第4話 もつ焼きとモラルとモモちゃん

「え~っと……つまり小和田君が何年も片思いしている子が前に住んでいたのが小和田君の家のお隣の家で、そこの家のお父様の再婚相手の娘さんが、綿貫桃さん……と言う事であってる?」

「せいか~い」

 場酔いしたのか妙なテンションで僕と自分の事を友田さんに語ったモモちゃんはやっぱり妙なテンションで肯定の意を示す。

 ……本当に飲んでないよねぇ?

 そもそも僕はお酒が苦手なので今日は頼んでいないし(上司がいる席ならちょっとだけお付き合いするけど)、僕の隣にモモちゃん、対面に友田さんと言う位置取りだからこの中で唯一お酒を嗜んでいる友田さんのグラスに手を伸ばそうものならさすがに僕が気づく……はずだし。

「まぁそんな感じです」

 目の前でパチパチと白いどこだかの部位が小さく爆ぜ、煙をもうもうと立ち昇らせているのを見ながらおおまかな所で間違いがないモモちゃんの話を僕からも肯定する。

「そっかそっかぁ。あ、でも桃さん『は』小和田君の事、違う風に見てそうだけど……」

 焼け具合を見ながらトングで網の上の白い塊を器用にひっくり返しながら友田さんがそんな事を言う。

 まぁ、あんな挑発されたらそう思うよねぇ。

 でもモモちゃんは割と平然とそれを肯定した。

「そうですよー。セイちゃんが他の人をずっと好きなのも知ってて、それでも好きですよー」

 語尾に『悪いか!』と付きそうな感じに口をとがらせるモモちゃん。

「そっ……か……」

 対して何かを軽く考え込むかのように視線を天井の方に向ける友田さんは、レモンサワーをぐいっと煽って、それから綺麗に焼き色がついた網の上のモノを手早く均等にそれぞれの取り皿の上へと乗せていく。

「次! 次これがいいー」

「はいはい、何でもどうぞ」

 僕は注文をモモちゃんと友田さんにまかせっきりにしているので、自分の意図する物を口にできるのは唯一飲み物くらい。

 それも今はさっき頼んだオレンジジュースがまだ半分ほど残っているからしばらく頼む必要はないのだ。

「で……これ何?」

「ハチノス~。甘いんだよー食べてみて」

「は、蜂の巣……? たしかにそんな見た目だけど……」

 ぼつぼつと穴が開いたような表面は確かに蜂の巣かベルギーワッフルみたいだけど……。

 いったいどこのお肉なんだろ。

 とろっとして確かにモモちゃんの言う通り甘くて美味しいけど。

「あ、牛の胃袋だよ。第二胃ね」

「うげ……臓物なの……」

 はっきり言って、お肉は好きだけど内蔵系はとても苦手なんだ。

 だってクセあるし変な食感だし苦いし……これは苦くないけど。

「なによー。ここに来てその発言はなくない?」

「どうしてさ?」

 ただの焼肉屋でしょ? ここ。

「だってこのお店の名前……『ほるもん屋』だよ? 食べ物屋さんでホルモン、って言ったら内蔵の事だよ? つまり『もつ』だよ?」

 えっ……?

 あれ、学校で習ったのは生理的物質の総称だと……。

 甘いけど、トロっとした中に芯がコリコリとする変な感触はもしこれが『どこかの国のデザートだ』と言われたら納得しそうだけど、事実今僕の口の中には他の生き物の内蔵の切れ端が放り込まれてしまっているわけで……。

