第十話 報い

 次の朝。

 私は、朝食の準備を手伝ったり、一緒に食べたりした。

 そのあとは、農作業をするというので、私も一緒に作業しよう外に出たが、朝日たちに止められた。


「なぜですか?」


 止められるのは、私が世話になるのだから、その分をお返ししなくてはならないと思うので、違和感を覚えた。

 朝日は、私の髪を指していった。


「私たちは事情を知っているので大丈夫ですが、村人から、もしかしたらあまり良く無い視線が送られるかもしれません。周りが山と森林に囲まれて、隣の村でも数里ほど離れていて、人の出入りが少ないためか、結構、排他的な人が多いので」


 どうやら、私を気遣ってのことだったみたいだ。

 確かに、朝日たちの髪の色は、皆黒で、私の桃色は、かなり異質に見えてもおかしくない。

 朝日たちがここまで考えたかはわからないが、私への偏見があるというのは、王女だった私への周りの目線を思い出すようで、いい気はしない。

 ただ、髪の色ならば、魔法でどうにかできる。


「大丈夫です。魔法で髪の色を変えられますので。……『チェンジ・ピグメント』」


 緑魔法で私の髪の色を変えると、一瞬で私の髪の色が、桃色から黒に変わったため、皆目が点になる。


「……すごいですね。これが、魔法……」


 思わず朝日がそう漏らす。

 初めての魔法を見せられて、すこし得意げな気持ちになり、したり顔になる。


「桜空。人前で魔法を使うのは、控えていただけませんか?」


 しかし、朝日は私があまり考えていなかった反応を示した。そのため、言葉を継げない。


「こちらには似たようなものがありますが、魔法はありません。その中で魔法を使うと、……その、桜空を悪く言う人が出てきますので。最悪の場合、大変なことになってしまいます……」


 朝日は申し訳なさそうに、硬い表情でいう。

 ただ、朝日の言葉で気づいた。


 ここには、魔法がないのだ。

 その中で魔法を使った場合、私を化け物のように思っても、仕方ない。

 そのうえで誰かを傷つけると。

 間違いなく、私を殺そうとするだろう。

 少なくとも、平穏な生活を送ることはできない。

 そのため、魔法を使わないと、ただの女でしかないが、これからのことを考えると、魔法を使わないほうがいいと思った。

 ……身の危険があるとき以外は。


「わかりました。確かに、悪い想像をされそうですね。魔法を使わないようにします。

 ですが。

 もし、何かがあって、身の危険があったら、魔法を使います。それは構いませんよね?」


 それに、朝日たちは戸惑ったようだ。

 少し考えれば当然かもしれない。

 いくら私が魔法を使えるとはいえ、身の危険を回避できるほどのことを、見せてはいないのだから。

 そこに。


「――おおい! あんたら!」


 朝日と似た格好をした、男の人が走ってきた。


「どうしたんですか? この村の方ではないようですが……」


 急に息せき切ってやってきた見知らぬ人に、朝日は困惑しながらそう返す。私たちも同様に困惑していた。


「ち、近くの村が、変な集団に襲われて!

 なんか、変な術で、火とか雷とかばらまいて……。

 ほぼ、壊滅したって話だ!

 それが、こっから東の、隣の村さ来てるらしい!

 ここさ来るのも、時間の問題だ!

 い、急いでこっから逃げねえと!」


 「変な集団」、「変な術」、「火、雷をばらまく」。

 それはつまり……。

 背筋が寒くなる。


「桜空?」


 朝日が気付き、私に声をかける。


「……追っ手です」


 小さく呟く。

 ただ、それは朝日にだけ届き、彼を衝撃が駆け巡る。


「だが、逃げるったって、どこさ?」


 朝日のお父様が尋ねる。

 しかし、その人は首を横に振る。


「わ、わかんねえ……。わかんねえんだよ……。その村では、みんな逃げたって話だけど、村は焼き払われて、……皆殺しだって」


 皆殺し。

 その言葉を聞いた瞬間、その場が凍り付いたように、沈黙が流れる。

 逃げても殺されるのだ。

 何もできない彼らは、絶対殺される。


 ……ただ。

 私なら。

 天才とまで言われた私なら。


「と、とにかく、ここにいちゃだめだ! とりあえず逃げなきゃだめだ! いったん落ち着くまで!

