第十一話 嘘

 草木がこすれる音が響く。

 周りには緑色が広がり、それを支えるように、焦げ茶色の線が太く伸び、それが細かい線に分かれている。

 ここは、男が出入りしていた、山の中。

 私は、敵の本拠地と思しき場所へ向かっていた。


 もちろん、敵に気付かれてはいけないので、黄魔法を使って姿を見えなくしたり、白魔法を使って音が響かないようにしたり、簡易的な結界を私の周りに張ったりする、予防策を念のためにとっていた。体への負担はあるが、不意打ちされるとひとたまりもないので、イオツミスマルからの魔力の補助を受けながら進む。

 もうずいぶんと歩いた。男の記憶で、本拠地まで、あと数分の所に来た時だった。


「アクア・アロー」


 真横から、水の矢が迫る。

 風圧がすごいのだろう。草木が揺れている。

 不意打ちだったため、急速に迫りくる脅威から、逃れることはできない。


 ドーン!

 衝撃音が響く。

 まともに浴びたら、人の体など、木端微塵だろう。現に、周りの木々は、原形をとどめないほど、粉々になっていた。

 私も、無事ではあるまい。

 そう、魔法を使った本人は思っただろう。

 しかし。


「……残念でしたね」


 結界で一撃を防いだ私は、白魔法の「アナライズ」を使い、魔力をたどって、その元凶のすぐ目の前まで迫る。


「ポイズン・ニードル」


 騒がれては危険をかぎつけられるので、黙らせたまま殺すために、即死する毒の緑魔法をそいつに使う。

 たいてい、空間魔法の、結界を張れる人間は少ないので、結界を張れる私からしたら、相手は丸腰同然で、殺すことなど容易かった。

 現に、そいつも結界を張れておらず、倒れて、動かなくなる。


 仮に、何らかの魔法を使って防ごうとしても、破壊力のある魔法はいくらでもあるし、「マジカル・ドレイン」を使えば、もはや私から攻撃をされるがままになるしかない。

 それだけでなく、すべての属性の魔法に適性があるため、魔法を使うことができれば、リベカ様以来の魔法の腕で、間違いなく軍や、警備が主な任務の公安省を含めて敵なしなのが、私だ。

 母上も全属性に適性があるが、病気がちな分、私が防衛の前線に立つことが期待されていた。

 もっとも、先日の反乱では、魔法をなぜか使えず、今に至るのだが。


 仇を討つためにも、幸せになるためにも、目の前の敵を討ち果たす。

 幸い、魔法を使えるみたいなので、てこずりはしても、私の体が限界を迎えない限り、敵に勝機はない。

 なるべく早く終わらせるために、足早に進もうとした。


 しかし。

 ドーン! ドーン!

