第二十一話 桜襲

 その後、私と桜空は、神社の裏の方にある、宝物殿に向かった。

 普段暮らしている家や境内の方では、人の行き来が時々あるので、誰かに見られる可能性があるからだった。

 曇り空で、肌寒い。

 不安は確かにあるし、魔法を操れるようにさせるしか方法はないが、もしもの時には役立つかもしれないと、なるべくいい方向に考えるようにした。


 やがて宝物殿に着き、鍵を開け、二人で中に入る。

 誰にも見られないように扉を閉めると薄暗い。

 これから歩む道が、暗闇に染められるようで怖い。


「フラッシュ」


 黄魔法で明かりをつけると、いくらか暗雲とした気持ちは晴れる。

 桜月は、私の魔法を見て感心しているようだった。


「それが、魔法なんですね、母様」


 私は頷く。


「でも、どこで魔法の練習をするのですか? ここだと狭いですし、色々と大切なものもありますよ」


 桜月の指摘に、もったいぶらずに答えることにする。

 私は懐からイオツミスマルを取り出した。


「この勾玉の中で練習するんですよ。魔法で中に入ったら、私もすべてを把握しきれていないほど広いです」


 桜月に振り返る。


「では、中に入りますよ。準備はいいですか?」

「……はい」


 桜月が頷いたのを確認してから、以前毎日のように唱えていた呪文を口にする。


「コネクト・トゥ・ヤサコニ・イオツミスマル・ウィズ・サツキ。

 ゴー・イン・ヤサコニ・イオツミスマル・ウィズ・サツキ」


 バノルスの言葉のようなイントネーションを合図に、辺りが真っ白に包まれる。

 瞬きすると、かつての不思議な空間に立っていた。

 ……なぜだろう。

 今の家とは違った落ち着きを感じる。

 どこか、懐かしいような、帰ってきたかのような、不思議な気持ちだ。

 もしかしたら、嫁に行った女が実家に帰省したような感じなのかもしれない。

 一方の桜月は、一変した周りの様子に戸惑っているようだ。


「ここが、勾玉の中なんですね……。これも、魔法ですか?」

「そうですね。一応、勾玉――ヤサコニ・イオツミスマルは、魔法道具ではあるんですが、特別なものなんです。いずれにせよ、その魔法によって作り出された空間です」

「そうなんですか……。なんか、浮いているような感じなのに、地面に立っているようなのも、そのせいなんですね」


 しゃがみこんで地面に触れながら桜月が言う。


「はい。このイオツミスマルによって作り出された空間は、基本的に外の空間に干渉し合うことはないので、安心して魔法の練習ができますよ。魔力という、魔法を使うために必要な物質であるマジカリウムの供給もあるので、体への影響も和らげることができます。なので、無理しない範囲で、いくらでも頑張れますね」


 自然と笑みが浮かぶ。

 久しぶりに魔法の話ができて、楽しかったのかもしれない。

 いろいろなことがあったが、魔法のことが好きなんだと実感する。


「……お手柔らかにお願いします、母様」


 若干、桜月が苦笑いしているような気がした。



 ※



 その後は、私が執筆した「魔法物理学総論」という本をイオツミスマルの中にしまっていたので、それを教科書にして魔法を教えたり。

 実際に魔法を使うのではなく、魔法を使えるようになってからすぐによくやる「魔力放出」の訓練を行ったり。

 将来、魔法を使うのに妨げにならないように、酒を控えるように注意したり。

 そうして昼間にイオツミスマルの中で桜月に魔法を教えた後、夜には魔法道具である服の作成をしたりした。


 「魔力放出」は、魔法として発現しないマジカリウムを放出するもので、簡単な結界のようなものにもなる。それを繰り返すことで、魔力の使い方を体が覚えたり、マジカラーゼ活性が増強したりして、魔力の制御や増加につながるのだ。繰り返せば、繰り返すほどその効果は増す。