 おらぁみんなに避難するよう言ってるから、あんたらも逃げろ!」


 そう言って、私の方に手を伸ばしてくる。

 一番近くにいる女を、さっさと逃がそうとしたようにも思う。


 その時。

 男の口が小さく動いた後、その顔に、笑みが浮かんだように見えた。

 そのまま男は、私にではなく、私の隣にいた朝日に手を伸ばす。

 ……直感だった。

 少し悪寒を感じるような、嫌な気がした。


「……シャドー・バインド」


 黒魔法を使うと、黒い影が男を縛り付ける。


「さ、桜空?」


 思わず朝日が止めにかかろうとする。


「……マジカル・ドレイン」


 朝日にかまわず、男の魔力を奪う。体の中が熱くなる感覚がし、魔力が入り込んでいることを感じる。

 すると、目の前の男の見た目がどんどん変わっていき、私と同じ桃色の髪で、服がぼろぼろの男へと変化した。

 男は私をにらむが、私はそのまま拘束を強め、魔力を、気を失うほどまで奪った。

 ドサッ。

 そのまま男は倒れた。


「……はあ」


 とりあえずやり過ごすことができ、思わずため息が漏れる。


「……この男は追っ手です」


 皆はそれを聞いて驚愕する。


「そもそも、怪しいとは思いませんでしたか?

 朝日は、この男を、『この村の人ではない』と言いました。

 つまり、少なくとも、近隣の村の住民のはずです。

 ですが、この村は山と森林に囲まれていて、距離もあると朝日は言っていました。

 この男は走ってきた。

 それなのに、この男の服装は、きれいすぎます。

 山の中を走ってきたのならば、多少汚れるはずですが、そのようには見えませんでした。


 加えて、決定的なのが、この男の変化です。

 『マジカル・ドレイン』という魔法を私が使いましたが、これは魔法を使う力を奪う魔法です。

 その結果、この男の姿が変わりました。

 服はぼろぼろで、髪は桃色。

 ですが、朝日たちはみな髪の色は黒です。

 一方の私や、追っ手は、桃色です。

 魔法で髪の色を変えるところは、先ほど見ましたでしょう?

