第七話 久しぶり

 強い日差しが照り付け、焼けるように暑い。

 このまま何もせずにいたら、干物になってしまいそうだ。

 それもそのはずで、今は待ちに待った夏休み。

 そして、部活も休みになる、貴重なお盆休みの期間でもある。

 その期間を利用して、五月と桜空は、とある計画をみんなに提案し、みんなそれに賛同した。


「友菜ちゃん、準備できた?」

「うん! できたよ! ああ、たのしみだな!」


 寮の自室で同じ部屋の友菜ちゃんの方を向くと、その言葉通り、すでにキャリーバッグに自分の荷物を詰め終えていた。

 五月は一応魔法で荷物を持たずに済むが、一人だけ手ぶらだとおかしいので、友菜ちゃんと同じく荷造りを済ませている。

 それは桜空も同じだ。


「じゃあ、そろそろ行きましょう。集合まであと十分です」

「うん、そうだね。じゃ、ちょっとの間、行ってきます」

「行ってきます!」


 自分たちの部屋に別れを告げ、五月たちは学校の目の前にあるバス停へと向かった。




「あ、みんなもう来てる」


 バス停に着くと、すでにみんなが集まってバス停に並んでいた。

 ただ、夏休みな上にお盆休み、おまけに利用者も学校関係者がほとんどのため、他に並んでいる人はいなかったのだが。


「ほんとだ! おーい! みんな!」


 友菜ちゃんが手を振ると、集まっていたみんなが手を振ってこたえてくれた。

 みんな大きな荷物を抱えていて、これから数日間の準備が万端だということがわかる。

 それほどみんなが楽しみにしているのがわかって、五月はとてもうれしく思った。


「おはよう、五月、桜空、友菜。これで全員ね」

「時間もぴったり」

「あとはバスが来るのを待つだけだね!」


 リーちゃん、柚季ちゃん、亜季ちゃんはそう言いながら五月たちを迎える。

 事前に決めていた通り、みんな集合できた。

 あとは亜季ちゃんの言うとおり、バスが来るのを待って、大山で乗り継ぎ、糸川町のバス停までバスの旅をすれば、お義母さんが迎えに来てくれることになっている。

 つまり、みんなで千渡村へ旅行しようというわけだ。

 残念ながら部活のお盆休みは一週間くらいと短くて、杯流しの日まで泊まることはできない。それでも、祭りの当日は日曜日なので、その時は一泊して翌日の午前中に大山へ戻り、午後からの部活にも参加することにしていた。

 もっとも、五月と桜空は源家なので、祭りの当事者であり、片付けもしなくてはならないので、祭りの翌日にある部活は休むことにしている。

 それでも、ずっと運営側というわけではないので、空いている時間にみんなで遊ぶつもりだ。


「ねえ五月ちゃん、あっちの友達も来てくれるの!?」

「うーん、ちょっとわからないな。一応連絡はしたけど、あっちも部活やってるみたいだし」

「その子たちも陸上部なのよね?」

「うん、そう」

「ということはライバル。負けない」

「でも、柚季。佳菜子と麻利亜の二人とも小学校からの経験者ですよ。特に佳菜子はかなりの実力だったみたいですし」

「でもそれって小学生の時でしょ、桜空? ブランクあるって五月が言ってたけど、そこらへん聞いてる?」

「うん。一応、中学校の時は部活に結局復帰しなかったらしいんだけど、自分たちでトレーニングしてたみたい。高校に入った後すぐ陸上部にしたみたいなんだけど、最初苦労したみたいだよ。それでも二人とも十三秒台だったみたい」