 私もかつては、何度も繰り返したものだ。あっという間に成長して、母上を驚かせたのはいい思い出だ。

 ただ、それは娘である桜月にも当てはまることで。

 たったの一週間で、バノルスの兵士ほどにまで魔力があっという間に成長した。


 やはり、バノルス、ガリルトの血を引いているのが大きいのかもしれない。

 魔力放出がうまくいっているので問題ないとは思うが、それでも魔力暴走症が怖かったので、私は一層魔法道具の作成に力を入れた。

 そして、ついに。


「……できた!」


 魔法の依り代となる、桜色の着物を作り上げた。


「ありがとうございます、母様」


 桜月はほっとしたようにため息をつく。

 やはり、桜月も自分が怖かったのかもしれない。


「今すぐにでも魔法を使えるようにしますか?」

「お願いします、母様」

「わかりました。では、朝日、宝物殿の方に行って参ります」

「わかりました。お気をつけて」


 魔法に関することは、他人の目を恐れて、宝物殿ですべてすることにしていた。

 桜月と外に出て、足早に向かう。

 虫や蛙の合唱がすごい。

 涼しい風が吹き、星空も広がっていて、気持ちいい。

 このまま、幸せに過ごせると思えた。

 やがて宝物殿にたどり着き、中に入るなり、イオツミスマル内に二人で入る。

 いつもの不思議な空間が出迎えてくれた。


「では、今から魔法道具の作り方を説明するので、よく見ていてください」

「はい、母様」


 私は懐から形見の杖を取り出す。


「結構集中する必要があるので、杖を使った方がいいです」


 私の言葉に桜月は頷く。


「魔法道具を作る際には、白魔法の、『プログラム』を使って、道具に魔法を書き込みます。

 ……では、行きます」


 そこでいったん深呼吸する。

 久しぶりに魔法道具を作るので、集中し直した方がいいと思ったからだ。


「プログラム」


 光が服を包み込む。

 つづいて、魔法の詳細を唱える。


「『マジカル・ドレイン』を、使用者及び周囲三メートルで発動。吸収した魔力は自身にため込むこと。使用者からの吸収は、常時、本人が魔法を使うのに支障がないほどのごく少量にとどめること」


 これで魔法の入力は終わりだ。このように言葉にして命ずることで入力する。

 そして、終わったことを魔法で伝える必要がある。


「プログラム・イズ・フィニッシュド」


 再び光が服を包み込む。

 私は大きく息を吐いて緊張を解く。


「これで魔法道具の作成は終わりです。『プログラム』、魔法の呪文と、その詳細、そして、『プログラム・イズ・フィニッシュド』という、プログラムの終了の知らせ。これで魔法道具ができます。わかりましたか?」

「はい、わかりました」

「これからは魔法道具の作成も練習しておきますから、それで身に着けてください。

 では、魔力を補充するわけですが、魔法道具に魔力放出するだけなので、桜月、やってみてください」

「はい」


 桜月は服に手をかざす。

 すると、手から光があふれだしてくる。

 魔力放出は、このように視覚的にも実際に行われていることがわかるのだ。

 そのまま私が止めるまで、だいたい一分ほど魔力を貯めた。


「これで一か月ほどはもつはずです。もっと貯めることもできますが、まだ桜月は無理すべきではないので、練習の時に少しずつ貯めていきましょう」


 そして、私はその桜色の服を手に取り、桜月に差し出す。

 作りながら考えた、その名とともに。


「どうぞ、桜月。これが、あなたを、みんなを守る魔法道具――桜襲

さくらがさね

です。大事にしてくださいね」


 桜月は、桜襲を受け取って、満面の笑顔を浮かべていった。


「ありがとう、母様」



 ※



 それから、わたしは魔法を学び続けた。

 もちろん、神器のこと、オラクルのことも。

 相棒のサクラ――桜襲とともに。

 ……今は、神の化身となったその子とともに。


 そしてあの後、知ったのだ。

 オラクルは滅びてなどいなかった。

 そして、ケセフ・ヘレヴは、今も存在しているのだということを。

 だからこそ、リベカはバノルスに嫁がなければならなかったのだ。

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