 ……もう、お分かりですね?」


 この男の出自の不透明さ、服装、魔法を使う力を奪ったことによる髪の色の変化。

 私の追っ手と判断するには、十分だ。

 ただ。

 それは、この地にまで追っ手がいるということだ。

 ……逃げ切るのに、失敗してしまった。

 その事実に気付く。

 さらに、また、魔法を使えなかったら。

 今度こそ……。


 ……、寒気がする。

 死の気配が、また、すぐ近くまで迫っているのがわかった。

 すごく、怖い。

 撃たれた時の記憶がよみがえる。


 一人になってしまった。

 悲しかった。

 苦しかった。

 すべてを失ってしまった。

 終わりを感じてしまった。

 それでも生きなければならなかった。

 だから、諦めなかった。


 どうなったか。

 その答えは、言うまでもない。

 だから、諦めるわけにはいかない。

 私を助けてくれたみんな、母上、そして、朝日のために。


「……桜空はどうするつもりですか?」


 私が思案している間、朝日を含めた、みんなが状況を飲み込もうとして、黙り込んでしまっていた。

 もしかしたら、私の追っ手がここまで来たと知って、打ちのめされていたのかもしれない。

 それからいち早く脱した、朝日からの言葉だった。

 私はどうするか。

 ……もう、迷いはなかった。


「……私がそいつらをどうにかします」


 みんなを、朝日を守るために、私は言った。

 ……母上の願いをかなえるためにも。

 それを聞いて、朝日が反論する。


「な、なにを言っているのですか? そんなの……」

「無理だ、とでもいうんですか?」


 朝日が閉口する。

 まるで、どうせ何もできない、でもそんなことを言いたくない、とでもいうように。


「安心してください。私は、『魔法さえ使えれば』、天才とまで言われるくらいなので」


 しかし、半信半疑のようで、みんな首をかしげる。

 いや。

 憂慮というべきだろうか。

 当たり前だ。

 山中で昨日まで倒れた女が、自分は天才などと言っているのだから。

 戯言のように思っても仕方ない。

 また、ボロボロになりかねない。

 今度こそ、殺されかねない。


 そんなのはわかっている。

 それでも、魔法がないこの地では、科学でどのように対抗できるかはわからないが、魔法に太刀打ちできないだろう。

 蹂躙されかねない。

 それを防げるのは。

 天才と称された、私しかいない。

 そのことが、重くのしかかる。


 胸が張り裂けそうだ。

 結局、幸せになるには、朝日たちを守るには、母の願いを叶えるには。

 追っ手を、皆殺しにするしかない。

 それを、納得させるしかない。納得するしかない。

 報いなければならないんだ。

 そこで、私は髪の色を桃色に戻し、魔法で宙に浮く。

 魔法を見せつければ、納得してくれると思った。

 そうするしかない。

 みんな目が点になり、そのまま私を見上げる。


「ブラスト、アクア・アロー、グロウイング・プラント」


 私が見下ろす格好のまま、何もないところへ向けて、魔法で突風を起こし、水の矢を放ち、植物を急成長させた。

 その衝撃が風圧となって伝わり、みな息をのんだようだようで、私の魔法が着弾したところと私を交互に見ている。


「こんなのは序の口です。こんなのでは済まないようなことが、私にはできます。

 焼き尽くしたり、氷漬けにしたり、水に沈めたり、切りつけたり。それを広範囲にできるので、敵を短時間で壊滅させられます。実際、一度しか戦線に立ったことはありませんが、その時は私一人が一回魔法を使っただけで、敵の前線の約半数を討ち取りました。その結果、敵は、おそらく兵を温存するためだと思っていますが、すぐに撤退しました。

 なので、魔法さえ使えれば、撃退できます。

 それに、この男は、間違いなく、私の追っ手です。ここで火とか雷をばらまいたり、変な術を使えるのは、せいぜい私の追っ手のはずです。いくら呪術でも、そのようなことはできないでしょう?」


 みな、閉口してしまう。

 私の魔法を見て、さらにその上があることを知って、倒れている男の変化を見て、反論できないようだった。

 しかし。


「……もし、魔法を使えなければどうするのですか?」


 朝日は違った。


「桜空は言ってましたよね? 『魔法を使えなかった』と。今回もそうなった場合、あなたはどうするつもりですか?」


 ……朝日が言いたいことはわかる。

 私が、あの時と同じく、魔法を使えなかったら。

 最悪の想像しか浮かばない。

 ただ、それでも。

 私を受け入れた、助けた、居場所をくれた朝日たちを守れれば、本望だった。


「……その場合でも、おそらく、追っ手は私だけに固執するでしょう。

 反乱を起こした奴らです。王やその側近がみな処刑され、王位を脅かす存在は、今や私ただ一人。部下を失わないためにも、私を殺したら、そのまま戻る方法を模索するでしょう。

 だから、そいつらの目的は私です。

 私が行けば、この村は襲われません。

 ……いえ、襲わせません」


 私がもし捕らえられても、目的は私だろうから、深追いはしないだろう。

 ただ。

 そんなつもりは、毛頭ない。

 この村を、みんなを、朝日を守ってみせる。

 そう続ける。

 みんな、私の話を聞くばかり。

 それしかできなかった。

 しかし。


「……わかりました。

 ですが、約束してください」


 朝日だけは違った。


「絶対に、ここに帰ると、そう、約束してください。

 あなたは、もう、一人ではないのです。

 自分たちが、自分がいます。

 たった一日しか過ごしていませんが、それが何だというのです?

