第17話 小学六年生 告られた 下

 



 

 全力疾走して帰宅した。

 

 帰宅してご飯を食べていたら、母に「いつもよりも更に百面相してるわね」と言われた。


 あっという間に一日経った。


 昨日金曜日でよかったぁぁぁ! 土曜日ばんざーい!と布団の上で偶に芋虫状態になってうおおおと悶えていたら、我が部屋のドアが開く音に気付かなかった。

 

「……、病気って聞いたけど頭の方だったか」

「違うわい!!! って、あれ? 何で大神がいんのさ」


 酷い言い様に思わず布団をひっぺがしてツッコんでいたら、ドアの入り口に久しぶりに見る大神が立っていた。何故こやつが?と不思議に思うも、発言を思い返す。 ん? 病気?


「お前の母さんに元気ないし病気なったって言われて」

「あー、まぁ的外れ過ぎるわけでもないような的外れなような」

「何だそれ」


 大神は呆れ顔だ。

 う、うぐ、我がお母上はなかなかのご慧眼の持ち主と言えよう。まさか相談もしていないのに元気ないというか悩みまくってるのも、病気というか絶賛恋の病の対象にされたのも見抜くとは――


 空恐ろしいものを感じて震えていると、大神が「入るぞ」と部屋に入っていた。

 む、眉間に皺寄せてる。


「入ってもいいけど臭いとか言わないでよ」

「言わねーよ」

「眉間に皺寄ってんじゃん。分かりやすいっての」

「これは…、別に」

「ふーん」


 それは言外に臭いのを濁してるじゃないかと、最近お得意の「別に」作戦に今度はこちらが呆れていると、視線を横へと逸らしていた大神が私の額に手を当てて来た。


 体温、こいつ少し高いんだなと初めて知る。なんだ、手を引いた去年も一昨年も熱があったり体調が悪いから体温が高いのかと思ってたけど、平均体温が高いのか。


 前髪を少し上げられてむすっとした顔で熱を測られるので、大人しくしとく。

 

「熱もねーな」

「大神の方が体温高いくらいだね」

「これが普通だな。まぁ両親共そうだし俺もじゃねーか? その方が身体能力高くなるみてぇだし」

「ふーん。勉強の成果出てんじゃん」


 興味なさそうに呟く様子に、成長を感じてついにやりと笑って褒めてしまう。


 我が母が家族雑談の時に言ってた情報に寄ると、最近大神は両親から薬学関係について色々聞いたり手ほどきを受けてるらしい。そりゃオメガ抑制剤の第一人者二人からの手ほどきである。せめて小学生の間の今年ぐらいは大神の前でどや顔したかったのだが、それも夢破れるかもしれないなぁと、悔しいような嬉しいような複雑な気持ちだ。


 なのに、褒めてやった筈の当の大神は悔しそうな感じで眉間にまた皺を寄せて額から手を離してしまった。

 

「まだ全然だ」

「目標高いんだねぇ。東大とか目指してんの?」

「そんなんじゃねぇ」

「ふーん」


 よく分からないが、本人はまだ全然ダメと思っているらしい。どんな高い目標設定してるんだか。というか大神のこのスペックと最近の努力で全然ダメとか空恐ろしいし、世の鼻たれ小僧共を見てもう少し遊んでもいいんだぞ?と思わなくもない。まぁ今もやさぐれクソ生意気小学生とも言えるっちゃあ言えるが。

 

「大神なら出来るよ」


 それは気休めと言われてしまえばそうかもしれないけれど、大神なら出来そうだと変にというか、妙に信頼感があるから嘘の気持ちもなくすんなり出た言葉である。


 ベッドに腰掛けながら大神の目を見て軽く言えば、大神は眉間の皺を解いて私の中に嘘がないかじっと観察した後、またふいっと顔を逸らしてふんとだけ鼻を鳴らした。

 むぅ、生意気小僧め


「で、何悩んでんだよ」

「べーつにー」

「あ?」


 ぐてーとベッドに背中から倒れ込んで大神の別に作戦を真似っ子すれば、いつもの重低音威嚇音。だからそのヤクザみたいなの止めろと言っとるだろうに。むしろまだ声変わり前の癖に何故そんな威圧感出せるのじゃ。


 ごろりと今度は横に転がっていると、段々大神の怒りオーラというか、無言の威圧が増してくる恐ろしさである。

 うええ、少しは私の前でも翔馬達の前みたいな猫かぶりしろよー


 五分くらい「言え」「何でもない」「早くしろ」「何のことー?」と押し問答していると、大神がガチ切れする直前の唸り声を出した。流石に生存本能がギブを申し立てたゆえ、渋々と諦めて白旗を振る。大人しくベッドに座り直して溜め息を吐く。


 はぁ、小六の可愛げが欲しい。


「もう一度聞くぞ。悩みを言え」

「それ聞いてるんじゃなくて命令形じゃん…。あー、分かった分かったって」

「で?」

「えーっと、その、ですね」


 途端、自分でも頬が段々熱を持つのが分かった。今測られたら即病院に違いない。

 うう、小学生に相談するというのも、それが大神みたいなモテ野郎にというのも、更にそのうえ相談内容が人生で初告白されたという恋愛相談なのも全て居た堪れない。

 うおおお、誰か今時を止めてくれぇぇぇという内心じたばた状態である。


 するとあまりにもごもごとし過ぎたからだろうか、見上げた大神は益々眉間に皺を寄せ、なんかさっきよりも唸り声が低くなっていた。

 うひぃ、分かったって! 今から言うから噛み殺さないでおくれよ!


