第6話 カンが鋭い日もある

 モモちゃんに連絡を取ってもらったけど、おじさんは急に仕事が入ったようで2人で行っておいでと言う返事があったらしくて。

 僕たちはスーパーで買い物を済ませると一路僕の家へと向かう。

「な~んか久しぶりな感じ」

「なにが?」

「セイちゃんの家に遊びに行くのが」

「そうだっけ?」

 先週末も来たよねモモちゃん。

 そして、不意打ちにあんなことを……。

 うあ思いだしたらまた恥ずかしくなってきた……。

「先週も行ったけどさ~。な~んか今週長かったって言うか、ね」

「え~? 僕は短かったけどなぁ」

 よく知らないけど相対性理論によると確か歳を取ればとるほど時間に対する感覚が短くなっていくものなんだっけ?

 そういう事なのかなぁ?

「あれ……?」

 黙ってついてきたフブキちゃんがもうすぐ目の前の角を曲がれば目的地にたどり着くという地点で不思議そうな表情をする。

「どうしたの?」

 見上げるモモちゃんが尋ねると。

「私見た事ある……この景色……確か……こっち!!」

 そう言って集団を一人抜けて、駆け足で迷う事なく僕の家へと向かう道順……十字路を右へと曲がって見えなくなってしまう。

「あれ……行っちゃった」

「行っちゃったねえ……」

 あっけにとられて顔を見合わせる僕達はそれでも歩みを早める事なく2人のスピードでその後を追う。

 やがて角を右に曲がって一度視界から消えたフブキちゃんを再び視界にとらえた僕たちはそこで示し合わせたように足を止めた。

 ああ、まぁ親戚ならあり得る話だ。

 10年前、たぶんフブキちゃんは一ノ瀬貴文・桜親子の暮らしている家を訪問した事があるんだ。

 その証拠に、僕の家の一つ先に長らく空き家となっている赤いレンガを組み上げた門の前でその奥にある今はもう砂埃ですっかり汚れてしまった白い建物を見入っていた。

「来た事、あったんだね」

「親戚だもん。僕も今『あ、そっか』って気づいたトコ」

 暫くそうしてフブキちゃんの好きにさせてあげたかったけど。

 ぐぅ~

「あ……」

どこの家から漂うのかカレーの香りに釣られて朝食を軽く済ませた僕の胃袋が早く何か食べるよう要求してきた。

「ふふ、じゃあ行こうっか」

「はい……」

 これ、すっごく恥ずかしいね……。


 お母さんの部屋はリビングの隣にあるから、『挨拶してくるね』と言ってそっちに向ったモモちゃん達の会話は僕にも全部聞こえた。

「あら、モモちゃん……いらっしゃい」

「あ、おば様寝てて。具合悪いんでしょう?」

「ごめんなさい。お昼は……」

「いいから寝てて。あたし作るから」

「でもそういうわけには……」

「いいの。それに……辛いのはあたしだって分かるし」

 やっぱり分かるんだ。

 変に疎外感を感じるけど何なのかを聞くことはしない方が良い、と自分の中の何かが訴えて来るので今後も止めておこうっと。

「そう……じゃあ、お願いします」

「お願いされました!……あ、でね。今日からウチで暫く暮らす子も一緒なんだけど……」

「まぁ。どなたかしら」

「風舞季ちゃん、入ってー」

「!! 貴女は……そう、綿貫さんの家に……」

「ご無沙汰してます……と言っても私がお会いしたのは一度きりですけど」

 あれ、お母さんもフブキちゃんと会った事あるんだ。

 でもいつだろう?