 あなたの居場所は、ここにある。

 それでいいんです。

 だから、……約束です。

 絶対に、ここに帰ってきてください」


 朝日は、私のことを、心から思ってくれた。

 何もないはずの私を。

 助けてくれた上に、待っててくれる。

 お人よしだと思う。

 でも。

 それが、私に向けられていることで。

 とてもうれしい。

 思わず目頭が熱くなる。


 ……死にたくない。

 せっかくこの人たちに、朝日に助けられて、生き延びることができたのだから。

 母上の願いがあるのだから。

 ……絶対に、私は帰らなければならない。

報いなければならない。

 だから、今生の別れにはしない。

 絶対に帰るんだ。

 そんな、私に居場所をくれた彼の元に。

 私のことを思ってくれた彼の元に。


 そして。

 絶対に、幸せになってやるんだ。


「……わかりました」


 だから、私は微笑んで、彼と言った。


「それでは、約束です」


 絶対に、ここに帰る。



 ※



「……では、行って参ります」


 強力な結界を、朝日たちの家や田畑を覆うように張った。

 せめて、ここだけは守りたかった。


 本当は村全体に結界を張れればよかったのだが、追っ手が紛れ込んだ今、村に追手が合居ることが考えられ、結界を張ってしまえば、敵に攻撃が届かず、かえって苦戦してしまうことが考えられ、さらに、私の体も十分回復しているとは言えないので、苦肉の策をとらざるを得なかった。

 そのため、なるべく巻き込まないようにしなくてはならない。

 しかし、敵の全貌がわからず、苦戦が予想される。


「とりあえず、この家の中にいればいいのですね?」


 朝日が確認をとってくる。

 ――そういえば、朝日ばかり口を開く。

 私のことを、思ってくれているような気がする。

 それが、ありがたい。


「はい。最善を尽くしたので、私が死なない限り、ここは大丈夫だと思います」


 いつまでも、朝日たちと一緒に過ごしていたかった。

 しかし、そうするわけにはいかない。

 ここでじっとしていれば、いずれここも襲撃されるだろう。

 そうなった場合、いくら私でもかばいきれないだろう。

 だから……。

 ここに来る前に、討つ。


「……桜空」


 立ち去ろうとする私を、朝日が呼び止める。


「どうか、ご無事で。

 そして、……絶対に、帰ってきてくださいね」


 ……最後まで、しつこい男だ。

 でも、それが今はありがたい。

 私に帰る場所があると思えるから。

 彼が、私のことを思ってくれていると感じるから。

 リベルは、朝日ほどしつこくはなかったが。

 悪い気はしない。


 一日しか話してないのに、どうしてもリベルと比べてしまう自分は、どうかしていると思うが。

 ……彼のためにも、絶対に帰らねばならない。

 まだ、お返しをできていない。

 私を助けてくれた彼に。

 私の心の支えになってくれた彼に。


「……ふふふ。

 なに当たり前のことを言ってるんですか?

 ……でも。

 ありがとうございます」


 だから、絶対に帰るんだ。


 朝日に微笑んで、私は男を拘束したまま、結界の外へと向かった。

 万が一のことを考えて、そして、情報をとることも考えて、結界の外へと出ることにしたのだ。

 このことは、朝日たちにも説明した。

 もちろん朝日たちは私のことを心配してくれたが、私が男を無力化したことを強調して、強引に納得させていた。

 具体的にどうするかは、説明していないが、目を伏せたくなるようなことをこの男にするため、みんなの目の前ではしたくなかった。


 私は、男を拘束し、魔力を奪い続けたたまま、結界の外に出ると、これからの作業のために簡易的な結界を敷いて、その中で緑魔法の一種を使った。複雑なため、呪文は存在せず、イメージだけで使ったが、相手の記憶をのぞき込む魔法だった。