 衝撃が何度も伝わる。

 私は結界を張って、攻撃をしのぐ。


 ただ、何度も何度も攻撃され、どうしても守りに徹してしまう。

 どうやら、敵にすでに見つかっているようで、袋叩きにあっているようだ。

 周りを見ると、木々がすでに跡形もなく木端微塵になり、十人ほどの敵がわたしを取り囲んで、一斉に私に魔法を放っている。

 それに、先ほどの男の記憶では、これよりもさらに多くの敵がいた。


 ……面倒なことになったかもしれない。

 もしかしたら、本拠地以外に敵が向かって、私をおびき寄せて、疲弊させてくるかもしれない。

 確かに私は圧倒的な存在だが、まだ目を覚ましてから一日しかたっていない。いくら少し休んだとはいっても、魔力消費性疲労症から完全に回復しているとは言えない状態だ。


 このままでは、ばててしまい、また魔力消費性疲労症を発症してしまいかねない。

 そのため、周りを壊滅させるので本当はやりたくなかったが、強力な魔法で敵の本拠地ごと破壊することを選んだ。


「……フォトン・デストロイヤー」


 すると、私を中心に光線が発せられ、辺りを眩い光が包み込む。

 ただ、それだけ。

 それを浴びるとどうなるか。

 光が収まると、よく周りの様子が見える。

 そこには、むき出しになった黒い山肌が広がるだけ。

 生い茂っていた草木がなくなり、遠くまで見渡せる。


 いつの間にか、衝撃がやみ、静寂が訪れていた。

 私を中心に、三百メートルほどが壊滅していた。

 これが、黄魔法の最上級魔法だ。

 高温の光を放ち、周りの有機物を気体へと変える。

 敵を探すと、骨が転がっていた。

 近くに十人ほどいた敵は、皆骨になった。

 そこから遠くを見渡すと、骨が散乱している。


 結界を張ったり、魔法で防ぐなりしないと、訪れるのは、死のみ。

 私は結界で防げるが、使用者も巻き込む、危険な魔法。

 それが、三百メートルほどの範囲を無慈悲に襲う。

 さすがにケセフ・ヘレヴで壊滅したとされる、ゴルゴタのような、数キロメートル以上は無理だが、囲まれた時の最終手段としては優秀な魔法。


 そして、皆骨になったということは、彼らに防ぐ手段はなかったという意味だ。

 つまり、おおよその敵は、簡単に屠れるということ。

 ただ、逃げられると面倒だ。村にでも逃げられたら、皆殺しにしてしまいかねない。

 だから、何か搦め手をとられる前に、すべてを終わらせることにした。

 この山全体が焦土になるが、この地の人間を巻き込まないためには、やむを得ないだろう。

 私は巻き込まれないように、結界で身を守りつつ空を飛ぶ。


「プロミネンス、メテオ・シャワー」


 気体になった有機物で燃え上がって山全体が火の海になり、流星群が襲う。

 よほど強力な魔法でない限り、その身を焼かれるしかない。

 それに、火は広がっていく。大量の黒々とした煙が広がっていく。敵が皆防げるわけではないので、たいていは灰になっていく。

 仮に防げても、流星群の直撃や衝撃もある。

 それをすべてしのげるのは、バノルスでもわずかだ。


 実際、最初は生き残りとみられるものの声が、わずかながら聞こえていたが、今は、先ほどの「フォトン・デストロイヤー」の範囲から外れて残った草木が焼き焦げる音のみ。

 「アナライズ」を使って、魔力を探して生き残りがいるか調べてみる。

 今度は、村の方も調べた。

 ……感じることができない。

 魔法を使えた私は、こうして敵を壊滅させた。

 これ以上燃やし続けても意味がないので、青魔法で火を消そうとした。


「……まだ終わってませんよ、サラファン」


 ……え?


 次の瞬間、背後から、ドーンと、衝撃音が響く。

 結界を張っていたために無事だったが、攻撃されたのは間違いない。


 しかし、空を飛んでいた私に、背後から声が聞こえるような位置にいるだけでも、空を飛ぶ魔法を使わなくてはならない。その際魔力が漏れ出るはずだが、それを「アナライズ」で感じ取れなかったことから、よほど強力な、結界のような魔法を使えるもののはずだ。

 私は懐から杖を出しつつ振り返り、体勢を整える。

 そして、目の前には。


「……お久しぶりです。サラファン」


 ……え?


 思わず驚きの声を出してしまう。

 嘘だと言って欲しかった。

 私を迎えに来たと言って欲しかった。


 なんで……。


 どうして?


 あなたがこんなことを……。


「……やはり、驚いてますよね」


 どうしてなんだ!


「なぜ……、なぜなんですか?」


 私の声が震えている。

 足元から崩れ落ちそうになる。

 今までの私の、土台が消えてしまいそうになる。

 支えが、なくなってしまいそうになる。


 ……だって。

 目の前の敵は……。

 いや。

 この人は……。


「……改めて、名乗りましょうか」


 愛していた、はずなのに……。


 愛してくれていた、はずなのに……。


 これから一緒に幸せになると、信じていたのに……。


 それは。


 嘘だったの?


 私に向けてくれた笑顔は、嘘だったの?


 私との接吻は、嘘だったの?


 抱きしめてくれたのは、嘘だったの?


 あなたの言葉は、嘘だったの?


「私は、魔法省の大臣、ゼベダイ・サルバドールの息子で、……今回の反乱の実行者、リベル・サルバドール」


 信じたくない。


 信じられない。


 最愛の人が、みんなを殺して。


 私を、殺そうとしているなんて。


 私との、幸せになるはずだった日々を捨てるなんて。


「お別れを言いに来ました、サラファン」


 リベルは微笑んでいる。

 それが、もう、手が届かないほど遠いところにリベルがいるように感じられて。

 とても、悲しかった。

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