第十一話 仮面の騎兵
それから、田管は普軍が行っていた様式をそのまま導入して、兵の訓練を行った。張石軍の兵は、士気自体は高いものがあるが、やはり練度の面では田管がかつて率いていた士卒と比べると見劣りする者がある。
軍の中には地方の武官であった者や、放牧を生業としていて馬に乗り慣れている者たちもそれなりに存在していた。そういった者たちに馬を与え、彼らを中心として騎馬部隊を編成し、徹底して騎兵戦術を叩き込んだ。成梁郊外の練兵場からは、いつも田管の大声がこだましており、指導の様子を直接見ずとも、彼が熱を入れて兵を鍛えている様が浮かぶようである。
厳しさの余り、当初は、
「あいつ、実は普の回し者で、俺たちを殺して兵力を削ぐつもりなんじゃないだろうな」
などという愚痴をこぼす者もいた。田管がまだ若く、加えて中性的な容貌であったのも、彼が侮られがちな要因であったかも知れない。けれども、ただ厳しいというだけでなく温情を持って部下に接する田管に、彼らは次第に心を開いていき、そういった話も立ちどころに消えていった。田管は贅沢をせず、いつも部下と同じものを食べ、また、部下の全員に食事が行き渡るまで決して自らの分に口をつけなかった。武具の手入れも人任せにせず自分で行い、範を示した。また彼の指導は厳格であったが、同時に懇切丁寧であり、部下への指示も具体的であった。そして田管の望み通りに事を成した部下には、惜しみなく賛辞を送ったのである。これらは普将であった頃からの心がけであったが、張石軍において大いに効果があったのである。
冬が明けると、王敖軍は東への進撃を再開した。王敖軍三十五万を、呉子明軍四十五万と、魯王宋商の部下
梁の北方の
「数では我らが勝っている! この地を死守するのだ!」
王敖軍のこの支隊は、歩騎合わせて二万程に見える。それを迎撃する呉子明軍の支隊は、三万である。数の上では、相手を呑んでいるという状況であった。
太鼓の音を合図に、呉子明軍から弩兵が繰り出され、王敖軍向けて斉射が加えられる。両軍は矢弾を浴びせ合うと、戟兵をぶつけ合わせた。数の差で、呉子明軍はすぐさま王敖軍を押し込み始め、じわじわと後退させてゆく。
その時、呉子明軍の正面左方から、黄塵を蹴立てながら物凄い勢いで突進してくる一隊が見えた。明らかに、敵の騎兵部隊である。
「前方左、騎兵来ます!」
「こちらも騎兵を出せ!」
この支隊の指揮官である
呉子明軍の騎兵が、猛進してくる王敖軍の騎兵とぶつかった。両軍の騎兵は矢を番え、馬を走らせながら騎射の応酬を始めた。兵が一人、また一人と馬上から転げ落ち、そのまま動かなくなる。
その騎馬戦の中で、ただ一人、全く異質な動きをする者がいた。
「何だあいつ……」
それは、王敖軍の騎兵であった。見た所、背丈はそれ程高くない。まだ子どもなのではないかと思わせる。だが、その馬さばきは熟練のそれであり、まるで流れる水のように滑らかに動いては矢弾を
もう一つ、異様であったのは、その少年と思しき騎兵の出で立ちである。三つ編みにされた銀色の髪が
そうして、呉子明軍側の騎兵隊は、瞬く間に全滅させられた。悲惨なまでに一方的な展開であった。王敖軍の騎兵は地に伏している兵から矢を失敬すると、馬首を丁角の本隊へ向けた。
この支隊は、程なくして壊滅させられた。騎兵の突撃によって大将の丁角が戦死させられ、残った兵たちは武器を捨てて我先にと逃げ出し、戦線は完全に崩壊を来したのである。当初は数を恃みに圧し潰さんとしていた側が、終わってみれば完膚なきまでに叩きのめされたのであった。
呉子明は自軍が大軍であるのに任せて、特に策もなくひたすら兵をぶつけて力押ししようとした。王敖軍は北方での戦いに揉まれた精強な兵が多く、初戦では優位に立ったが、次第に呉子明軍の人海戦術に押されて主導権を手放し始めた。連携を考えていた公孫業軍が、張石軍によって釘付けされてしまっているのも、この状況が出来上がるのに関係している。
その中で、銀髪を揺らしながら弓を射る仮面の騎兵の噂が、呉子明軍の兵の間で流れ出した。その噂は、まるで
一方の張石軍はといえば、その戦況は芳しいものではなかった。公孫業軍に押されて、少しずつ後退していたのである。勝ちに乗じた公孫業軍は、そのまま張石の背を追うように南下し、
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