第5話 心配性と言うよりも常識的な反応かと……

「セイちゃんごめん。お母さん具合悪いみたい……」

 その一言が、僕の土曜日の日課である『朝からダラダラゲーム』をいとも簡単に崩してくれた。

 青白い顔をしたお母さんがパジャマのままリビングにおぼつかない足取りで起きて来て、開口一番そんな事を言った。

「え? 大丈夫?」

 う~ん、と一言唸ってはお腹を擦って。

「ごめんね、もうちょっと寝てるから後で買い物だけお願い……リストは作るから」

「うん、無理しないで」

 風邪かなぁ?

 薬箱替わりにしている引き出しから市販の薬を取り出してキッチンでそれを服用したお母さんはじゃあ、お願いねと言ってまた自室へふらふらと戻って行った。

 買い物だけって言われたけど……掃除、は音がうるさいかな。

 じゃあせめて洗濯だけでもやっとこうかな。

 洗濯機は洗面所に備え付けてあるし、乾燥機能もあるから放り込めばいいだけだしね。

 あ、そうだ一応モモちゃんには連絡しとこう。

 ゲーム内で待ってるかもしれないし。

『今日はお昼過ぎからログインになりそうだよ』、とスマホでメッセージを送るとすぐに返信が返って来た。

『こっちも午前中は無理そうだから大丈夫だよー』

 そういえば今日は『一ノ瀬風舞季』が綿貫家に来るって言ってたっけ。

 さすがに僕の事覚えてないだろうしわざわざ顔みせに行く必要もないよね。

 とりあえずお腹空いたし何かお腹に入れよう。

 キッチンへ回って冷蔵庫を開けて……。

あ~、こりゃ買い物頼まれるわけだ。

冷蔵庫はほとんど調味料以外の食材が無くてその意味を全く成していなかったんだ。

もしかして、昨日から具合良くなかったのかなぁ?

 お母さんがこんなに冷蔵庫空にするなんて滅多にないし。

 仕方ない適当にカップラーメンでも食べよう。

 さすがに常備しているインスタント類は普通に買い置きがあったので朝ご飯はなんとかなりそうだけど……さすがにお昼もインスタントはちょっと嫌かも。

 僕あんまり料理得意じゃないんだよねえ、目玉焼きすら生っぽすぎるか焦がしちゃうくらい苦手なんだ。


 と、いう訳で。

 簡単に朝ご飯を済ませて洗濯も終えた僕はお母さんの部屋を訪ねて買ってくる物のメモを受け取って、近所のスーパーに来ていた。

 すぐ近くにあるのに全然来ていなかったせいで店内の様子は随分と自分の記憶と変わっていた。

 何これ、水……専用のタンクがあれば自由に汲める、なるほど。

 入口からすぐの所、壁一面をそんな機械が占有していたり。

 うわ、いい匂い。

 焼き芋かぁ、季節外れもいい所だ。

 僕の記憶には年中焼き芋を置いているコーナーも無かった。

 意外と久しぶりに来るスーパー楽しいかも……。

 買い物カゴ片手にメモを見つつ指定の食材なんかを適当に放り込んでいく。

 量的には多分明日の朝までかな?

 いつもお母さんが両手いっぱいの買い物袋を持って帰ってくる事を考えたら随分と手にしたメモのリストは少ない。

「あれ? セイちゃん?」

 ん?

「あ、モモちゃん。どうしたのこんな所――――ッ」

 呼ばれた方を振り向くとモモちゃんと……。

 そっか、その子が……。

「一ノ瀬風舞季よ……お久しぶりね」

「あ、覚えていたんだ……」

 もし桜が病気を治せて、今も生きていたらと考えた事は10や20じゃ全然足りない回数考えたんだ。

 でもそれはどうしても……僕の想像力が不足しているのか、それとも桜がもう成長しない事を心の奥底で認めてしまっていたのか、僕の記憶に残っている桜に、成人式の振袖姿だったり、ウェディングドレスだったりという衣装を当てはめていたに過ぎなかったと思い知らされてしまう。

 だってそこには本当に、10年前桜の病室で知り合った桜そっくりの女の子は、やっぱり桜が大人になったらこんな感じだろう、と言う『もしもの世界』を垣間見せてくれていたのだから。

「そりゃ覚えてるよ。桜の大切な人、名前は確か……」

「小和田誠一です、多分前は名乗ってないと思うから……」

 あれから当時の事を色々、このフブキちゃんの事を中心に思いだそうとしたけど僕は自己紹介をした記憶をついに見つけられなかった。

「ああ、そうだそうだ。桜が確かセイちゃんって呼んでた……ってどうでもいいけど桃ちゃんと知り合いなの?」

 その質問が飛び出した直後、僕は昨日そうされたようにやっぱりモモちゃんに片腕をホールドされて。

「付き合ってるの♪」

「だからやめなさいって」

「はぁい」

 ちぇ、と今日はすごすごと引き下がるモモちゃん。

 あれ、昨日はここから煽り文句が飛び出してきたのに……。

「…………ロリコン?」

「違う!」

 フブキチャンが物凄い目をして僕を睨みつけてくる。

「……犯罪だョ?」

「だから違うって!」

「モモちゃんからもフォローしてよー。僕昨日からボロボロなんですけどー」

「フブキちゃん、さっきの冗談だからね?」

 そうそう。

 そうだよ、僕達は付き合っていない。

「……今はまだ」

 だから!

