第十話 藍中平原の戦い

 張石は、呉子明に対する不満を堪えつつ、普軍との戦いを進めた。結局、公孫業軍と王敖軍という二つの主力部隊を無力化しない限り、梁国の復興はならないのである。

 張石軍は兵を北西へ兵を進め、途中の城を降伏させながら、王敖・公孫業両軍の糧道を断つ形でその後方へ回り込みをかけた。これに対して公孫業が黙って見ているはずもない。公孫業軍は一旦合流した王敖軍から離れ、十五万で迎撃する構えを取った。

 張石軍十五万、公孫業軍十五万が、藍中平原らんちゅうへいげんという場所で衝突した。広大な平地が広がっているこの場所は、騎兵の運用に向き、左右に翼を張って戦うのに向いている。

 雲一つない、清々しい晴れ空の下、大軍同士が平原で衝突を始めた。付近には、兵を伏せるのに相応しい地形はない。正面きっての戦いである。

「普の犬共を殺し尽くせ!」

「賊軍にこの地を抜かせるな!」

 互いに矢弾を降らせ合った後、戟兵による白兵戦が始まる。この頃になると公孫業軍は、実戦経験を積んで強くなり、粘り強く戦えるようになっていた。公孫業という男は中々のやり手のようで、軍を完全に掌握しきっている。だが、対する張石軍も、その将帥たる張石の人望故に、一歩も引かなかった。兵数も互角であった故に、どちらも戦いの主導権を握れぬまま、じりじりと消耗戦にもつれ込んでいったのである。多数の兵士が、矛先をぶつけ合ってかねの音を鳴らし、肉を斬られ、骨を断たれて地面に伏せる。

 この時、田管は左軍の騎兵部隊に編入されていた。彼の率いる兵は、前回と変わらず四千である。

「かかれ!」」

 美貌の将は、馬上で吠えながら碧眼で敵の姿を捉える。敵の騎馬が突っ込んでくるが、田管隊の騎兵も、これに臆することなく向かっていく。そうして、矢弾の応酬が始まった。

 公孫業軍の騎兵は、全軍の兵数に比して数も少なく、練度もそれ程ではない。機動戦力の不十分だけが、この軍の弱点である。勿論、農民兵が主体の張石軍も、騎馬が充実しているわけではない。両軍共にあくまで主力は歩兵である。だからこそ、田管と彼が鍛えた騎馬隊が、一層際立って戦場で光る。

 疾駆する馬上で跳ねながら、矢をつがえて放つ。田管の狙いは至極正確で、彼に狙われた者は皆、矢が当たるや否や後ろ向きに落馬し、そのまま戦場に血を吸わせていった。

 流石に矢の消耗が激しいのか、田管隊は敵騎兵を殲滅する度に、戦場から矢を拾えるだけ拾い集めた。そうして補給を終えると、馬の太腹を蹴って次の敵へと食らいつく。両軍共に決定打を欠く中、かぶとから銀髪を垂らした碧眼の騎馬隊長は、公孫業軍の兵士の間で恐怖を以て語られるようになったのである。一度ひとたび戦場を疾駆すれば、その姿を認めた敵兵はまるで悪鬼と出会ったかのように恐れた。中には恐怖よりも憎しみを滾らせて攻撃を仕掛ける兵もいたが、それらは例外なく矢に貫かれて野草の上に突っ伏した。

 熾烈な戦闘は、秋の間中何度も行われた。そして、季節は廻り、中原の大地は冬の装いを始めた。この頃になると、張石、公孫業両軍共に兵を退き、束の間の平和がもたらされたのである。

 援軍十万がやってきたことと、張石軍の働きによって公孫業軍を引き剥がすのに成功したことによって、呉子明軍は何とか王敖軍を押しとどめることができた。呉子明軍と王敖軍も、冬を迎えたことで沈黙した。両軍は中原の北の方に展開しているため、降り積もった雪に足止めされて、軍を動かそうにもそうはいかないのである。

 

 冬の間、田管と張舜は、しばしば張石の屋敷で会っていた。張舜は獅子奮迅の活躍を見せたこの騎馬隊長を気に入っているのか、度々呼び出しては話をするようになっていたのである。

 張舜は、公孫業軍との戦いにおいても、父に付き従い、自ら戦場に赴いて観察し、策を献じていた。けれども、どうにも決め手になる策がなく、この少年軍師は歯痒い思いをしていた。

 往時の梁国は、国土に平原が多く、また北方を騎馬民の勢力圏と接しており、彼らとの戦いで騎兵戦術を身に付けていたが故に平地での騎兵戦に滅法強かったのだという。しかし、今の張石軍はそういった強みを持っていない。敵の公孫業軍も同様に歩兵が主体で強力な騎馬部隊を持たないが、北辺の地で騎馬民を討伐していた王敖軍との戦いとなれば、敵は質も数も十分な騎兵を繰り出してくるであろう。今、張石軍において頼りになる騎兵部隊は、ただ田管率いる四千をおいて他にない。

「これは僕からの依頼だ。いや、すでに父上からも命じられているかも知れないけど、騎馬部隊をもっと鍛えてほしいんだ。そしてゆくゆくは、万の軍を率いてもらいたい」

「私が、ですか」

「そうだよ」

 田管は、呉子明と戦っていた際に一時的に四万という数の軍の総帥となっていたことがある。本来であればその経験を買って、もっと多くの兵を率いさせてもいいのだが、普の将であったという経歴故に、いきなり万の将として遇しても、普への恨みで戦っている兵たちを掌握するのは難しいだろうと張石は踏んだのだ。故に、まずはより少ない兵を与えて結果を出させ、信頼を勝ち取らせてから、重役に据えようと意図していたのである。

「本来なら、他の将よりも君の方が万軍の将帥としては適任なんだ。僕らの軍は今の所、良くも悪くも父上の統率力で成り立っている所がある。だから、父上以外にも一軍を操れる将が欲しいところなんだよね」

「お任せくだされば、私はそのように致します」

「頼もしい限りだ」

 張舜は笑貌しょうぼうを浮かべた。それを見た田管は、やはり、年幼い美少年の笑顔は可愛らしい、と、しみじみ感じ入っていた。

 

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