知らなかった常識

『『……………』』


 突然の女性の声に食堂にいた全ての客に従業員、そして今まさにスプーンをカルゥのスープが入った皿に入れようとしていたレオが思わず動きを止める。レオを初めとする食堂にいた全ての人間が声のしてきた方を見ると、食堂の入り口に一人の女性が立っていた。


 食堂の入り口に立っていた女性はレオと同い年か、少し年上くらいに見えた。店内を睨むような鋭い目付きをしていたが、健康的な褐色の肌に絹のような銀色の髪、そして非常に整った顔立ちは一目見れば忘れられないくらい美しかった。


 更にその銀髪の女性の顔から下へ視線を向けると、服の上からでも分かるくらい豊かな、それこそ服の下に大型の果実でもあるのかと思うくらい大きな胸の膨らみが二つあり、店内の男達は思わず彼女の胸に目を奪われてしまう。そしてその男達の中には、一度転生したとはいえまだ精神的にも充分若いレオも含まれていた。


(うわぁ……。あんなに胸が大きい人、初めて見た。一体いつも何を食べているんだ?)


 レオがカルゥのことも忘れて銀髪の女性の胸を見つめながらそんな事を考えていると、近くにいた客同士の話し声が聞こえてきた。


「おい、あの女が着ているのって鉄の学び舎の制服じゃないか?」


「ああ……。しかもあれは軍人の訓練を受けている奴だけが着る制服だったはずだ……」


(え? そうなの?)


 客達の話が聞こえたレオは、銀髪の女性が入学する予定の学園の先輩だと知って軽く驚く。そして彼が彼女の着ている制服をよく見ようとした時、再び女性が口を開いた。


「聞こえなかったのか? 表にある戦者の持ち主はどこにいる!」


「あ、ハイ。俺です」


『『………』』


 銀髪の女性の口から出た意志の強そうな声に、レオはほとんど反射的にスプーンを持っている手をあげて返事をして、食堂にいる全ての人間の視線が彼に集中する。


「……お前が?」


 レオの返事を聞いた銀髪の女性は訝しげな表情を浮かべると、そのまま彼の座っているテーブルまで近づき、近くまで来たところでレオの体を頭から足の爪先まで観察してきた。


「お前……男だな?」


「? ええ、そうですけど?」


 当然ながらレオは男で、女性に間違われるような中性的な顔をしているわけでも、女装しているわけでもない。それなのにそんな当たり前な質問をされたレオが首を傾げながら答えると、彼に質問をした銀髪の女性は少し何かを考えた後、周囲を見回した。


「……そうか。それで? 表の戦者がお前のだとして、操縦していた戦師はどこにいる?」


「どこって……。操縦していたのも俺ですけど?」


『『……………!?』』


 銀髪の女性の質問に、先程の質問のことも含めて戸惑いながらレオが答えると、彼女だけでなくそれまでレオ達の会話を聞いていた他の客達まで驚いた顔をする。


「お、おい、マジか? それじゃあ、やっぱりあのガキが戦師なのか?」


「男の戦師だなんて初めて見た……」


「あの……? 一体どうしたんですか?」


 周りの反応にいよいよ訳が分からないといった表情を浮かべるレオを、銀髪の女性はまるで信じられないものを見たという目で見つめる。


「……その様子だと本当に知らないようだな」


「え? 何がですか?」


「戦者を操縦できるのは、体内にルリイロカネを宿した戦師だけだ。しかしルリイロカネを宿して戦師となれる適性がある者はほとんどが女だ。そして男で戦師になれるものは非常に稀で、その確率は千人に一人いるかいないかと言われている」


「せ、せんに……!?」


 銀髪の女性が説明した内容は現代のラナ・バラタの常識であったのだが、今までその常識を知らずに育ったレオは驚きのあまり今まで持っていたスプーンを落としてしまった。

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