第8話 テナントビル1Fは寿司屋です(残念ながら)

 あれはどういう意味だったのか。

『あの人ならたぶんあたし勝てるけどさ。風舞季ちゃんに本気出されたらあたし絶対負けるもん』と言うモモちゃんの発言が気になって、でもその意味を聞けずに一晩が過ぎた。

 いつまでも思いを巡らせている訳にもいかなかった僕は部屋着から外出用の服に着替えて家を出た。

 今日は久しぶり……と言うにはまだ数週間しか経っていないけど敬太や義明と昼飯に行く約束をしていたんだ。

 日曜日だからなのか、それともこれが平常なのか駅前の商店街は人通りがまばらで、活気があると言えばファミレスとチェーンの喫茶店くらいなものだ。

「よぉ。作戦の日以来か。あんま経ってねーなー」

「でも助かったよ。ありがとう」

「いいって。んで、義明は? まだ来てねーの?」

「あ~、さっき連絡があってそこの寿司屋で席取って待ってるって……僕があんまり食べられないの知ってるくせに……」

 生ものが苦手で食べられるお寿司と言えば卵と納豆巻きくらいなのに……僕。

 失意の表情でほら、と僕のスマホに届いたLINEメッセージを見せると、敬太は僕とは正反対に何故か納得した様子。

「そうかそうか。やっぱわかってるねー」

「何が?」

「だってそこのファミレス、先月から全席禁煙にしやがったんだよ。全席禁煙の飲食店なんて全部潰れちまえっての」

 あぁ、そういう事かぁって義明に感心した前半の台詞が後半の悪態で台無しだよ敬太……。

 まぁ、僕はあんまり楽しめそうにないけど……。

「こらこら、そう言うなら止めればいいだけだろ」

「それは永遠のテーマの一つだな。そもそも仕事の効率は喫煙者の方が平均15%程良い、って研究結果だってあるんだぜ? つまり吸わない奴はトロくてデキないヤツだって事さ」

「はいはいすいませんねーデキないヤツで」

 それにしてもそこの寿司屋って……回らないんだけど手持ちのお金で足りるかな……。

 駅から道路一つ挟んですぐの角と言う立地的には申し分ない場所なはずなのに、そもそもの人通りが少ないせいで繁盛しているのかどうかはわからない。

 でも寿司屋らしく(テナントビルなので装飾だけだけど)日本の蔵をイメージした外観は中々綺麗だなぁ、って思った。

 中に入ると奥まで続く通路が一本伸びていて、カウンター席が左側、座敷が右側に用意されていた。

「いらっしゃいませ~」

 店内には他に客がいなくて、通りの良い声がしんとした店内いっぱいに響く。

「来たかー。こっちこっち」

 胡坐をかいて両手で手招きをする義明の声が続いて店内いっぱいに響いた。

「いやー悪いな呼び出して」

「それは大丈夫だよ。別に毎週でもいいし」

「そうそう。学生の俺にはとてもとてもありがたいよ二人とも」

「やめれ。こっちだって家庭があるんだそうそうオゴってはやれんぞ」

「ぼ、僕だって色々あるしそもそもそんなにお給料高くないし……」

「んっだよシケてんなー。実家に仕送り打ち切られて家計が火の車な俺よりいいだろーが」

 敬太はどっかりと座るなりポケットから煙草を取り出して火をつける。

 ええ、仕送りもらえてないの……?

「まぁ、冗談だけどよ。んで、急にどうしたよ?」

 どこまでが冗談なのかは言わず、今日呼び出した張本人に事情説明を求めながら紫煙を吐く敬太。

「ん~、一応報告しておこうと思ってな」

「何の報告?」

「例の『作戦』の顛末だよ」

 本名は知らないけど、モモちゃんの元カレでオンラインゲーム中でのキャラウィン=タージその人がモモちゃんへのストーカー行為を働いていると知った僕達は現職の警察官である義明がNOと言えない範囲で捕獲作戦を決行したのは数週間前のゴールデンウイーク中盤にまで遡る。

「あぁ……そのまま義明が取り調べとかしてるんだ?」

「いや……管轄が違うから生活安全課にいる同僚に任せてるんだけどな。その同僚から報告があったんでな」

「そうかぁ。で、あの不届き者はどーなったんだ?」

 僕が聞くより早く敬太が煙と共に事の顛末を要求する。

「ん~、まぁとりあえず注文しようぜ? さっきから店員さんが困ってるし」

「あ」

 そうだった。

 話の前に注文しないと。

「ランチタイムメニューって寿司屋にもあるんだな……まぁ『松』でいいか」

「うげ、高ェ……」

「心配すんな、今日は誠一がオゴるってさ」

「え! ちょっと!?」

 ランチタイムメニューは和風に松・竹・梅の3つあって松は一人前3500円……これお昼ご飯の値段じゃないじゃないか!

「はい、かしこまりました松三人前ですね」

 さらさらっと伝票に記載を済ませて一礼すると店員さんは厨房の方へと姿を消した。

「あああああ! なんてことを!」

 僕の分まで注文書かれちゃったじゃないか!

 でもまぁ、次の敬太の言葉でそんな文句も言えなくなって。

「アールちゃんを救ったお礼と思え、な?」

「………わかったよ。ほんとに助かったしそれくらいなら……」

 僕、いいように扱われてない?

