゅうに響き渡ったのはそれから数時間後の事だった。

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