第七話 光
「……いよいよ、だね」
ゆかりが少し寂しそうに笑う。
「向こうでもしっかりやんだよ」
「……はい」
五月は頷く。
ここは、糸川町にあるバス停で、千渡村からは三十分以上もかかる場所にある。
駅の目の前にある、比較的町の中心にあるバス停であり、五月は高速バスを使って大山へ約一時間かけて向かう。
往復するとしたら、学校も含めると五時間近くかかるほど、大山は遠い。
一応、白魔法の「ゲート」を使えば行き来できるが、体のことを思うと、それはできない。
だからこそ、より遠さが身にしみて感じられる。
初めて千渡村を長期間離れる五月にとって、この遠さは少し寂しさも覚えた。
「こっちは橘家と暁家がどうにかしますから、安心して行ってきてくださいね」
見送りに来た綾花が微笑む。
源家の村の仕事はもはや形式的なものとなっていたので、今更ほかの御三家がやったところで、誰も文句を言わないだろう。
むしろ、村人は勉学に励めと言ってくるはずだ。
だからこそ、五月は将来のために、必死に勉強しなければならない。
呪いがいつ起きてもいいように、準備をしながら。
もちろん、今でも十分可能だと思うが、気を抜いてはいけないだろう。
「五月ちゃん」
改めて綾花が五月に声をかける。
「……呪いも怖いかもしれないですけど、友達も作ってくださいね。ちゃんと女子高生しないと、損ですよ」
綾花は、五月が呪いを恐れるあまり、将来へつながるであろう、友達とのかかわりや、学校生活をおろそかにしてしまうのではないかと、心配しているのだろう。
なにより、そのために学校を楽しめず、また一人で過ごすような思いをしてほしくなかったのだと、五月は思った。
「……大丈夫です。もう、魔法もありますので。それで、たとえイワキダイキのような輩が現れようと、記憶を操作して同じような真似はさせません。……あ」
そこに、一台のバスがやってきた。
途中のバス停にあたるので、すぐに出発してしまう。
「……では、いってまいります」
「ああ」
「……いってらっしゃい、五月ちゃん」
五月は、バスへ乗り込もうと、足を踏み入れ――。
「――巫女さん!」
「ミーちゃん!」
ふいに、五月を呼ぶ声。
振り返ると、かなちゃんとマリリンが、手を振りながら走ってこちらへ向かっていた。
あっという間に目の前に来る。
走ってきたからか、息が少し荒かったが、膝に手をいったん置くと、いつもの明るい表情で言った。
「巫女さんなら大丈夫だよ。いってらっしゃい!」
「ミーちゃん、向こうでも頑張ってね。いってらっしゃい!」
……。
こんなに、思ってくれているなんて……。
変わらないな、二人とも。
呪いのことを気にせず見送りに来てくれた二人に、思わず目頭が熱くなる。
……大丈夫。
ズッ友のお墨付きなのだから。
「……じゃあ! いってくるね!」
五月は、思いっきり手を振ってからバスに乗り込み。
出発してからも、みんなが見えなくなるまで、手を振っていた。
※
それからはバスに揺られ、一時間ほどたつと、周りの景色にビルが目立ち始め、間もなく大山のバス停に着き、さらに別のバスへと乗り継ぐ。
再びバスに揺られること約二十分ほどして、ようやく奥州女学院に着いた。
「……やっぱり遠いね、桜空」
周りに聞こえないように、五月以外には見聞きできない桜空に、小さくつぶやく。
「……そうですね、ちょっと疲れちゃいました。やっぱり寮生活でよかったですね」
お互い疲労の色が強い。こんな疲れを毎日、しかも往復でためるのは、魔法で体に負担をかけているので現実的ではなくて、つくづく寮生活にしてよかったと、五月も思った。
「……それじゃ、いこうか、桜空」
「はい」
二人で校門へと向かい、守衛さんに話を通してから、寮へと向かう。
春ということもあり、花壇には色とりどりの花が咲いていた。
そのまま校舎の中へと入り、事務室に向かう。
廊下の中からでも中の様子が見える、ガラス張りの扉を開いて、窓口に立つと、すぐに仲の人がこちらに来てくれる。
「すみません。今日からこちらの寮に入寮させていただく、暁というものなのですが」
「本日から入寮する方ですね。事前に配布した紙はお持ちですか?」
そのまま窓口の人に渡し、受付を済ませる。
「では、詳しいことは寮で説明があるので、そちらの方に行ってください」