 なんでそんな余計な事まで言うの!?

「……ふぅん、そうなんだ」

「もう、頼むよー」

 ……情けないかもしれないけど。

 僕は昨日と違って今日この場でこういうやり取りができる事に実は心底ほっとしていたんだ。

 だって……。

 モモちゃんとこういう掛け合いをやっていれば桜のそっくりさんを視界に入れなくて済むから……。

 成長した桜をまじまじと想像しなくて済むから……。

「冗談はさておいて。セイちゃんほんとどうしたの? スーパーなんて珍しい所に」

 今までの僕で遊ぶモードから素のモードに戻ったモモちゃんが尋ねる。

「実は……お母さんが具合悪くて寝込んじゃってしまって」

「ええ? 風邪? 大丈夫?」

「う~ん……風邪ではないのかなぁ……何かお腹抑えてたからお腹痛いのかも……いや確か痛いじゃなくて重いって……どう違うんだろ」

「あぁ」

「アレかぁ」

 僕の説明に女性2人は納得した顔をする。

 お腹が重い、で思い当たる事でもあるのかな?

「ご飯とかどうするの?」

「お母さん作るって言ってるけど……病気なら寝かせておいた方が良いよねえ」

「あーうん、別に病気とかじゃないと思うけど……そうだ。あたしが作りに行くよ!」

 モモちゃんのありがたい発言(料理の腕は綿貫家にお邪魔した時に確認しているし)に甘えようと思ったら突然横から『待った』がかかる。

「ちょっと桃ちゃんコイツの家に行く気!?」

「うん、もう何度も行ってるしおば様にもお世話になってるから」

「ダメよ!」

 またもや鬼のような形相で、今度はモモちゃんを睨むフブキちゃん。

「えっ? なんで??」

「だって桃ちゃん女の子でしょう? 男の家に一人で上がり込むなんて……」

 あぁ。

 まぁ確かに常識的に考えたら僕達がああして同じ空間に長い事二人切りって言うのは色々と世間様的に言い訳できないし言えないよなぁ。

「大丈夫だよぉおば様もいるし。それにあたしセイちゃんのお部屋で数時間一緒に過ごしたりしてるよ?」

 って思った傍から何かばらされてるんですけど!?

「えええええ!?」

 うん、それが当然の反応だと思うよ?

 僕だってまだモモちゃんがウチに来るのはちょっと抵抗を感じる部分は正直あるし。

「まぁ、何にもないんだけどねぇ。セイちゃんだし……」

 そして本人前にしてディスるの止めてくれませんかねぇモモさんや……。

「そうだとしても、突然豹変するかも……」

「あーそれはないよ」

 これは僕が自ら否定する。

「なんでそう言い切れるの?」

 それにしてもさっきから思うんだけど……いや当然なんだけども。

 桜とフブキちゃん、見た目は似てるのに口調や性格、考え方随分違うんだなぁ。

 さっきから『桜ならこう言うだろうなぁ』と言う考えが全部予想と違う答えが返ってくるのでまざまざと違う人間だという事を思い知らされる。

 と、言っても別にそれが嫌だとか違うとか、フブキちゃんを桜として見ているとかそういう事ではなくて。

 感情よりも思考が2人の相違点を冷静に導き出した僕は、ただ自分の気持ちを再確認するように先の問いに答えるだけだ。

「だって僕が明確に『好き』を自覚してる女の子は……」

 その言葉の持つ意味を口調のニュアンスで察したフブキちゃんはそれ以上反対するために声を荒げようとはしなかった。

 逆に、はっと我に返ったみたいに素の表情に戻って、

「そっか……」

 と一言だけ返してきた。

 その何気ない一言を返す感じは、桜と似ている。

 それ以降は何かを考えこみはじめたらしくて口を閉ざすフブキちゃんの代わりに今度はモモちゃんが話をし出す。

「で、セイちゃんは何食べたい?」

 ……今しがた行くなって言われたのにこの子全然話聞いてませんね……。

 でもまぁ僕としてはさっきも言ったけど僕がどうこうは別にしてもまともなご飯が食べられるのはとてもありがたいわけで。

 心配しているからフブキちゃんはモモちゃんを行かせたくない、んだよね?

 それなら……。

「ん~、特にリクエストはないけど。どうせならフブキちゃんとおじさんにも連絡取って来てもらえば?」

「ええっ!?」

 我ながらいいアイディアだと思う。

 だってこれなら2家族合同でお昼を食べるだけだし何の問題もない。

「いや、う~ん……しかし貴文さんもと言う事であれば……」

 貴文さん、とは綿貫貴文、僕がおじさんと呼んでいる人の名前だ。

「あ、それいいね。ウチもママが日勤の日でいなくて、冷蔵庫にな~んにも入ってなかったから風舞季ちゃんに町を案内しながらわざわざこっちのスーパーまで来たんだし」

 駅の出口が反対方向にあるスーパーによく連れて来たなぁ……まぁ駅からここまでで商店街から市役所と言った市の施設はほぼ集約しているから丁度いいのかもしれないけど。

「じゃあパパに連絡しちゃうね」

「い、いいのかなぁ……まぁ確かに一人じゃなければ安心だけど……」

 ちょっと型破りで人の事を(主に僕を)からかって遊んでいた桜と違ってフブキちゃんは物事を色々と難しく、そして悪い方向へ考えるクセがあるみたいだ。

 心配性、と言うやつかな?

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