 少なくとも僕はウチや桜の家で顔を合わせた事は一度もないはず。

「そうだったわねぇ。でも覚えていてくれて嬉しいわ」

「忘れられるわけないですよ……」

「そうね……」

 感慨深げなお母さんの声は確かに僕の知らない『何か』があった事を物語っている。

「でもね、風舞季さん。多分大丈夫だと思うわよ?」

「えっ………参ったな、お見通しですか」

「これでも長く生きてるし、私だって女ですし」

「あはは、そうですね……」

 何の事だろ。

「じゃあ、取りあえずお昼作りますね」

「ええ、お願いするわね」

 そこで会話は途切れて、リビングへと戻ってくるモモちゃんとフブキちゃん。

 モモちゃんはそのままリビングを抜けてキッチンへと姿を消し、フブキちゃんは空いている席に腰を下ろす。

「そっか、君だったんだね」

「何が?」

「ん~……実はさ。お見舞いに来ていた『セイちゃん』と『隣に住んでいる桜の想い人』が同じ人だとは思わなくて」

「どういう事?」

「あ~だからさぁ。桜が好きな人がいる、ってのは聞いてて『好きなのは隣に住んでる男の子』ってだけ聞いていたんだけど病院で顔を合わせた『セイちゃん』が同一人物だと思ってなくてね~」

 わざとだとすれば、桜のやりそうな事だなぁ。

 情報と情報を小出しにして、因果関係は聞かれないと答えない。

 そうやって物事を自分の頭で考えようとしない僕を鍛えようとしてくれていたのかもしれないなぁ、って最近……あのICレコーダーで気持ちの答え合わせが出来てから考えるようになった。

「そうだったんだ」

「うん、後でゆっくり探すつもりだったけどこれで手間が省けたわ」

「探す……?」

 小さめのショルダーバッグから一通の色あせた封筒――僕の遠い記憶にある『あの部屋』で見たレターセットのうちの一つとピタリ一致するデザイン――を取り出してテーブルの上にそっと置くフブキちゃん。

「それは……」

「そ。誰が仕掛けたんだか『一ノ瀬桜』から最近私宛に届いた手紙」

 郵便局で扱える日時指定は局員が手紙を受け取ってから3日後から10日後。

 つまり日時指定を使ったにせよこの一週間程度の間に誰かが、10年と言う歳月を経て、桜に頼まれた事を遂行した事は間違いなくて。

「……桜の字だから、多分ホンモノ。私はこの手紙をもらったから……綿貫さんの家に滞在する事にしたってのもあるよ」

「……差し支えなければ、この手紙の内容を……」

「元からそのつもり。でね、例の物は掘り起こしたのかな?」

「……タイムカプセルなら今月掘り起こしたよ。中身も確認した」

「そっか。あれ桜と私と貴方のお母様とで埋めたのよ。ちょっと大変だったけどね」

「そう、だったんだ……」

 お母さんと面識があったのはその時だったんだ。

「手紙はね。まずそれを掘り起こして内容を君に確認してもらう事。その上で私に『ある事』を判断してほしい事が書いてあったの」

「……ある事?」

「そ。でもそれが何かは秘匿させてもらうね。でも第一段階は問題なさそう。だってアレ聞いたんでしょ?」

 ICレコーダーの事か……。

「聞いたよ。潰されたけど、今でもまだ辛いけど、でもまぁ何とかなってる」

「ふぅん。それってやっぱり他に好きな人……はいないんだったっけね。じゃあもしかして自力で……?」

「いや、綿貫の家の人達から色々と、ね。それでちょっとずつ立ち直り始めているって言った所かな」

 何故だろう。

 尋問されているような感じなのに、何の抵抗もなく素直に答える事が出来てしまう。

 大人っぽくなった桜の顔で、ちょっと低めだけど桜と似た声色のフブキちゃんと桜を無意識に重ねてしまっているんだろうか……。

「そっか。んじゃ後は二段階目だけどこれはいったん保留かな」

 そういうと桜からの手紙を再びバッグへと丁寧にしまい込むフブキちゃん。

「僕からも質問していい?」

「ん~?」

「僕を『見極める』以外の滞在目的って、何?」

 さっきおじさんの所に厄介になる決め手は『この手紙の事もある』と表現したから他にも滞在すると言えるほど長期的な居候になるのは多分他の理由の方が主なんじゃないかなってちょっと思ったんだ。