五月は事務室を後にし、寮へと向かう。
グラウンドの方からは、部活中なのか、生徒の掛け声が聞こえてきた。
「なかなかいいところですね」
歩きながら桜空が五月へ話しかける。
「当然でしょ。わたしが選んだんだもん。ここに来た瞬間、ピンときたよ。ここがいいなって」
それを聞いて、桜空が笑みを浮かべる。
「よかったですね。ここに入れて」
「うん。でも、入ってからが重要、でしょ?」
五月も微笑む。
「そのとおりです。せっかく入ったんですから、思いっきり楽しんでくださいね」
「うん」
「あ、五月、ここが寮ですか?」
目の前には、白い落ち着いた雰囲気の建物があり、一本の木がその正面に立っていた。
「うん。ここがこれから暮らす寮、『月見荘』だよ」
「ここもなかなかよさそうですね」
「中に入ればわかるけど、キッチンとかピアノがある部屋、パソコン室もあるの。食堂もあって、そこでご飯を食べるんだって」
話している間に入り口に着く。
「あ。もう私は話さないほうがいいですね」
「そうだね。多分今日は歓迎会とかあるだろうから、休みでいい?」
「そうですね。今日はみんなでゆっくり過ごして、仲良くなってください。何かあったら、呼んでくださいね」
そこまで話すと、桜空はどこかへと消えていった。
桜空は誰にも見聞きできないからだが、それでも夜の魔法の練習の時には会うことになる。
呪いへ対抗するために、腕を鈍らせないように、そして、対応できることを増やすためだった。
それが桜空が五月についてきた理由でもあった。
その時、寮の扉が開き、そこから一人のすらりとした背の高い、若い女性が姿を現した。
「あら? もしかして、新しくこの寮に入る子?」
慌てて五月はお辞儀する。
「はい、そうです。本日からお世話になります、暁五月と申します。よろしくお願いいたします」
「礼儀正しいわねえ。あたしはここの寮母で、家庭科の教師でもある、
早由先生についていくと、三十人くらい入れそうな、机といすがきれいに並べられた部屋へとたどり着く。
そこには、すでに一人の少女がいた。
五月の姿を見るや、いきなり目の前に飛び出してくる。
「あ! もしかして君も新しい子!? うち、
いきなりのことに五月はびっくりするが、すぐに自己紹介をする。
「……わたしは暁五月。よろしくね」
「へえ! 五月ちゃんかあ! ねえねえ、どんな字なの!?」
「あ、えっと、『何々の暁には』、の『暁』に、『
「そうなんだ! なんか、かっこいい! あ、うちは、『
矢継ぎ早に質問され、どんどん会話が進む。
どうやら、友菜ちゃんは、とても社交的みたく、いい人のように思え、一安心だ。
ただ、なかなかのハイテンションで、五月はついていけていない。
「あー、ちょっとお取込み中のところ申し訳ないんだけど、友菜ちゃん、まずは五月ちゃんにここのことをいろいろ説明したいから、その辺にしておいてもらえるかな。あとでたっぷり時間はあるし、五月ちゃんも少し押され気味だし」
早由先生が止めてくれた。
「は! ……すみません。いつも暴走しちゃって……。五月ちゃん、いきなりごめんね……」
「あ、気にしないで。わたしはあまり人づきあいが得意なわけじゃないから、かえってありがたいよ」
苦笑しながら五月が応える。
二人の会話がいったん終わったのを見計らって、早由先生が説明を再開する。
「じゃ、気を取り直して、今いる場所が食堂で、全員に話があるときとか、毎朝、毎晩のお祈りとかにも使う部屋だよ。隣にはキッチンがあって、自由時間とか、休日には自由に使っていいから。でも、きれいにしておくんだよ。
ひとまずここにみんな集合して、改めて説明するから、みんな集まるまでちょっと待ってて。五月ちゃんが最後だったから、すぐに集まると思うから」
そう言って、早由先生は食堂から出ると、一分ほどしてから、カランカランと、鐘の音が聞こえてきた。
「あれが集合と、起床の合図みたいだよ!」
友菜ちゃんがそう説明していると、どたばたと足音がして、あっという間に食堂に生徒が集まってきた。
その数、二十人ほど。
そのとき、ちょうど早由先生が食堂に戻ってきて、生徒の中の一人が先生に全員そろっていることを報告する。
「じゃ、みんなにここの新しい住人を紹介するよ。今年は二人で、白鳥友菜ちゃんと暁五月ちゃんだ。みんな、仲良くしてよ。それじゃ、友菜ちゃん、五月ちゃん、挨拶して」
