第2話 九分九厘、それ仕事の話ですよね……?

「あ、モモちゃん僕昨晩……また桜の夢を見たんだけどさ」

『うん』

 いつしか僕は僕の中にずっと大切にしまい込んでいた桜の事をモモちゃんにだけは話すようになっていた。

 モモちゃんはそれを嫌がらずに、僕が彼女の話を聞く時のように相槌を打って黙って聞いてくれる。

 ……本音ではもしかしたらイヤなのかもしれないけど。

 僕が甘えてるだけかもしれないけど。

 でも誰かに抱えているモノを話すって思ったよりスッキリするみたいで、どうしてもっと早く誰かに吐き出さなかったかなぁと最近は思っているけども。

「桜にはさぁ、従姉妹がいたんだよ。何度か病室で顔を合わせたけど本当に桜とうり二つでね。初めて見た時は『桜が2人いる!』とか言って結構混乱したんだよねえ」

『そうなんだ、それは初耳かも』

 僕だって昨晩の夢で思い出したくらいだし。

 まぁ一ノ瀬……じゃないや綿貫のおじさんなら知ってて当然だけどわざわざ無関係な香織さんやモモちゃんに率先して一ノ瀬一族の家族構成について自分から話す事もないだろうし。

「うん、でも従姉妹さんの名前が思い出せなくてねー」

『やだ、セイちゃん若年性痴ほう症!? あたし14歳で介護しなきゃかなぁ』

「違うから! あれから接点ないから忘れただけだから!!」

『うそうそ。あ、でもセイちゃんならあたしは介護してあげるのも割とありかな……なんて』

 前から思ってたけど……本人には絶対に言えないけど。

 モモちゃんってちょっとだけ……いわゆる二次元世界における記号の一つ、『ヤンデレ』の気があるんじゃ……?

『あ、それでね。今週末……ってもう明後日だけど。その辺りに来るみたいなの。名前は……確か『フブキ』さんだって』

「あ! それだ!」

 暗闇にいたのに急にスポットライトで照らされたような、そんな一瞬の閃きを感じた。

『えっ?』

「モモちゃん、その『フブキさん』の苗字は聞いてる?」

 僕は若干興奮気味に、口早に通話相手へ質問を入れる。

『う~ん、聞いてないなぁ』

「そっか……でもたぶんだけど。同じ名前の別人さんだったらごめんだけど」

『うん?』

「その人のフルネームは『一ノ瀬風舞季』。たぶんだけど『風に舞う季節と書いてフブキ』って自己紹介するはずだよ。うん、完全に思いだした」

『へ、へぇそうなんだ……でもそっか、セイちゃんは面識があったのね』

「病室で顔を合わせた程度だけどね。本当に桜そっくりで……」

『ふぅん』

 突然、声のトーンが一段階落とされた不満げな相槌が返ってくる。

「どうした? 何か僕変な事言った?」

『いいえ~? なぁんにも。ただ単にあたしが勝手に気分が悪くなっただけですぅ』

 今までの会話で変な所、あったかな……?

「え~、ちょっと機嫌直してよ~」

『ふんだ』

 あああ、やっぱり僕何かしちゃった……よなぁ。

「直してくれたら……明日給料日だから何かご馳走するんだけどなぁ……」

 駆け引き風の発言だけど、そこは僕がそういう事の出来ない単純な人間だという事を差し引いてもらいたい。

 つまりは本当に機嫌を損ねたお詫び程度の軽い気持ちから出た発言だった。

 でもモモちゃんはその僕からの提案にとても興味を示したようで。

『ホント?』

「うん、本当だよ」

『ホントにホント?』

「本当に本当だよ。明日仕事終わったらになっちゃうけどね」

『直った! あたし気分良くなったよ!! どこいこうかな~』

 こういう所は素直で可愛いなって思うんだけどね。

 ……これも本人に伝えたら絶対に誤解されそうなので言うに言えないけど。

 言いたいけど言えない事が僕の中でどんどん溜まっていくような気がするなぁ。

 それでもいいんだけどね、桜の事と比較したらまだまだ羽根の様に思えるくらいに全然軽いし。


 さて、今日も張り切ってバリバリ仕事しちゃいますか!

