第7話 しみじみと、2人の時間
妙にカンの良かった時間は結局あまり長くははなくて、具体的に言うとモモちゃんが僕達の分のお昼を作り終えるまでフブキちゃんと雑談をしていた間だけだった。
『でね、風舞季ちゃん明日から日中お出かけなんだって。どこ行くんだろうねー』
僕はいつも通りモモちゃんと通話しながらのゲームに興じているんだけど、雑談の中でモモちゃんがそんな事を言った。
お出かけ……検査かな。
あの後、桜の症状は最初から重くて、入院三か月後には余命三か月を宣告されていたらしい。
しかしそれを半年以上も延命させた実績を評価した一ノ瀬家は桜が入院していた病院に出資、悪性腫瘍について国立がん研究センターと共同での臨床試験に挑ませる程にまで押し上げたのだとフブキちゃんが教えてくれた。
だから国内でも子宮に関するがん研究が進んでいるあの病院……桜が入院して、香織さんが勤めている病院での検査を命じられたのだとか。
「ただの観光、って事じゃないんだね」
気づきはしたけどわざわざ心配させるような事を言う必要はない、よね。
『でもさぁ。ちょ~っと変だったんだよねぇ』
「変?」
『ママがね、『頑張って』って言ったの。どこで何するか、風舞季ちゃんは言ってないのに。何か知ってるのかなぁ』
香織さんは病院に勤務してるからそこら辺の事情を知ってるんだろうねえ。
「ど、どうなんだろうねぇ」
まさか僕まで知っているなどと言えるわけが無かった。
『それはそうとさぁ、セイちゃん』
「ん~?」
『パパが似てる似てるって、桜が生きてたらこんな風になるんだろうなぁってずっと言ってるの。セイちゃんも、風舞季ちゃん見てそう思ったのかなって』
「思ったよ」
隠しても無駄だろうし、僕は正直に僕が感じた事をそのまま述べた。
『やっぱりかぁ……んで、どうだった?』
「どう、って?」
『そりゃーさぁ。ドキドキしたかな~とかあたしとしては色々気になっちゃうわけですよ?』
何でそんな事……って言いかけた口を閉じる。
普通の感情、だと思ったから。
僕の感想じゃなくてモモちゃんの『色々気になる』は普通だと、思ったんだ。
だから僕はそれ以上の事も話す。
「ドキドキは……しない。だって似てるけど別人だし。それに……そんなに女の子の顔をまじまじと見れるほどの根性、僕にはないし……」
じゃあやっぱり見たかったんじゃないかよ! って思われるかもしれない。
う~ん……正直に言えばそりゃもうちょっとは……ほんの少しだけ、あれだけの時間話していたんだからちゃんと相手の顔を見て話したらよかったなとは思った……けど。
それは正直に伝えたらダメなんじゃないかなってそんな気がした僕はモモちゃんにそれを伝えず、ただじっと相手の回答を待った。
『そっか、セイちゃんらしいと言えばらしいね』
と、安堵したような優し気な声が返って来た。
「僕らしい、か」
『あたし何か変な事言った?』
「いや……」
少なくとも。
モモちゃんは変わろうとし始めた僕を見てくれていて、その上でああいう表現をしてくれたんだろうと。
他の誰でもない、モモちゃんにそう言われたら僕は今僕が変わろうとしている方向性はやっぱりあっていたのかな、と。
まぁ、その根幹には『桜の願い』という物が強くある事は否定しないけど。
やっぱり僕の原動力はまだ桜の比重が強いんだなぁって思うけど。
「僕、頑張るからね」
『突然何言ってるの』
僕の簡潔な決意表明をモモちゃんはおかしそうな声で一蹴する。
『セイちゃんはずっと頑張ってるじゃない』
「そうかなぁ?」
停滞は頑張ってるって言わないと思うんだけどなぁ。
『それより、そろそろレイド行きたいかなぁ』
「あ、それまだやるつもりだったんだ」
実はモモちゃんが基準のラインである『壁殴りで500位以内』をクリアしてから色々ありすぎて練習に行けていなかったんだ。
『こないだラズさんに言われたのよ。あたしも努力しないとだよって』
「モモちゃんが、努力?」
『そう。だってやっぱりゲームでも一緒に遊びたいじゃない。そしたらあたしが頑張って追いつくしか方法、ないもの』
「そういう事かぁ」
つまりモモちゃんは僕と遊びたいから難しいコンテンツにチャレンジする事にレイド攻略の目的をシフトさせたんだ。
そうやって自分を変化させていける強さは正直羨ましい。
『練習、付き合ってね?』
「お、おう」
オンラインゲーマーはどうしても日々だらだらと過ごすので直近でない約束事は反故になりがちなんだよね。
だから改めて皆にお願いしないとな。
『あ、でもあたしから言っておいてこう言うのもおかしいけど……』
「うん?」
『あたし、再来週から修学旅行だった……』
「んじゃあ、それ終わってからにしようか」
仮にモモちゃんの修学旅行が終わってから練習をスタートしてもまだ次のアップデートまでは二か月程時間があるので十分クリア可能なはず。
『ごめんね』
「全然気にしないで大丈夫だよ」
やれる時にやればいい。
『うん……でもゲームすらログイン出来ないからセイちゃんと関われるのスマホしかないのかぁ……』
とてもとてもがっかりした声でそういうモモちゃん。
「仕方ないよ。楽しんで来て」
『セイちゃんは楽しんだの?』
僕が中学の修学旅行の時は。
既に桜と離れ離れになってしまっていたから……。
「いや……失意のどん底にいる時だったから正直いい思い出ってのはないかなぁ」
『そっかぁ。んじゃ今度あたしとどこか旅行に行こうね』
それも楽しそうだなって一瞬思ったけど。
僕は昨日友田さんに言われた……『インモラル』のくだりを次の瞬間思いだしてしまい。
「モモちゃんが成人したらね」
ととても倫理観溢れる返しをするしかなかった。
『え~、そんなに待てないよぉ』
待てなくても待ってもらわないと困るんだよ!
「あ、そういえばモモちゃんさ」
『なに?』
「昨日友田さんにはあんなに牽制と言うか挑発してたのに、なんでフブキちゃんにはしなかったの?」
『あ~……』
その可愛らしい呻き(?)から少しの間を置いて、モモちゃんはこう言った。
「だって、あの人ならたぶんあたし勝てるけどさ。風舞季ちゃんに本気出されたらあたし絶対負けるもん」
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