第八話 神器・桜襲

 誰もが寝静まった星空の下を、桜色の服を着こんでわたしは歩いていた。

 虫や蛙といった生き物たちの大合唱が響き、なんだかとても落ち着く。

 神社ということもあるのか、昼間とは違ってどこか別世界のような異質な雰囲気が漂う。

 そのうえ明かりのない夜道で薄暗くはあるが、いつもこの時間に移動しているので、もう慣れてしまっている。

 もしかしたら、……いや、間違いなく、「あれ」が原因だろう。

 目の前には宝物殿がどっしりと立っている。

 わたしが施した魔法のせいか、威圧感のようなものもあるが、イオツミスマルの中で見つけた書を読んでからは、それだけではないことをわたしは知ったのだ。


 その書は、もう三年前になるが、わたしが「マジカル・ブレイク」を開発し、イオツミスマルの中で、二冊の本と一つの禍々しい剣を発見したときの、何も威圧感を放たないほうだ。

 本のようではあるが、威圧感のないその書は、日常的に書き記す筆記長のようなもののように見えた。

 一方の威圧感のある書は、かなり分厚く、とても重要そうなもののように感じた。

 いずれも見たことのない文字で書かれている。


 そのため、白魔法の「トランスレーション」を使ってみると。

 後者は、「正典カノン」という、ガリルト神に関することを記した正典であり、……神器。

 その名は、「ムーンライト・カノン」というものだった。

 伝承に全くなかった神器がイオツミスマルの中に遺されていたということになる。


 それだけでもわたしは卒倒しそうなほどの衝撃だったが、もう片方の書は、それをはるかに凌駕した。

 そこには、自分で何かを書き留めた物を整理するような、簡単な題名で「日記」とあった。

 そして、それを記したのは。

 ……リベカ・エリー・ガリルト。

 読んでみると、オラクルという責任と重圧に日々悩みながらも、努力し、恋した、普通の少女のように思えたが、晩年になると、神器やマスグレイヴに関する記述がほとんどとなり、ある種の黙示録――預言書のようなものになっていた。

 そんな彼女が記した日記によると、わたしの予想通り、あの忌々しい剣は、ケセフ・ヘレヴのようだ。

 それでも、今なおイオツミスマルの中にあるのは、……リベカがヤサコミラ・ガリルト、ヤサコニ・イオツミスマルを使っても、太刀打ちできなかったから。

 そして、ケセフ・ヘレヴを破壊するために作られた神器が、ムーンライト・カノンらしい。


 なぜ、そんなことになったのか。

 わたしは、母様と運命の子に、伝えねばならない。

 すべては、ケセフ・ヘレヴの暴走から始まったのだから。


 そのためにも、三人に一つずつ、神器がなければ太刀打ちできまい。

 だが、こちらには神器がヤサコニ・イオツミスマル、ムーンライト・カノンの二つのみ。

 あと一つ、必要だ。

 できるならば、体の消耗を回復させられると、常に全力で叩ける。

 では、どうすればいいのか。

 ……リベカと同じように、わたしが神器を作ればいいのだ。


「コネクト・トゥ・ヤサコニ・イオツミスマル。

 ゴー・イン・ヤサコニ・イオツミスマル」


 イオツミスマルの中に入り、魔力の補助を受ける。

 もう、作り始めて三年にもなる。

 わたしは、リベカの日記を何回も読み返し、手掛かりを探した。

 そして、かなり日付をさかのぼったところに、神器の作成に関して記されていたのだ。

 それは、「オラクル」を使いながら、「プログラム」で魔法道具を使うということ。

 つまり、神の力を借りて、魔法道具にその力の一部を宿らせるのだ。

 しかし、莫大な魔力が必要で、ガリルト神のことなど全くわからぬわたしは、リベカのように短期間で作ることができなかった。

 それでも、諦めなかった。

 母様や、運命の子が、幸せになるためには、絶対にケセフ・ヘレヴを破壊しなくてはならないからだ。


 ……日記を読んでいて、察しがついた。

 母様が起こした祟りの原因は、疫病なんかじゃない。

 ケセフ・ヘレヴの機能の一つ、マジカル・ドレインのような魔法のためだ。

 それも、無差別で魔力を吸い上げるという、惨いもの。

 本来なら使用者の魔力は吸収しないようだが、暴走してしまってからはリベカですら抗えなかったという。

 この地でも魔法が使えるということは、マジカリウム、ポリマジカリウムが存在するということだが、それを吸われるので、魔力がほとんどないであろうこの地の者は、魔力消費性疲労症のような状態に陥ったのだろう。