「えーっと、ですね、こ」

「こ?」

「告白されまして、それでちょっと恥ずかしかったと言いますか」

「誰にだ」

 

 瞬間、被さる様に言われた。


 うひぃ、大神にとってはしょうもない相談内容なのは分かってるから、そんなすぐ終わらせようとしないでおくれよ! お母上様! いくらモテるとはいえ大神を相談相手にチョイスしたのはやっぱ人選ミスじゃないですかねぇぇ!


「個人情報ナノデオ応エデキマセン」

「チッ。健太か、同じクラスの奴か」

「何で健太が毎度出るのさぁ。ないないない」


 何故ぼんたくんも大神も勘違いするのか。高速首振りと手振りに加えて呆れ顔も追加すると、大神も何故か呆れ視線を返したので少し威圧感が収まった。


 うーむ、同じクラスまでは当てられてたので誤魔化せて何よりである。健太よ、あの時邪魔したのは邪魔だったが今はナイスファインプレー!

 褒めて遣わすと内心思っていると、大神は逃がさねぇぞと言わんばかりに仁王立ちで腕を組んだ。


「ふん、じゃあ誰だ」

「言いませーん。それに聞いても仕方ないでしょ」

「チッ。じゃあどう返事すんだよ」

「まぁもう決めてるよ」

「へぇ? その割には迷ってる様に見受けられたがなぁ」

「大神、何で怒ってるのさ。別に無理して相談乗らなくてもいいって。私も相談する気は無かったし」


 大神が何か怒ってそうだったので、勉強の邪魔する気はないし心配して来てくれただけでも感謝しているから帰っても大丈夫と伝えると、何かまた舌打ちされた。焔色の目が睨んでくる。

 だから何でだよ!!


 誰々追及は止んだと思ったら、これである。やさぐれ野郎の気持ちが全然分からん。お母上の頼みだから、猫かぶりの都合上もう少し居ないとダメとかそういうことであろうか。


 はぁと思わずため息が出そうなのを堪える。ベッドの上に胡坐をかいて私もやさぐれりこちゃんモードに大変身だ。昨日から悶えててこちとら寝不足なんじゃーい。


「じゃあ決まってるなら何で悩んでたんだよ」

「大神賢鋭いなぁ。うぐ、まぁそりゃ生まれて初めてだし、やっぱ思うこともあるんだって」


 そう、ぼんたくんには悪いが断る予定である。 


 そりゃだって精神年齢四十路がいたいけなぼんたくんを騙くらかすなんてそりゃなんてオマワリサーン!な案件だし、有難いけど諸々の事情で私には勿体ないし。


 返事は決まってはいる。決まってはいるのだが、だからと言ってこう、言い方どうしようとか生意気にも考えてる自分が恥ずかしいし居た堪れないし、それにやっぱり何といっても前世含めて初めての告白なのである。浮かれるなと怒られてもやっぱこう……ね!!?


「付き合うつもりか」


 また悶えるモードに戻って胡坐の上でふぐぐとなっていると、大神が上から見下ろしながら不機嫌そうに問い掛けた。

 その問にこてりと首を傾げて苦笑を返す。


「そんなこと出来る訳ないよ」


 大神が片眉を上げたのを見て、この賢い相手を前に間違えたなぁと内心思う。うう、だから嫌なんだよ。動揺の隙を突くんじゃありません


「言い方が変だな。何か事情でもあるのか」

「別にー。断る気ってこと。私には勿体ないしね」

「ふん、確かにお前みたいなのに付き合ってたら身が持たないだろうよ」

「何だとこの野郎」


 酷い言い分である。そっくりそのまま返してやんよ!!と戦闘モードに更に変更しようかとりこちゃんロボットが検討していると、大神は腕を組んだままそっぽを向いてぼそっと呟いた。聞こえなかったのでもう一回を強請ると、渋々上から見下ろして告げる。


「お前の好きにしたらいいんじゃないか」

「大神、面倒になったんでしょ」

「違ぇよ」


 ふんと鼻を鳴らして、またむすっと顔を顰める。


「お前は俺よりも馬鹿だけど利口だし、俺よりも大人だろ。だから、お前が決めて行動したなら理由があるんだろうし、大丈夫だ」


 まるでライバルを褒めるのが悔しいと言わんばかりにそう言われてしまえば、俺よりも大人だという本質を見抜いた言葉にどきりとした心臓さえ、思わず胸が詰まった様に震えて俯いてしまった。