 すると、周りの景色が一変し、繁みの中へ移動したように思えた。しかし、実際に移動したのではなく、男の記憶の中に入り込んだというのが正確だ。


 繁みの中を歩いている。周りは草木が生えているだけで、どこを歩いているのか、さっぱりだ。

 その景色が、一変する。

 急に視界が開けたかと思うと、そこには。

 髪の色が桃色の人が、大勢いた。

 その数は、正確な数はわからないが、百人以上のようだ。いずれも服はボロボロで土ぼこりで汚れていたが、皆同じような服を着ていた。

 その服の色は灰色で、長袖の服だった。

 そこからは、いろいろな人と話をしたり、食事をしたりしていたが、その後に村の方に一人で降りてきて、先ほどの事態になったようだ。


 これ以上調べるのもいいが、奴らがどこにいるかがわかったので、魔力や体力の消耗を抑えるため、記憶を覗くのをやめた。

 すると、辺りは先ほどまでの、村の田畑が広がっていた。


 意識が現実に戻ったのだ。

 そして、私は最後の確認として、男の服の、右胸のあたりを擦る。

 少し擦ると、そこには、女性の顔が浮かぶ。

 それは、現在の、……いや、元女王で、母、ステラ・トゥルキア・バノルスの顔だった。

 そして、その服を着ているのは。

 バノルス王国の、軍人だった。

 皆、同じような服を着ていたのだから、軍だとみて間違いないだろう。


 おそらく、今回の反乱の犯人でもあるだろう。

 軍を所管する、軍事省の長は、ノア派の筆頭、ユダ。

 科学兵器が使われていた軍ではあるが、大きな音とともに傷つけられる道具などないのに、どうやってそれを得られたかはわからないが、ノア派の反乱と言っていいだろう。

 私たち、王族がいなければ、王になれるものはいないが、その軍事力や、かつての王の血を引くのだから、民衆が素直に従うのも当然だ。


 そして、そいつらが。

 みんなを……。

 母を……。

 殺した。

 私から、すべてを奪った。


 ……生かしておくわけにはいかない。

 報いなければならない。

 殺せなければ、今度こそ、殺されるだろう。

 でも、今の私には朝日がいる。

 約束がある。

 絶対に、帰らなければならない。

 絶対に、巻き込むわけにはいかない。


 そうだ。

 奴らを殺し尽くさなければならない。

 おそらく、ヤサコミラ・ガリルトの切り札に巻き込まれたのだろう。

 そいつらに魔法を使わせなくさせるやつがいたら、もうどうしようもない。

 だからといって、見逃すわけにはいかない。

 失ったものは返ってこないのだ。

 だが、これからはどうにでもできる。


 だったら、少しでもあがくべきだ。

 幸せをつかむために、あがくべきだ。

 そして、母の、みんなの仇をとってやる。


 待っていろ。


 私が殺してやる。


 一人残らず。


 私が苦しんだ以上に、お前らを苦しめてやる。


 これは戦争だ。


 慈悲などいらない。


 甘い自分など、捨てろ。


 敵を思いやっていた、自分を捨てろ。


 そうじゃないと、殺される。


 幸せになりたいんだ。


 だったら、それを奪うようなやつは、全員殺してやる。


 そうしないと、幸せになれない。


 そう思った。


「インフェルノ」


 魔力を奪うのをやめてから、拘束したまま、赤魔法を、利用済みの男に使う。

 地獄の苦しみを味わうがよい。

 男は炎に包まれると同時に、目を覚ます。


「熱い! 熱い!」


 悲鳴が響く。

 あたりに音が響かないよう、白魔法で結界の外に音が漏れないようにする。


 炎を払おうと懸命にもがき、助けを懇願するその様は、とても哀れ。

 普通の人ならば、心を掻き毟られるだろう。

 ただ、お前は、お前らは、私から全てを、母を奪ったのだ。

 これは裁きだ。

 重罪を犯したものを処刑するのだ。

 このような奴らなどいらない。


 そう、思うしかなかった。




 どれくらいたったか。

 いつの間にか、男の悲鳴はやんでいた。火が燻る音だけ。

 男は死んだようだ。


 当たり前だ。

 もう、骨しか残っていない。

 こいつは、敵なのだ。

 ただ、どこかで胸が痛むのは、気のせいだろうか。

 おそらく、気のせいではないだろう。


 でも、それは甘えだ。

 リベルにも言われたことだ。

 その甘さを捨てろ。

 これから、いっぱい殺さなくてはならないのだ。

 一人殺しただけで、動揺してどうする。


 そうだ。

 幸せになるんだ。

 情けは無用なんだ。

 そう自分に言い聞かせる。


 そうだ。

 前にも、いっぱい殺したじゃないか。

 ……結局、私は、血みどろなんだ。

 人殺しなんだ。


 だったらせめて。

 殺した人の分まで、幸せにならなくちゃいけないんだ。


 男の亡骸を見下ろす。

 もうそこには骨だけ。

 誰だったのかもわからない。

 最後まで苦しんだ。

 罪悪感に苛まれそうだが、もう、どうしようもない。


 戦争とは、反乱といった内戦とは、そういうものだ。

 お互い、苦しみながら、殺しあう。

 意味のないことのはずなのに。

 幸せになるには、殺すしかない状況になってしまった。

 もう、仕方ないことなのだ。

 だからこそ、幸せにならなくてはいけないんだ。

 そう、思うしかない。

 亡骸を白魔法で作った空間にしまい、敵の本拠地に向かった。

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