「ぬぬぬ。やっぱり早い。でも負けない」

「そうだね! 柚季!」


 五月たちはバスが来るまで、五月のズッ友の話をして時間をつぶしていると。


「あ! バス来たよ!」


 友菜ちゃんが大きな声で知らせてくれる。


「それじゃあ出発!」


友菜ちゃんの号令で、五月たちはバスの旅路をスタートした。



 ※



 体が前のめりになる感覚がして、五月は目を覚ました。


「あ、五月、やっと起きましたか」


 振り返ると桜空が五月の顔を覗き込んでいるが、どこか夢見心地で、まだ意識がはっきりしない。

 とりあえず、温かい何かに寄りかかっているのはわかる。


「五月ちゃん、ぐっすりだったよね。疲れてた?」


 温かさが伝わってくる左側から友菜ちゃんの声がする。

 顔を向けると、目の前に友菜ちゃんの顔があり、五月はもたれかかっていたことに気付く。

 そこでようやく意識が覚醒し、体を起こした。


「ごめん、友菜ちゃん。きつくなかった?」

「ううん。大丈夫。それより、……可愛い寝顔、ありがとね」


 友菜ちゃんのスマートフォンには、ぐっすり眠っている五月の顔がアップで表示されている。

 それを見た瞬間、顔から火が出たように熱くなった。


「ゆ、友菜ちゃん! 消して!」

「えへへ。だーめ。五月ちゃんの枕になったご褒美ということで」


 友菜ちゃんは五月が伸ばした手をするりと躱し、朗らかな笑みを浮かべながらスマートフォンをしまった。


「そ、そんなあ……」


 羞恥の思いでいっぱいになり、どうにかなりそうだ。


「大丈夫。誰にも見せないから。……待ち受けにはするけどね」

「やめてよぉ……」


 友菜ちゃんにしがみついて抗議したが。


「こら、五月。バスの中では静かになさい。ほかの人に迷惑よ」


 リーちゃんの注意で失敗する。


「……すいません」


 五月はすごすごと引っ込むしかない。


「それにもう糸川町についてる。もうちょっとでバス停」

「え? そうなの?」


 柚季ちゃんの言葉を聞いて、窓の外をのぞくと、確かに糸川町の街並みだ。

 あと数分もすればバス停に着くだろう。


「五月寝すぎ。ちゃんと寝たのか?」


 呆れる亜季ちゃんに苦笑いして応えるしかない。


「えっと、ちょっと桜空と練習してたから、ね? それでちょっと遅くなっちゃった」


 魔法の練習は、テストが終わってから再開した。

 ただ、内容は以前と少し変えていて、この間の呪いを乗り越えた時に感じた課題を解決することを重視したものにしている。

 その課題とは、瞬間的に強い魔法を使ったら、体が悲鳴を上げてしまうこと。

 あの時の魔法は確かに魔力消費性疲労症をおこすくらいのものだったが、強く使いすぎて体が耐えきれず、すぐに失神してしまった。

 それを防ぐために、強めに魔法を使って、少し休み、また強く魔法を使って、また休むということを繰り返しやるという練習を取り入れたのだ。

 もちろんオラクルも再開して、新たな呪いへの警戒も強めている。

 そのことを知っていたため、亜季ちゃんを含めたみんなが複雑な表情を浮かべる。


「そっかあ。それじゃあ疲れるもんなあ。桜空は大丈夫?」

「御心配なく。これでもまりょ……、スタミナは結構あるので」


 危うく魔力と言いそうになるのをすんでのところで止めるが、桜空は魔力量が本当にたくさんあるため、五月ほど疲れることはほとんどない。


「それならよかったわ。でも、二人とも。しっかり休むのよ。あなたたちの元気がリーたちにとって何よりなんだから」


 それでもリーちゃんからくぎを刺される。


「うん。心配ありがとね」

「はい。私たちもみんながいるから心強いです。もしもの時のためにも、体調に気を付けて頑張りますね」


 そんなやり取りをしていると、バスのアナウンスがあり、五月たちはバスを降りるために、バスを停めてもらうためのボタンを押す。

 ほどなくして駅に着き、そばにあるバス停に停まる。

 バスを降りた五月たちを待っていたのは。


「久しぶり! 巫女さん!」

「ミーちゃん! 元気してた!?」


 かなちゃんとマリリン、そして。


「お帰り、五月、桜空。そして、新しい友達だね。ようこそ、千渡村へ」

「まあ、村はもうちょっと奥にあるんですけどね」


 お義母さんと綾花だった。


「みんな、お久しぶりです」


 五月はお辞儀して応える。

 源家当主としては、他の御三家当主が出迎えてくれたのだから、最低限のマナーだ。


「そして、……ただいま」



 ※



 それからはみんなで自己紹介し合った後、お義母さんと綾花の車に分かれて乗り、お昼時が近かったので、千渡村の「橘のそばで」へ向かった。

 お義母さんの車には、五月、桜空、かなちゃん、マリリン、お義母さんの五人が、綾花の車には、他のみんなが乗っている。

 久しぶりにズッ友と会えたので、色々話したかった五月は車が出発するなり口を開いた。


「かなちゃん、マリリン、さっきも言ったけど、久しぶり。元気してた?」

「うん。元気。楽しくやってるよ」

「それはあたしも同じ。でも、ゴールデンウィーク明けすぐだっけ? いきなり巫女さんから連絡来たときは驚いたなあ」


 実は呪いを乗り越えた後、五月は二人に連絡を取っていた。

 それは、ようやく呪いを乗り越えられるようになった喜びを、ズッ友の二人にも伝えたかったからだ。出逢ったばかりの時のように頻繁に会えるわけではないが、ずっと距離を取らなければいけない状況から抜け出せた。

