第64話 凛の過去

僕は、決して裕福とは言えない家庭で育った。

それでも毎日が充実していたと思う。

5歳の時に全てが変わった。

父親の会社が倒産したのだ。


「おとーさん、遊ぼうよ」

「うるせぇよ!」


優しかった父親の性格は一変し、大きい声を出すようになって、暴力も振るいだした。

その日を境に、母親は出て行ってしまった。

暴力に耐えきれなくなったのだ。


「·····」


それから僕は、父親と2人で暮らすようになった。

毎日、酒と女に暮れていた父を横目にして育った。

小学校に上がった頃、父は僕にも手を出すようになった。


「全部、全部お前のせいだ!」

「·····」


どう足掻いても父には勝てない。

ただ黙って受け入れるだけだった。


「よろしくね、凛ちゃん」


こんな僕に初めての友達が出来た。

温かい、こんな気持ちになったのは母が出ていって以来だ。


「クソ女が·····、ふざけやがって!」


父は悪い女に騙され、貯金も全て失った。

天罰が下ったのだと思った、

同時に、男に罰を与える為には、悪女になりきる事が大事だと知った。


「·····」


父は出て行った。

まだ小学生5年生の僕だけを残して。

僕は、施設に引き取られる事となった。


「大丈夫? 凛ちゃん」

「うん、平気だよ」


今の僕に残っているのは、男に対する憎悪だけだった。

中学校に上がった頃、僕は偽ることにした。


「僕は君の事が好きなんだ」


好きだと言えば、男は無警戒になる。

騙された後の顔を見ると、自分が満たされているのがわかった。


「凛ちゃん、人を騙すなんてやめなよ」


当然、花は僕の事を止めようとする。

でも僕は止めなかった。


「だって騙される方が悪いんだよ、全部、全部男のせいだよ」


中学3年まで上がると、僕は悪魔だと言われるようになった。

僕に騙された男は、みんな女が怖くなるらしい。


「·····見てあの子だよ、悪魔って」

「見た目は普通なのにね」


僕に集まる視線が、気持ち良かった。

空っぽの心に詰まっていくみたいだ。


「古川凛です、よろしく」


高校は中学校とは、遠くの場所にした。

そうじゃないと、噂が広まり過ぎて警戒されてしまうから。

幸いにも見た目が良かったからか、男子はみんな僕を見た。


「凛ちゃん、同じクラスになれたね」


何故か花は高校まで着いてきた。

唯一の友達だった。


「あれは·····」


窓から外を見ていると、顔を真っ赤にして走る男子が居た。

きっと純情ボーイだろうと。


「1組の御影って奴がさぁ·····」

「ほんと馬鹿だよな」

「·····」


風の噂を耳にした。

あの日に見た男子が、女子に謝りに行って居たらしいと。

次に騙してやるならこいつだと思った。

なかなかチャンスは巡ってこず、文化祭まで流れた。


「ちょちょちょ」


きっかけが掴めずに、強引に連れ出した。

意外とすんなりと着いてきたので、本当に馬鹿だった。


「──僕は君の事が大好きなんだ」


すぐに御影は、顔を真っ赤にした。

その様子で慣れていないとすぐに分かった。

適当に理由を言っておけば、簡単に落ちると思っていたが違った。


「お前を本当に惚れさせてやるよ」


何を聞いたかは知らないが、驚いた。

全てを知った上で、こんなことを言う人は初めてだった。

今思えば、この時点で負けていたのかも知れない。


「俺が全部、ぶっ壊してやるよ」


この言葉を聞いた時は、心底この男を馬鹿だと思った。

今までは壊す側だった。

僕にそんな言葉をかけるなんて。


「父親か何だか知らないが、お前の枷は俺が外してやるよ」


優しい言葉だった。

僕が一番、欲しい言葉をかけられて思わず涙が零れた。






















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