 その信頼は、偶々窮地を何度か救ったのは、本当はズルなんだよ。悪ガキが近所の不良に憧れるみたいに、嘘だらけでズルばかりな安っぽい奴に騙されてるだけなんだよ。本当はさ、同じ様な人間は大人になって周りを見てみたら探せば何処にでも居るし、そもそもが張りぼてなんだよ。


 弱音を吐いて愚痴って懺悔したくなった自分を、唇を噛んで耐える。


 弱い自分だけどまだ強がってたいし、それに、その言葉に喜びが湧いたのも嘘ではないのだから。


「買い被り過ぎて失敗しても知らないよ。悲惨なことになったらどうすんのさ」

「その時は―――」


 不貞腐れた様に大神へと呟けば、大神は少し考える風に言葉を区切った後、また悪の幹部みたいににやりと悪どい笑みを浮かべた。


「本物の大人に任せようぜ? お前だけのせいじゃねぇし、ヤバかったら今度は俺が助けてやる」

「ふ、あっはっは! はいはい、そうだね」

「何だよ、お前がよく使えるもんは使えだの、大人を頼れだの言ってるじゃねーか」


 大神的にはベストな回答だったのに、笑われて不本意なのだろう。今度は明らかにむっつりと不貞腐れている。

 目元に滲んだ涙を拭いながら、大神にバレぬよう苦笑した。


 本物の大人を頼り過ぎることは、ズルしている自分が許せないだろう。まぁ大神お持ち帰り事件の時には、身体年齢に引っ張られた勢い然り、諸々の勢い然りと成り行きで結局頼っちゃったんだけど。大人になると付随する責任は、子供だからと免除されていいものかと、それはズルにも適用されるのかと、前世山田 莉子の潔癖過ぎる程の生真面目さは訴える。脆くて弱くて愚かな癖に訴える。

 

 狼って義理堅い性質だったっけかと図鑑を思い出した。流石は犬の祖先。ここ掘れわんわんのわんちゃんもそうだったのかもしれない。

 とか邪推してたら野生動物ばりの勘を持つ大神に胡乱げに睨まれたので降参とばかりにひらひら両手を振る。


「お前また変なこと考えたな」

「気のせい気のせい。もう利口で大人~なりこちゃんがそんなこと思う訳ないでしょ~。大神くんはおこちゃまですねぇ」

「あ?」


 ひゃあ、冗談だってば!と威嚇音を出す大神から慌てて距離を取る。 

 ええい冗談の通じない奴め。モテないぞぅ…はアレだが、まぁ手を出してこないのは褒めて遣わす~。

 

 のんびりと大神を揶揄ったりしながら何気ない風に「大神のことは信頼してるよ」と呟けば、大神は虚を突かれた風にこちらを見た。そして疑り深く無表情に、でも真っ直ぐに私の中を覗き込むようにじっと観察した後は、ふんと鼻を鳴らして「当たり前だろ」と傲岸不遜に生意気に言い放つのだった。







「ぼんたくんちょっといい…?」

「う、うん…!」


 授業の合間にこっそりとお願いして放課後、時間を貰った。

 

 私の答えを予想していたのだろうか、感謝と謝罪と共にお断りを伝えれば、震えた声になりながらもぼんたくんは友達で居て欲しいと言ってくれた。 

 最後まで泣かなかったぼんたくんよりも、多分、私の方が泣きそうになってたと思う。

 ぼんたくんさえ良ければ勿論だと頷いて、私から去るのもダメかと思ってお互い無言で地面を見ていたら、ぼんたくんが少し落ち着いた声を出した。


「と、利根田さんは好きな人、いない…んだよ、ね?」


 その小動物みたいな目を見て、迷った。居ると嘘を吐く方が諦めもついていいのかと。

 でも、結局それこそ不誠実かとふるふると首を振った。

 だから、当たらずとも遠からずな答えを返す。


「いないよ。でも私年上が好きだからさ、ゴリ男は言い過ぎだけど、二十歳は超えてて欲しい…とか?」

「そっかぁ。利根田さん大人びてるもんね」

「そ、そうかな?」


 うんと頷いて柔らかい笑みになるぼんたくんに、色々な意味で居た堪れなくてもぞもぞと指先を絡ます。


 じゃあねとお互いに別れた時、後ろで鼻を啜る音が聞こえたけど、私じゃ駄目だから気付かないフリしてそのまま去った。


 



 家に帰ろうとしたら、珍しく大神が帰り路でポケットに手を突っ込んで電柱に背中を預けてた。


「泣いてんじゃねーよ」

「泣いてないよ」

「泣いてんじゃねーか」

「泣いてないって」


 いつかのやり取りで憎まれ口を叩いてくる生意気小僧に、舌を出してやりながら夕焼けの小路を並んで帰った。












 


後書き

 次話『御礼話 先入観に負けた利根田 理子』予定です~☆お楽しみに☆



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