 もう、ズッ友を始め、みんなに呪いが降りかかろうとしても、守ることができるのだ。

 だからこそ、今こうしてみんなで遊ぶことができる。

 呪いへの警戒は解けないが、そんな尊い時間をようやく手に入れられて、とても心が満たされている気がする。

 それに、桜空も今はいる。


「で、そちらが双子の姉となった、桜空ってわけね」

「はい。暁桜空です。五月と同じく、源家です。ずっと見てましたから、初対面のようには思えないですけど、佳菜子、麻利亜、これからよろしくお願いします」


 かなちゃんが桜空に向き直ると、桜空はお辞儀してあいさつする。


「よろしく、桜空。ワタシは佐藤麻利亜。こっちは千葉佳菜子。改めて、よろしくね」

「よろしくね。……しっかし巫女さんのお姉ちゃんかあ。ということは」


 二人も挨拶をするが、かなちゃんが顎に手をやり何かを考えている。


「どうしたの?」

「ああ、なんか、いいあだ名が思いついてね」


 あだ名。

 そう言えば、以前見た夢でかなちゃんが桜空にあだ名で呼んでいた気がする。

 それは、ズッ友はもちろん、お父さんとお母さん、楓と雪奈もいて、なぜか友菜ちゃんもいたという、幸せなもの。

 あの夢のように、幸せな日々が欲しかった。

 みんなには双子がいたということしか言っていなかったのだが……。

 妙なシンクロを感じる。

 かなちゃんは徐に桜空に向き直ると。


「『サラ姉』ってどう?」


 かつて夢で見たとおりのあだ名。

 かなちゃんの口から紡がれたのは、それだった。


「どうかな? いいと思うんだけど」


 五月は桜空に視線を向ける。

 決めるのは桜空だ。


「……ありがとうございます。ぜひ、そう呼んでください」


 飛び切りの笑顔を桜空は浮かべる。

 ずっと普通の女のような幸せが欲しかった桜空にとって、あだ名にもあこがれがあったのだろう。

 あの夢のような幸せに、少しずつ近づいているような気がする。

 もう会えない「あの人たち」に、「あなたたちはわたしを幸せにするために生まれてきたんだよ」と、ようやく報告できるような気がした。


「そっかあ! よかった。あ、サラ姉、スマホある?」

「はい、ありますよ」


 桜空はカバンから自分のスマートフォンを取り出す。


「んじゃ、アドレス交換しよう。やり方わかる?」

「あ、はい。えっと、こうするんですよね」

「そうそう!」

「あ、桜空。次、ワタシもお願い」

「はい。ちょっと待ってくださいね」

「うん。オーケー。麻利亜、どうぞ。あたしはサラ姉をグループに入れとくから」

「ありがと、佳菜子」


 かなちゃん、マリリンと連絡先を交換し、SNSのグループに入れてもらって桜空はとてもうれしそうだ。


「……よかったよ。馴染んでるようで」


 にぎやかな桜空たちを見て、ほっとしたようにお義母さんはつぶやく。


「当たり前ですよ。なんたってわたしの友達なんです。桜空と仲良くなるのは自明の理ですよ」


 桜空を受け入れてくれたみんなが友達で誇らしい。

 心から五月はみんなに感謝していた。


「さあ、みんな。もうちょっとで着くから、もう少し待っててな」


 すでに千渡村へ入る坂の先、通称村境が目の前に迫っている。

 綾花の車も続いている。

 さあ。

 みんなを、桜空を、今の千渡村にご招待だ。



 ※



 そして、この時がすべてを終わらせる、最期の機会だろう。

 源の名を持ち、魔法を使える三人が集まる、この時が。

 いくらイオツミスマルの力を以てしても、この村の外となると、互いの空間をつなげるのは困難だ。

 ならば、今しかない。

 母様、運命の子、その友人には申し訳ないが、これを逃すともうどうしようもなくなってしまうかもしれない。

 わたしは、母様と運命の子たちの様子を見るのをやめ、形見の桜襲に杖を向ける。

 ……もうちょっとだ。

 わたしが、この桜襲に、神の力を授けられれば……。

 もう、最適な時間軸はわかったので、あとは……。

 新たな神器を作って、そちらに向かうだけだ。

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