子供な大人の恋愛事情 2
高宮 紅露
季節外れの桜吹雪編
第1話 暴風の兆し
『そうそう、いつからかはまだ聞いてないんだけどうちに一人パパの親戚? が来るんだって』
「へ~そうなんだ」
モモちゃんと軽く……その、キ、キ、キスをしてから数日後、平日の夜。
あの日から僕達はゲームにログインしている間中通話アプリで雑談をする事が当たり前と言う流れになっていた。
僕から誘う日があれば、モモちゃんが誘ってくる日もあって、今までの様に僕が他人にされるがまま流れでと言うパターンばかりではない。
だって何故かそうしたいと思ってしまう。
僕は未だに僕自身がモモちゃんをどう思っているのかを完全には理解していない。
『ねぇ、セイちゃん』
「ん~?」
雑談中の声色から急に少し高めの、改まった声色を出すモモちゃん。
……正直に言うと、このトーンの声が耳に入る度僕はびくっ、と一瞬身震いして何を言いだされるのやらと身構えてしまう。
『そういえば、あたしあの時の返事まだ聞いてないなーって』
ああ、言われちゃったよとうとう。
どうしようかなぁ。
別に勿体ぶってるわけではなく。
と言うか勿体ぶるものが無いから困るわけで。
でもまぁ僕はこの話題を出されたら正直に言おうと決めていたので、正直に白状する。
「正直に言って、わからない……んだよ」
『そっか。うん、わかった』
あっさりと僕の告白を受け入れるモモちゃん。
――って書くと語弊がある表現になってしまうけど。
もっと言えばモモちゃんの事は好きだし可愛いと思う。
問題はそれが恋愛感情としての『好き』なのか、愛おしさから来る『可愛い』なのか自分で判断が付かないでいる事で。
ゲーム内で向かい合って座るお互いのキャラ、リリィとアールみたいに『フレンド』と言う括りにはいるんだけど、それは僕の中では敬太や義明らと同じ立ち位置……つまり親友と呼んでもいいくらいのスタンスにモモちゃんはとっくにカテゴライズされているんだけども。
「ごめんね?」
相手の気持ちにちゃんと向き合いきれていない事を素直に謝る。
『何で謝るの? 仕方ないじゃない』
でもモモちゃんはそんな僕の罪悪感からの一言を一蹴する。
「だって、モモちゃんの気持ちにはっきり答えだしてあげられてないから……」
『それはそうだけどさぁ。10年も片思いしてた人の胸に飛び込もうとしてるのはあたしだもん。そりゃ物凄いインパクトある出来事だとかが無いと中々難しい事だってのはあたしもわかるもん』
そう言うモモちゃんはつい先日、10年越しの想いを捨てた……いや、上書きしたという方がより正確かもしれない。
なにせ10年前に恋をした男性と10年ぶりに再会して、その人の成長した姿と10年前には見れなかった面に惚れ直したのだから……って自分で言うと物凄く恥ずかしくて転げまわりたくなるけど事実モモちゃんはそんな風に表現していたんだから仕方ない。
「う~ん……まぁ、善処します」
『よろしい。あ、それでねぇ……』
嬉々として学校での出来事や晩御飯のおかずの事、そんな他愛もない事柄をさも楽しそうに語るモモちゃんに僕は『うん、うん』と頷きを返してそのちょっと興奮したような高めの声に聞き入る。
まだ恒例行事、と呼べるほどの回数はこなしていないけど。
できればこのまま平穏に続けばいいなぁ、と思う。
そうして日常を過ごして行けば、もしかしたら僕は先のモモちゃんの問いに対して明確な答えを得られるかもしれない。
もちろん、得られないかもしれないけどそれはそれでまぁいいのかなぁ……。
※ ※ ※
病院はいつも通り白くて、明るくて、そして1階入り口からすぐの所にある大きな吹き抜けのロビーにはたくさんの、それぞれの症状を抱えた患者さんや僕の様に面会を求める人であふれかえっていた。
もう何度も何度も通った、なじみのあると言っても過言ではないこの空間をすり抜けて一目散に通路奥のエレベーターに向かうと、丁度降りて来た一基の扉が開いたので素早く乗り込んでもはや目を閉じていても分かる位置にある桜の病室がある階のボタンを押す。
軽い上昇感を感じ、目的の階でベルが鳴るでもなく静かに再び扉が開かれると走り出したい衝動を何とか抑えて彼女の病室へと向かう。
それは日課と言うべきか、何かの儀式と言うべきか、とにかく毎日行っているもはや当たり前になった行動だった。
でもやる事は同じでも僕は毎日新たな気持ちでもって桜の顔を見に来ていた。
でも、この日はちょっとだけ違っていた。
「桜~来たよー……えっ?」
だってそこには。
いつも通りカーテン越しに射す夕日の淡い黄金色の中に。
ベッドの上で上体を起こし、薄緑色の病衣姿でこちらを見るいつもの桜と。
ベッドの横にある丸椅子に腰かけてみた事のない学校の制服に身を包んだ桜がいたんだ。
「さ、桜が2人……??」
あれ、僕幻覚見てるのかな……?
「あ、あ~。この子が今桜が話してた……」
「ちょ、ちょっとうるさいよっ!?」
二人の桜がそんな掛け合いをすると、制服姿の方が立ち上がって僕に対してお辞儀をする。
「はじめまして。わたしは……」
※ ※ ※
えーっと……なんて言ってたっけなぁあの子……。
洗面所でパジャマのまま歯磨きをしながら珍しく朝っぱらから考え事をする。
昨晩は久しぶりにと言うほど間は空いていない気もするけど、また桜との思い出を夢で見た、まではいいんだ。
でもあの時……桜の隣にいた桜のそっくりさんは何て名前だったっけ……。
たしかすごく独特で覚えやすい自己紹介文だったから暫く覚えていたはずなんだけど……すっかり忘却の彼方へと押しやられてしまったらしい。
ひどい寝ぐせ付きの寝ぼけた頭じゃどうしたって思いだせない、かな。
汲んでいた水をぐっと口の中に入れてうがいをして口内の歯磨き剤を吐き出す。
すっきりとした口元をタオルで拭って鏡を見ると当たり前だけど見慣れた僕の顔が映っていて。
たくましくはないし、取り立ててイケメンでもない普通……どちらかと言うと自分の内向的な面が全部凝縮されたかのような、よく言えば落ち着いた顔。
若干童顔で、実年齢よりかなり低く見積もられる、どこにでもいそうな顔。
こんな平凡な僕が、モモちゃんに好かれているというのは全くもって不思議で不可解な状況なんだよねえ僕にとっては。
まぁとりあえず……寝ぐせ直さないとな。
そしてこの時すでに刻一刻と『嵐』は迫って来ていたんだ。
もちろん僕はそんな事知る由もなく呑気に寝ぐせと格闘していたんだけども。
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