天に選ばれた(?)戦師バイシャマン

 先程まで格納庫は、新たに入学した男の戦師であるレオを見る戦師の女学生達によって、少々浮わついた空気となっていた。しかしそんな場の空気が、バイシャマンが登場によって一気に白けたのが分かった。


 だが当の本人であるバイシャマンは、そんな場の空気の変化に全く気付くことなく上機嫌な様子で口を開く。


「何だ何だ? 皆驚いた顔で俺様を見て? まあ、驚くのは無理はないな。何せ本当だったら二ヶ月はかかる試練を一ヶ月で達成したんだからな! これも全て俺様の実力の……んがっ!?」


 自慢げに話すバイシャマンだったが、突然何者かに背後から後頭部を殴られ倒れてしまう。彼を殴ったのは二十代頃の女性の教官であった。


「いてて……。一体誰だよ……?」


「私ですよ。お久しぶりですね、バイシャマンさん」


「え……? あっ!? き、教官!」


 女性の教官は目が笑っていないことを除けば、それこそ慈母のような笑顔を浮かべてバイシャマンに話しかける。すると痛む後頭部を手で押さえながら立ち上がった彼は、教官の存在に気付いて顔を真っ青にした。


「本来なら二ヶ月かかる作業……いえ、試練でしたか? それを一ヶ月で完了させるとは成長しましたね。と、言いたいのですが……それは一人で行ったのですか?」


「い、いえいえ! 砦に常駐している軍人の皆さんに協力してもらいました! はい!」


 女性の教官の質問にバイシャマンは慌てて答える。その姿からは最初に現れた時の勢いは欠片もなく、よっぽど目の前の教官が怖いのか、今にも頭を下げて謝りそうであった。……というかすでに頭を深く下げて謝っていた。


「一体何の話をしているんだ?」


「まあ、レオ君は知らないよね」


 バイシャマンと女性の教官のやり取りを見て、事情が全く分からないレオが首を傾げていると、そこにルナが近づいて話しかける。この時にレオに話しかける機会を伺っていた戦師の女学生達が羨ましそうな表情となって、その中にはリアの姿もあった。ルナは彼女達の視線を僅かに優越感を感じさせる笑みを浮かべて無視すると、後輩である男性の戦師に事情を説明する。


「彼はバイシャマン。昨日食堂で言った君以外の男の戦師の一人。学年はレオ君と同じで実力は新入生の中ではまあまあかな? ……でも」


 そこでルナは困った表情となって言葉を止める。


「でも、何ですか?」


「……男の戦師が珍しいって話は知っているよね? バイシャマンはその男の戦師に選ばれたことで、自分のことを天の神様に選ばれた存在だって思い込むようになったの」


 これは男の戦師に限らず、軍でも特別な立場にあり、戦者という強大な力とルリイロカネによる常人を遥かに越えた身体能力を得た戦師は、自分のことを特別な存在だと思う例が多い。そしてバイシャマンの場合、それが特に強く現れたのだろう。


「そのせいでバイシャマンってば、必要以上に自信に満ち溢れちゃってね……。誰にも上から目線で話しかけるし、自分勝手に行動するし。お陰で自分から彼に話しかけようとする人はこの鉄の学び舎にはもういないわ。大人しくしていたら結構格好いいから女子の人気が出ていたんだけどね」


「そうですか……」


 ルナの説明にレオは何を言えば良いか分からず、相づちを打つことしかできなかった。


「あの、それで彼が言っていた『試練』というのは?」


「ああ、それ?」


 レオの質問にルナは苦笑を浮かべる。


「あれは試練じゃなくてただの罰則。今から一ヶ月前に王都から少し離れた砦で、戦者を使った訓練があったの。その時にバイシャマンが勝手に戦者を動かして砦の防壁に大穴を空けてね、罰として防壁の修復作業をさせられたってこと」


「……」


 バイシャマンの仕出かした出来事にレオは最早何も言うことができなかった。ルナを初めとする女学生達は、すっかり沈黙してしまった彼の顔を見て、気持ちは分かるという視線を向けた。


(あのバイシャマンって奴、本当に無茶苦茶だな。あまり関わらない方がいいかも……ん?)


「……」


 レオが内心でバイシャマンと距離を取ろうと思ったその時、女性の教官に説教をされて何とか話題を逸らそうと視線をさ迷わせていたバイシャマンと目が合った。……合ってしまった。


 バイシャマンと目が合った瞬間、途方もなく嫌な予感を感じたレオは彼から視線を逸らそうとしたのだが、その時には全てが遅かった……。

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