 この後ゲーム内でもセシルさんとラズベリーさんから高額な装備くらい買ってよこせとか言われたらどうしよう……。

 ゲーム内も僕お金そんなに持ってないんだけどなぁ、現実と一緒で。

 そんな事はさておいて、敬太が陶器の灰皿にぎゅっと吸い殻を押し付け終わったタイミングで義明は話始めた。

「アイツ……一応本名は伏せておくけどな。最初は相当暴れたみたいなんだよな。俺は悪くねえ! 全部はあのおっさんが仕組んだんだーって」

「はは、おっさんかぁ……僕」

「高校生から見たらそんなもんだろ。まぁとにかく知らないやってないの一点張り。未成年って事もあったんで親に連絡してな。そしたら……」

「親父さんがすげえんだわ。警察官が止めるほどの勢いで『親権を行使』しやがってな。まぁまぁお父さん落ち着いて、となだめるのに一苦労したそうだ」

 お父さんの気持ちはまぁ……ちょっと分かる気がする。

 自分の子供が他の人に迷惑をかけて警察に逮捕……いや補導かな? されるなんてそりゃあ怒りたくもなるよねえ。

「んでな。まぁ初犯だし様子見ましょうって事でその時は保釈されたんだよ。親父さんに殴られてからは素直になったしな」

「その言い方だと後日談がありそーだな?」

 二本目の煙草に火をつけながら敬太が突っ込む。

「正解。まぁストーカー被害が報告されたのでしばらく巡回強化しましょうって話になってな。この町はそれなりに平和だから俺がいる交通課はじめ各課から応援まで出して巡回する事になったのさ。そしたら……あのバカ全く関係なさそうな人様のお宅の前で補導されてな」

 ん……。

 まさか。

 不安がよぎる。

「義明、それってさぁ。駅の向こう側にある『綿貫』って人の家じゃない?」

「なんだ? あの家と誠一関係あるのか?」

 やっぱりそうか。

 性懲りもなく今度はモモちゃんをどうにかしようと……。

 あ、でもモモちゃんからそういう話は聞いてないけど……。

「あ~、2人にも関係ある話だけどちょっと話していいかどうか確認するね」

『?』

 二人の不思議顔をよそに僕はスマホを取り出すとモモちゃんに今の話を簡潔に伝える。

 その間に(本当に僕が全額出すの……?)色とりどりのお寿司を乗せた大きな下駄……?見たいな何かが運ばれてきてそれぞれの前に置かれる。

 ……う~ん、やっぱり僕が食べられそうなネタあんまりないなぁ。

 でも今日は『お礼』だしまぁいっか。

「うっほ~。久々まともな飯ィ! いっただっきまーす!」

 敬太のそんなハイテンション極まる宣言と、僕のスマホにメッセージの返信が届いたのはほぼ同時だった。

『セイちゃんが信頼してる友達なら全然オッケーだよ。でもあたしにもアイツの事はあとで教えてね』

 すかさず『ありがとう、聞いた話は今晩話すね』と打ち返して。

「お許しが出たからさっきの話、するね。綿貫さん、ってのは一ノ瀬のおじさんの今の家だよ」

「は?」

「え?」

 そうだよねぇ。

 そんなの聞いてないもんねえ。

「桜がさ、いなくなって数年後に再婚したんだよおじさん。一ノ瀬っていうのは元の奥さんの姓なんだって。で、そのおじさんの義理の娘さんが……アールちゃんなんだよ」

『ハァ!?』

 2人が一斉に声を荒げる。

 まぁ、意味わかんないよねえ。

「なるほどな。まぁ再婚してもおかしくはないわ」

「つまりお前さんはまたもやおじさんの娘に慕われていると」

 二人は交互に僕の目の前にある生ものを次々に自分の口へと運ぶ。

 ……やっぱり僕がお寿司苦手なのわかっているんじゃないか。

 負けじと僕は二人の前にある納豆巻きや卵を箸でつまんで頬張ってやる。

「ん~まぁそうなるかなぁ……ってえ? 桜の事は僕何も言ってないと思うんだけど!」

 そう、この二人に僕が桜の事を好きだという事はとっくにバレているけど。

 桜がどう思ってたかなんてのはあのICレコーダーを聞かない限りわかるはずがない。

「何言ってんだ? クラスのみんなでお前らの事そっとしとくのが総意だったんだぞ?」

「は!? なにそれ!?」

「だってお互い好き合ってるのバレバレだったじゃん。明らかに。だから静かに見守ろうぜって言う話になってたんだよ」

 10年後に知ったその事実に僕は顔が急激に熱くなるのを自覚する。

 ここのお寿司、唐辛子なんて入ってないよね……?

「あれ、知らなかったのかよ」

「とっくに知ってるかと思ってたわ」

「いやいや! 初耳だからそれ!!」

 いわゆる『公認カップル』扱いだったって事……?

 全然当時は気づかなかったけど改めて言われるとすごく……。

「うわ、耳まで赤くなってるぞ誠一」

「うるさいよ」

 自覚はしてるんだ、さっきから!

「でもな」

 敬太が最後に僕の前に残った多分トロ? を自分の口に運びながらこう言った。

「俺も義明もお前さんが元気でいてくれるのは、嬉しいんだぜ?」

 ――持つべきものは友。

 誰が言ったか知らないけどそんな使い古された言葉が僕の脳裏に浮かんで。

「うるさいよ……」

 何故だか、変に感極まってなのか思わず涙ぐんでしまった。

 たぶん、納豆巻きのくせにわさびが仕込まれていたわけではない、と思う……。


 てか、僕ほとんど食べれてないんだけど本当に僕がここのお勘定全部出すの!?

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