「うち、白鳥友菜っていいます! 皆さんと仲良くできたらなって思います! よろしくお願いします!」
「皆さんこんにちは。わたしは暁五月といいます。……えっと、よろしく、お願いします」
友菜ちゃんは元気はつらつと自己紹介できたが、五月は久しぶりに同年代の人たち大勢を前に自己紹介をしたので、何も考えられず、つい、どもってしまう。
それでも、みんな拍手をして出迎えてくれたので、ひとまず合格点といえるだろう。
「それじゃあ、まだあたしは二人に説明あるから、そのあとみんなで親睦を深めてね。二人とも、資料とか渡すから、あたしについてきて」
そのまま一同は解散し、五月と友菜ちゃんは早由先生についていくと、そこは職員室だった。
「ま、一応管理する先生が必要だから、この部屋を作ったわけだけど、みんなよく来るから、二人も何か相談とかあったら、気軽にどうぞ」
そう早由先生は話しながら、木でできた扉を開く。
その中はいくつかのオフィス机が並ぶ部屋で、その先にさらに扉があった。
五月がそちらの方を見ていると、早由先生は苦笑しながら口を開く。
「そこは教職員が寝泊まりする部屋だから、あんま面白くないよ。あ、ここも面白くないか。……それはそうと」
早由先生は、ある机の上に載せてある封筒を取り出し、それを友菜ちゃんと五月に手渡した。
「中には、一応の連絡と、ここの寮の生徒だということを示す、生徒手帳のようなカード、あとは、部屋の割り振り、施設の使い方を示したもの、一日の予定の紙が入ってる。あたしが一回確かめたから大丈夫だと思うけど、ちょっと確かめて」
二人はその封筒中をいったん取り出し、中身を確かめるが、早由先生の言うとおり、全てきちんと入っていた。
「やっぱり大丈夫だったみたいだね。一応説明しておくと、朝の六時に起床で、七時には礼拝を始めるから、その間にいろいろ身支度を済ませてね。七時十分からは朝食で、八時までに登校すること。そっからは他の生徒と同じように、ホームルームしてから礼拝して、それから授業だから。
ここまでで質問はある?」
「朝食の後片付けはいつするんですか?」
「ああ、それはあたしがやるから心配しなくていいよ。食堂に決められたところがあるから、そこに置いといて。ただ、自由時間に、キッチンを使って自分で料理したときとか、自分で持ち込んだ食事とかは、自分で片付けるようにね。ほかには?」
五月と友菜ちゃんはお互い顔を見合わせるが、先ほどの五月の質問以外はなかった。
「大丈夫です!」
友菜ちゃんが答える。
「なら、次は午後の話だね。門限は六時半。同時に点呼を取るよ。もし遅れるようなら事前に伝えてね。そのあと、七時から礼拝をして、七時十分から夕食で、これもあたしが片付けるから。そのあと八時からは、自由時間で、その時にお風呂とか済ませてね。勉強とかもすること。消灯は十一時だからね。一応、試験勉強とかで延長することもできるけど、完全に消灯するのは十二時だから、ちゃんと計画的に勉強すること。
あと、全体的な連絡は、朝と夕方の礼拝の時にするからね。
学校がある日、休日どっちもお昼ご飯も出るんだけど、学校がある日は、基本校舎の方の食堂が開いているから、そこで今配ったカードを弁当のところで見せればもらえるから。そこが休みの時とか、休日の方はここの食堂で出るけど、事前に言ってくれれば、外で食べたり、自分で作ったりしたのを食べたりできたりするから。基本、昼間は自由に過ごしていいよ。
細かいことはプリントに書いてあるけど、最後の部分で質問はある? 今はなくても、何か聞きたいことがあったら、何でも相談してね」
再び五月と友菜ちゃんは顔を見合わせるが、やはり今のところは質問することがなかった。
「大丈夫です。説明、ありがとうございました」
五月がお辞儀すると、慌てて友菜ちゃんもお辞儀する。
「あ、ありがとうございました!」
「うんうん。君たち、礼儀がいいねえ。これならいろいろ言わなくても大丈夫そうだね。あ、それはそうと、二人は同じ部屋だからね」
「……へ?」
二人の声が重なる。
「この寮は相部屋なんだけど、ちょうど新入生の高校一年生は君たちだけで、中学一年生はいなかったの。中入の高一もいるにはいるんだけど、ちょうど二人だからね。そのまま同じ部屋にしてもらおうと思ってたんだけど、いいかい?」