 と、言うか。

 先ほどから僕の頭には『ある疑問』が浮かんでいた。

 それを口にするのはちょっと憚られる内容なので、僕は自発的にフブキちゃんに説明してもらいたくて尋ねた……ちょっとずるいけど。

 するとフブキちゃんは意外そうな顔をする。

「あれ、手紙にあったのと違うなぁ。カンいいねえ『セイちゃん』」

 ……桜、僕の事なんて書いたんだよ……。

 ふっ、と遠くを見るような寂しい笑顔を見せて、フブキちゃんは僕の質問に答えた。

「お察しの通り。『検査』のためだよ」

 やっぱりか。

「本家の血筋は絶えちゃったからさ。それで私は本家に最も近い血脈の女性って事で本来桜が引き継ぐはずだった役目を果たさなくちゃならないんだ。そのためには一族の女性を短命に終わらせる病気じゃない事が必要で……」

「待って待って」

 意外と淡々と話しているけど。

「どうかした?」

 淡々としすぎていて、まるで……。

 あ、そういう事か。

 さっきから感じていた僕が素直にフブキちゃんの尋問に答えられた理由がわかったような気がする。

 フブキちゃんは僕と似ている。

 他人に課せられた事を何でもはいはいと受け入れてそこに自分の意思はなくて。

「それってつまり一族の存続のために、って事だよね……」

「そうだよ?」

「もしかしてその役目って言うのは……」

「そ。子供を産む事だよ」

 気安く言ってるけどそれってもうちょっと突き詰めれば……。

「もっと言うともう相手が勝手に決められていたり、して……とか?」

「うわー、すごいね『セイちゃん』。それ当たりだよ」

「当たり、って……」

 もしも。

 僕の予想通り『僕とフブキちゃんが似ている』のであれば。

 受け入れてはいるのかもしれないけどいくら何でも度が過ぎると自分で感じた事なら当然嫌だという気持ちがゼロではないわけで。

 早く過ぎ去らないかなと黙ってやり過ごす事ならいいけど。

 結婚して、子供を産んで育てる、ってそれ一生縛り付けられる事じゃないか。

 好きな人と、って言うのならそれはその人の選択だけど……僕のお母さんみたいにさ。

「仕方ないよ。そういう家に生まれたんだもん」

 フブキちゃんは……一ノ瀬の家に生まれた事を恨んでいる感じには見えなかった。

 仕方ないと吐き出した彼女の瞳は達観したような、諦めたような弱いほほ笑みを湛えていて。

 それから少しの間、僕とフブキちゃんの間に沈黙が訪れる。

「あの……さ」

 僕が口を開くと同時に。

「先におば様におかゆ置いて来るね」

 モモちゃんがキッチンから一人用の土鍋をお盆に乗せて出て来た。

「お母さんに?」

「うん、にらたま雑炊作ったから」

「そっか、ありがと」

「うん、じゃ行ってくるねー」

 こぼさないよう慎重にリビングを抜けたモモちゃんは再びリビングから姿を消す。

「で、何?」

「え?」

「ほら。さっき言いかけた事」

「あ~……うん、やっぱりいいや。何でもない」

「そ。なら良いけど」

 僕が半ば思いつきで聞きたかったことはずっと桜を言い訳にして来た自分を差し置いて質問してもいい事柄じゃないような気がするし。

「はい、じゃああたし達の分も作るねー」

 戻ってきたモモちゃんは再びキッチンへと……ちょっと一人に任せ過ぎちゃったかな。

 なんかフブキちゃんと話してただけだったし……。

 お客様にばっかり働かせて! って後でお母さんに怒られなきゃいいなぁ。

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