 社会人なら誰もが一か月で最も嬉しい日。

 それは『給料日』で、世の中の社会人なら絶対の不文律だと思うんだ。

 そのせいか僕は朝からいつも以上に張り切って仕事をこなしていた……のだけど。

「小和田君……熱でもあるの?」

「いえ? 特に病気ではありませんが……?」

「そうか。なら良いんだ……」

「?」

 とか。

「あれ、小和田さん今日はやけにせいが出てますね?」

「そうかな? 普通じゃない?」

「そ、そうですか……」

「?」

 とか。

 更に。

「あ~……小和田君。何か悩みでもあるのか……?」

「あ、先日の落ち込み具合の件ならもう解決しましたので……ご心配おかけしました!」

「あ、ああうん。それならそれで良い……その調子で頑張ってな」

「はい!」

 とか。

 なんか同僚、後輩、そして上司からそんな風に声を掛けられてしまう。

 今日の僕は至って普通なはずなんだけど。

「小和田さん、もしかして『彼女』、出来ちゃったりしました」

 元は転勤前に友田さんの席だった場所、つまり僕の席の隣にいる今年入社した僕の後輩が否定したにも関わらず突っ込んでくる。

「えっ!? いない! いないよそんなの!!」

「そうですかぁ? それにしては今日はやけに張り切って……」

「普通だから! これ僕の普通だから!」

「何だって? 小和田に恋人だと!?」

「え、マジ?」

「だ~か~ら~、いませんってば」

「隠すなよ~。仕事だって『報連相』が大事だっていつも言ってるだろう?」

「………」

「皆さん、それ以上追及するとパワハラで訴えられても文句は言えませんよ?」

 助け船を出してくれた声は僕の後ろから聞こえて来た。

「友田さん!」

 振り返ると横浜営業所へ栄転した友田さんが立っていたんだ。

「おっと、来週の幹部会議用の資料作成しないとな~」

「あ、私営業と打ち合わせだったんだ」

 ハラスメント、と言う社内で誰もが忌避したい『パワーワード』を突きつけられた事でそれまで僕を追及しようとしていた人達が散り散りにどこかへ行ってしまった。

「今日は社内大会の打ち合わせもないのにどうして……」

「うちの所長が風邪で休んじゃって。急遽報告会に参席する事になっちゃってね……お偉いさん達の相手は疲れたわ……っと」

 やっぱり期待されてる人は色々と頼られるんだなぁ。

 素直に感心した僕は労わりの言葉をかける。

「それはどうもお疲れ様でした」

「ありがと。それよりちょっと休憩に付き合わない?」

 今の進捗状況を確認してみると、目標に対して150%。

 特に休憩するのに問題もないと判断した僕は、

「はい、行きます」

 と答えたのだった。


 休憩と言っても職場の中にある休憩室へ移動するだけなのでそこで話題になるのは当然仕事の話だ。

「私ね、最近LF―O始めたじゃない? それでちょっと分からない事があって……」

 LFO、レディースファッションアウトレット……つまり女性用の衣服のアウトレットの事で、この会社では目下通販部門を立ち上げようと盛り上がっている。

 まぁ競合他社に比べたらその発想自体が遅くて今更感があるんだけど。

 なお、このLFOと言う略称は僕が毎晩遊んでいるオンラインゲームの略称でもあるのでちょっとこそばゆい。

「分からない……って相談したい事でもあるんです?」

「そうなのよ」

「意外だなぁ、友田さんが僕に相談って」

「これでも結構頼りにしてるんだけどなぁ……でね。聞きたいのは立ち上がりどうしたらいいのかなぁって。力押ししたらいいのか、それとも速さを重視したらいいのか」

 つまり競合と真っ向勝負で行くか、ウチのモットーである迅速さを生かしたサイトとして立ち上げるべきなのか迷ってると。

 報告会で何か言われたのかなぁ……。

「僕は持ち味を活かすのが良いと思いますよ。まぁがっつり力押しってのも魅力的ですけどね」

「そうなのよね~。色々調べてみたら後々の事考えて今から基本的な方向性は決めておかないとみたいだし……」

 これがゲーム、LFOでの話ならもうちょっとはアドバイスできるんだけどなぁ。

 まぁ友田さんみたいな人がああいう特にオタクっぽい事に興味もったりはしないだろうし。

「わかった。ちょっと検討してみるね。ありがとう」

「いえ、お役に立てたかはわからないですけどね」

 そう答えた僕を、友田さんはまるで『あの日の』モモちゃんみたいな眼差しで見つめて来た。

「な、なんですか……?」

「ううん、ただちょっと……さっきからその腕時計、気にしてるよね」

 あ。

 僕が今身に着けている腕時計……スマートウォッチは。

 僕の誕生日プレゼントとしてモモちゃんからもらったものだ。

 すごい高価なモノだけどモモちゃんは両親にねだるのではなく、ちゃんと自分の労働対価によってこれを買ったと言っていた。

 ……ただ、これだって決めたら自分も欲しくなって自分の分も稼ぐためにかなりしんどかったらしいけど……。

「これは、『大切な友人』から貰った誕生日プレゼントなんです」

 スマートウォッチを装着したのと反対の手で撫でながら事実を伝える。

「へ、へえーそうなんだ……最新モデルだよねえそれ。羨ましいなぁ」

「友田さんなら僕との給料の差だけで簡単に買えちゃいそうですけどね」

 だって役職者だもんね。

 でも友田さんは『そんな事ないわよ』と切り返してきた。

「ふふ、実はそんなに変わらないってのは言わないでおくわね将来のために。あれ、と言う事はさっきの話題は本当の……」

 え~……。

 主任になってもそんなに給料変わらないのかぁ……ちょっと残念。

 と、そんな事よりも友田さんの言う『さっきの話題』はたぶん僕に彼女が出来た疑惑の事だと思った僕はそれを素直に否定する。

「ああいえそれは否定します。僕の彼女って言う立ち位置の人はいませんよ。それに……」

「それに?」

「僕はずっと想っている人がいまして。絶対に叶わない恋心をずっと引きずってるなんて……ちょっと重いし気持ち悪いですよね」

 桜への10年間積もりに積もった想いを正直に告白する。

「そんな事無いと思う!」

「えっ?」

 予想していた返事と違う答えが返って来たので思わず聞き返しの反応をしてしまう。

「あ、ごめんね大声出して。でも、私はそういう一途な想いを持てる人は素敵だなぁって思うよ?」

「はは、ありがとうございます」

「そっか……いないんだ……」

「え?」

「ああうん何でもないのこっちの話……でね、小和田君……今日もし良かったら飲みにでも……どうかなぁ? って」

 あちゃー。

 今日はモモちゃんとの約束があるんだよねえ。

「すみません、今日はちょっと別件で約束がありまして……」

「そう。なら私は大丈夫だから気にしないで楽しんできてね」

「本当にすみません」

「いいのよ。突然誘ったのは私なんだから」

 そう言う友田さんはどこか寂しそうに視線を虚空に彷徨わせる。

 僕としても、送別会以来友田さんとはお酒の席でご一緒する事が無かったので機会があれば是非お願いしたい所なんだけどね。

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