「もちろんです!」
「わたしもそれがいいと思います」
「じゃ、決まりだね。部屋は二階にあるから、これ、鍵ね。部屋番号も書いてあるから。はい、二人分」
「ありがとうございます」
「あと、部屋に荷物置いたらすぐ食堂に下りておいで。みんな、二人に用があるんだって」
「わかりました」
二人は退出し、自分たちの部屋に向かう。
「ここ、だね……」
「うん! そうだね!」
鍵を開け、扉を開くと、そこは日の光を取り込む、明るい部屋。
五月が以前からいいと思っていた、理想の部屋だった。
「ここが、今日からわたしたちの部屋なんだね……」
五月は思わずつぶやく。
「うん! 今日からよろしくね! 五月ちゃん!」
「……うん。よろしくね、友菜ちゃん」
友菜ちゃんの笑顔が、とてもまぶしかった。
※
それからは食堂で歓迎会をしてもらった。
ゲームをしたり、ご飯を食べたり、ピアノの部屋でピアノを弾いたり。
早由先生も交じってくれた。
あっという間に時間は過ぎ、夕食、お風呂の時間もみんなでおしゃべり。
とても楽しかった。
いじめられてきた日々からは、想像できないような時間だ。
そんな時を、これから毎日のように過ごせる。
そう思うと、五月は今までずっとトンネルの中にいたのが、ようやく外の明かりが見える辺りまで来たように思えた。
そして、気づけばもう消灯の時間で、五月と友菜ちゃんは二段ベッドの布団の中に潜り込んでいる。
それでも、まだ話し足りず、二人は話し続けていた。
「じゃあ、五月ちゃんは巫女さんなんだ」
消灯の時間ということもあり、ベッドの上で小さく友菜ちゃんが声を出す。
お互いのことをいろいろ話していたのだ。
どうやら友菜ちゃんは、高校に進学するのに合わせて、実家とは違う県の学校にしたらしい。
一応、実家はまだ元の県にはあるらしいが、それでもこっちに引っ越す理由があったのだろう。
そこまでは話してくれなかったが、五月も呪いや魔法などに関しては言えなかったので、話せないこともあるのは当然だった。
「うん。ちょっといろいろあって、今は暁家にお世話になってるんだけど、今でもわたしは、その源神社の巫女で、『源五月』とも名乗っているの。村の中だと、結構有力な家なんだけど、もう、わたししかいないんだよね……」
話しているうちにつらくなってくる。
もし、今でもお父さん、お母さんが、楓、雪奈が生きていたら。
今の自分に、喜んでくれるのだろうか。
どんなに幸せだったか。
自分の呪いに巻き込まれて死んでしまったように思えて、いつも悲しい。
寂しい。
いくらズッ友との約束が、裕樹との約束があっても、心のどこかでは、いつも癒えない傷の痛みを感じていた。
その痛みがまたぶり返してきて、五月の声音が弱々しくなる。
その時だった。
ふいに、ベッドの上がきしんだかと思うと、友菜ちゃんが立っていた。
五月は驚くが、苦笑しながら友菜ちゃんは言った。
「えへへ……。なんか、五月ちゃんが寂しそうだったから……。
……ねえ。これからは、うちが一緒だから。五月ちゃんの支えになるから。だから、……その、今日は、一緒に寝ない?」
「え? それはどういう……」
「……こういうこと!」
次の瞬間、友菜ちゃんが五月の布団に潜り込む。
「ふぁっ……!」
五月は思わず変な声を出してしまう。
友菜ちゃんが、布団の中で、五月を抱きしめてきたのだ。
それでも。
友菜ちゃんは、とても、温かくて……。
寂しさに震えていた、五月の心に、温もりを与えてくれる。
「これから毎日一緒なんだから。わたしが五月ちゃんの傷を癒してあげるね」
五月の耳元で友菜ちゃんがささやく。
一方の五月は、頭の中に疑問がいっぱいだった。
「……どうして、会ったばかりのわたしをそんなに気にかけてくれるの?」
それに、友菜ちゃんは苦笑しながら答えた。
「……五月ちゃんの気持ち、全部ではないけど、わかるから……。だから、ね……」
それ以上、友菜ちゃんは言わなかった。
それでも、友菜ちゃんの温もりが心地よくて、五月は友菜ちゃんに抱き返した。
「……ありがとね。これから、よろしくね、友菜ちゃん」
「……うん」
それからすぐに、二人は夢の世界へと誘われていった。
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