 いくら苦手でも吐き出すわけにもいかず暫くぐにぐにと噛んで、それじゃ埒が明かないとわかったので思い切ってオレンジジュースで喉の奥に流し込む。

 ふぅ……。

「やだセイちゃん、そんなに苦手なのぉ」

「あ、いやならそんなに無理しないでも……」

 やっとの事で飲み下して一息つくと2人が心配そうにのぞき込んでくる。

「う~ん……味は好きだけど食感が……ちょっとね」

「じゃ、あたし貰うねー」

「私も一つもらうわね」

 2人はそれぞれ自分の箸で僕の取り皿に残ったハチノスを一枚ずつ自分の皿へと移してくれる。

「ありがとう……」

 僕はお肉専門で食べる係になるよ。

 ……これからは口にする前に何ていう、どこの部位なのかちゃんと聞こうっと。

「小和田君……桃さんにも聞きたい事があるんだけど、いい?」

「うん?」

「僕で答えられるような質問なら……」

 なんだろう改まって。

「その……さっきの話にでてきたさくらさん、ってどんな人なの?」

「ふぅん?」

 友田さんの質問に対して懐疑的に鼻を鳴らすモモちゃん。

 僕より年上になんて態度取ってるんださっきから……。

「まぁあたしは良く知らないしセイちゃんにでも聞いて」

 まぁ確かにそれは事実なんだけども。

 最近よくモモちゃんには色々と思いだした桜の事を話してはいるけど、改まって言われるとちょっと困る。

「う~ん……桜の事かぁ」

 とりあえず僕は最近思いだした事以外の、中学の時同級生で、病気ですでに他界しているという事を簡潔に伝えた。

「そう……」

「あ、あたしトイレ行ってくるね~」

 どうコメントしていいか分からないのか、友田さんはやっぱりレモンサワーを一口煽る。

「桃さんがいないから言っちゃうけどね、小和田君」

「はい?」

 頬杖をついて傾いた姿勢を作る友田さん。

「覚悟、出来てるの?」

「……覚悟?」

 何の事だろう?

「そっか……気づいてないんだね」

「何を……ですか?」

「それは自分で気づくしかない……かな。他人が言った所でどうにかなる事じゃないし……でも一つだけ」

「何でしょう……?」

 残っていたレモンサワーを一気に飲み干して、ついでにお替りを頼んでから。

「仮によ? もしもの話。貴方があの子と付き合う事になったとするでしょう?」

「えっ!?」

 思わず声が裏返ってしまう。

「例えばだからそんなにびっくりしないで……。そうなった時、貴方はきっと傍にいたくて、触れたくなって、抱きしめたくなって、キスしたくなって、その先まで求める……それがどういう事かわかるわよね? 大人なら」

「それはまぁ……」

 普通に好きあってる恋人同士ならごく普通に求める……はずだ、経験無いからそこはわからないけど。

 でも、僕達が仮にそうなった場合は確実に年齢差……と言うよりもモモちゃんの年齢が引っかかってくる。

「あのね、小和田君。そういうごく自然な欲求を我慢するってとても辛いわよ? 例えるならあの子が成人するまでの期間、ご飯を食べないようなもの」

「それはちょっと違うのでは……」

 ご飯食べないと死んじゃうけど、恋人と触れ合えないから死ぬ、と言うのは聞いた事ないし。

「そうかなぁ? 私、小和田君ならよく分かると思うんだけど?」

 どういう事だろう?

「だって今までの小和田君は何ていうか……生きてはいるけどそこにいない、みたいな雰囲気作ってて。でも最近はちゃんとそこにいる感じがするのよ。これ、あの子のお陰じゃないのかなって」

「……」

 なんでこう僕は周囲の人に自分自身の事をほかならぬ自分自身以上に知られてしまうんだろう……。

「別に私はこの先どういう選択しようと後ろ指さすとかはしない。けど……」

「けど?」

「……辛いよ? そういうの。『しても』『しなくても』、どっちにしてもとても辛い事よ……?」

「友田さん……?」

 友田さんは何かそういう過去でもあるのかな?

「だから、さ」

 運ばれてきたレモンサワーのお替りを一口飲んでから、友田さんはこんな事を言った。

「私に、しとかない? 私なら年齢的な問題はないし」

「えっ……」

 それって……。

「あの子を取ってインモラルな道を進むのは背徳的で一見甘いように見えるかもしれないけど。私ならそんな事なくちゃんと一般的な常識の範囲内に居られるでしょう……?」

「それってどういう……そもそも僕モモちゃんの事好きかどうかは……」

「さくらさんの事?」

「はい……桜の事はハッキリと好きなんですよ、恋愛感情として。でも他の誰かに同じ感情を持っているかって言われるとそれは何か違う感じがして……」

「なるほどね……そっかまだチャンスはある……か」

「友田さん?」

「さっき言った事、忘れないでね」

「さっき、って……えええええ!?」

 それっきり友田さんはそっぽを向いてレモンサワーをちびちびと飲み続けていた。

 モモちゃんにしても友田さんにしても……女性ってわからないなぁ……。


 モラル、かぁ。

 考えた事も無かったや。

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