 魔法を使えたわたしや母様は特にその影響を受けて、母様の魔力消費性疲労症が悪化し、魔力暴走症になってしまった。

 これが、「桜空さくらの祟り」の真実だ。


 それが再び、起きるかもしれない。

 宝物殿には結界を張ったが、いつまでもつかわからない。

 それに、リベカもケセフ・ヘレヴの破壊のために神器を遺したのだ。

 古の宿命を果たさなくては、幸せになどなれやしない。

 わたしは桜襲を脱ぎ、懐から杖を取り出す。

 この桜襲に、神の力を宿らせ、神器としようとして、ずっと頑張ってきた。


 そして、ようやく、それは叶おうとしている。

 いつの間にか、「オラクル」で受け取った神の言葉のようなものを、「プログラム」で書き込むような感覚がわかってきたのだ。

 それからは、数か月と時間はかかりながらも、少しずつ自分の思うような機能を書き込むことができた。

 その中には、神器特有のマジカリウムを利用しての機能、そして切り札も含まれている。

 あとは、魔力を注入して、いったん起動させれば、半永久的に神の力を宿して、神器となる。


 わたしは手をかざして魔力を注入する。

 やはりというべきか、普通の魔法道具を作るような魔力量では不十分だ。

 そのまま、体に力が入らなくなるほど続けると。

 桜襲がひとりでに輝きだし、あふれんばかりの神々しい魔力がひしひしと感じられる。

 これで、完成だろうか?

 試しに、桜襲を使ってみることにした。


「コネクト・トゥ・サクラガサネ」


 すると、イオツミスマルでは感じたことがないほど、魔力がどんどん体に吸収される感覚がする。

 指定したもの以外から魔力を吸い上げる、「アブソーブ」という魔法だ。


「シャドー」


 わたしが最も得意な魔法を使うと、以前よりも簡単にその影を、人の形であったり、大砲であったりと、様々な形に変えることができた。

 つまり、魔力を思い通りに操れるような感覚だ。

 桜襲が司るのは、魔力。

 魔力を変幻自在に操り、奪うこともできる神器で、攻撃、防御、支援のすべてが可能であり、その切り替えも素早い。

 盾となるイオツミスマル、矛となるムーンライト・カノンと相性がいいだろう。


 ただ、これだけにとどまらない。

 他の神器と同様、切り札もある。

 それは、あらゆる傷、病、疲れ、魔法を癒すというもの。

 たとえ魔力消費性疲労症になろうと、体がちぎれようと、魔力も含め、元通りに回復する。

 そんな、癒しの神器だ。

 つまり、神器の切り札で唯一魔力消費性疲労症をおこさず、連発できるというものになる。

 ただ、その分神器本体の魔力を多く使うので、桜襲の魔力が不足してしまうと使えなくなってしまう欠点がある。

 さすがに今その切り札を確かめるわけにはいかないが、通常の機能が問題なく使えていることを考えると、成功だろう。

 神器・桜襲――通称「サクラ」の完成だ。


 ……これで、終止符が打てる。

 準備は整った。

 運命の子は「エターナル・カーズ」の副作用を退けるまで成長してくれた。

 母様は、元の体に戻った。

 わたしは、真実と、新たな力を手に入れた。


 ……長かった。

 ようやく、母様に会える。

 久しぶりに母様を見られた時、本当にうれしかった。

 もう、二度と会えないと思っていたから。

 それほど永遠の呪いは強力で、討ち果たせないようなものだった。

 それを、運命の子とともに乗り越えてくれた。

 だからこそ、母様は運命の子を導いたといえる。

 わたしが呪いとして約束した、「罪を認め、反省すること」、「運命の子を導くこと」を果たしたことになる。

 だから母様は、永遠の呪いが解け、元の体に戻ってくれた。


 最後の約束は、「幸せになること」。

 それを満たすためにも、古の運命から解き放たれるためにも。

 今度は、三人で……。


 でも、それは、わたしが夫と、娘と、蘭と、別れるということになる。

 リベカの日記で、イオツミスマルを使えば確かに母様の下へいけることが分かった。

 そのためには、多くの魔力が必要だ。

 いくら桜襲の手助けがあっても、「ライジング」を二回も使ってボロボロのわたしは、こちらに戻れるような体ではない。

 それに、ケセフ・ヘレヴを破壊するときに、命の危険がある。

 三人で立ち向かっても、どうなるかわからない。


 それでも、ケセフ・ヘレヴを破壊できるのは、もうこれが最後だろう。

 逃してしまっては、蹂躙されるのみ。


 ……胸が張り裂けそうだ。

 夫と、娘と、蘭と、もう、二度と会えないなんて。

 だけれども、もう決めたのだ。

 もう、誰も不幸になってほしくない。

 だから、終わらせよう。

 リベカがもたらしてしまった、この悲劇を。


 ……その前に、最期にお別れをしないとね。

 もうみんな寝ちゃってるから、明日、か。


 ……ごめんね。

 できることなら、最期まで一緒にいたかった。

 でも、……。


 やめよう。

 どんなに訳を言ったって、どうにもならない。

 だから、最期に伝えよう。

 あなたたちのこと、ずっと好きだった。

 もっと一緒にいられなくて、ごめんなさい。

 つらい思いをさせて、ごめんなさい。

 ……今まで、ありがとう。

 いってくるね。


 ……。

 もう、思いつかないや。

 おかしいな。

 言葉にできないって、こういうことなのかな?

 でも、きっと……。

 みんななら、わかってくれるよね……?

 だから、おやすみ。

 そして、朝、目を覚ましたら、この思いを伝えよう。

 そして、みんなに見送られて。

 いってきます。

 みんなにありがとうの気持ちも込めて、笑顔でそう言おう。

 やっぱり最期は、笑顔でいたいな。

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