第16話 小学六年生 告られた 上 

 

 

 


 

 やぁ諸君おはよう、私だ、利根田とねだ 理子りこだ。小学六年生、11歳になったぞ。早いものである…というのを最近よく言っている気がする。歳であろうか。歳は取りたくないものであるな。折角なら何か資格でも取りたいものである。

  

 あの推定オメガ初ヒート女子高生は、なんと女子中学生だった。中三の思春期真っ只中、塾帰りだったらしい。

 今どきの子は大人びているなぁ。りこちゃんびっくりである。うむ、まぁ、大ごとにならなくて本当良かったことである。予想通り初ヒートだったそうな。初心者注射も跡も残らず、大神両親にも身体に影響はないだろうとの大丈夫の太鼓判を貰ったのでその点は安堵したと言えよう。


 起きてすぐはやはり疲労やら混乱やら焦燥やらと大変だったが、元はアルファと自他共に思わせる程頭がとてもいいのであろう。というか地元の名門お嬢様中学だったしな…。


 後日、さっぱりした顔で手土産と共に謝罪に現れた時には、憂いの晴れた内側から輝くような魅力が増していて益々一皮むけた美しさであった。


 こう、前回がホラー映画の病院とかが似合う市松人形であれば、今回は真夏の青空とひまわり畑をバックに、白いワンピースでこちらへと振り向く黒髪ロング美少女といったところか。伝われこの爽やか感!!


 どうやら、進路希望も少し変えたそうである。本人が納得してのことであるなら、それが一番であろうと老婆心ながらに思う見掛け小学六年生である。見掛けは子ども、頭脳は大人! その名も利根田 理子ちゃ……はいすんません調子乗りました黙ります。


 大神も興味無さそうなぶっきらぼうな対応ではあったが、あいつどうせむっつり野郎だろうから内心照れてたに違いない。歳の差四歳か…。こいつのスペックならワンチャン彼氏の座いけるよな…。おお、いいぞ、オメガとアルファのカップル…! しかも出会い方はまるで物語のイベントの様…! あんだけ優秀なオメガなら、大神が匂いに参っていただけで運命の番なんじゃね? むしろだからこそ吐く程匂い強烈だったとか…!


 うっひょう! まぁ大神も優秀なアルファ(確信)だからかもしれないが、運命の番と捉える方が萌え…げふんげふんッ。

 まぁ運命の番とやらの感覚が分からないから何とも言えないが、お似合いカップルなのでその際は是非とも呼んで欲しい。何処へかって? そりゃ勿論観覧席である。


 ああ、我がオメガサプリ二組目か…。いいぞ、絶賛ハッピーライフだぞ…。ちゃんと援護射撃もするから大神よ是非とも私に癒しを…!!


「利根田さん?」

「おおっと、ごめん。えーっと、それ答え合ってると思うよ」

「ありがとう!」


 うむうむ、我が去年からの教え子ぼんたくんも無事成長しているようで何よりである。ただいま放課後に呼び止められたので、ぼんたくんの宿題を一緒にやり中だ。


 ちなみにぼんたとは某コンビニのポイントカードのキャラに似ている様なぽっちゃり具合と、色黒寄りだからついた愛されキャラのあだ名である。うむ、言い得て妙であるな。小学生のネーミングセンスは本当的を射るというか馬鹿にならぬ気がするぞ。恐ろしいものである。


 健太の方は…と見ると、あいつ机の上で爆睡してやがった。

 おい健太!! 

 

 思わずその頭を下敷きで叩いて起こしてやろうかと思うも、今日は金曜日で平日の放課後練習の疲れもピークだろうと思いとどまる。三年生の時の最強メンタル女教師さんに「最近健太くんの成績が下がりがちなのよねぇ~」とぼそっと目の前で堂々と個人情報漏洩されたから、無理やりぼんたくんの勉強ついでに引っ張ってきたので強く言えないのである。


 今日は五限目で早く終わってるので、まぁ三十分くらい寝かしてやるかと健太の涎被害を受けそうなノートちゃんをテーブルクロス引きの要領でシュッと引く。遠慮などせずシュッと引くのが起こさずノートを救出できる成功のコツである。あ、何か熱そうな摩擦音した。ま、まぁ健太だから頑丈だし大丈夫だろう。


 若干心配していると、ぼんたくんがこちらを見ていた。

 なぬ、ばれたか…?

 放課後の教室には爆睡中の健太と私と、頑張ってくれてるぼんたくんしかいないが、窓の外からはこれからが本番だぜ!と言わんばかりに運動部の声が響いている。青い空と大きな入道雲がもくもくと漂っていて夏真っ盛りだ。


「と、利根田さんって健太くんと仲良いよね」

「え? まぁ腐れ縁の幼馴染みたいなもんだし、先生に頼まれてるし」


 どうやらばれなかったらしいと安堵しつつ、大神もそういや全く同じこと聞いてたよなぁと去年をふと思い出した。


 うーむ、先生が預け箱扱いか何でも箱扱いかは知らないが、最強メンタル女教師さんが「今年はゴリ男さんからりこちゃんをうちのクラスにゲット出来たのよ~」とにんまり言っていたので、まぁ期待されてはいるのであろう。りこちゃんモッテモテーとでも棒読みで言うべきか。ええい、大人酷い! みんなちゃっかりしやがって!


 というか、仲良く見えるのだろうか?

 くぅ、健太に後で文句言ってやる。絶対一緒に断固抗議してくれる筈である。絶対私被害者なのにっ! とか言ってたらこいつどうせ俺の方が理子と遊んでやってるとか言い出しそうだが


「六年間まさか小学校ずっと一緒のクラスになるとは思わなかったよ」

「た、確かにそれは凄いね」

「でしょ?」


 うむ、どんな確率だよという話である。私がモテモテ過ぎたからなのかは先生の味噌汁である。うう、大人って汚いわんっ!

 というわけで、小学校六年生で一緒のクラスになったのは健太と聖也くんだけだった。大神とお花ちゃんとは別れてしまった感じである。お花ちゃーーんんんん。


 うう、私もお花ちゃんの挿してくれた一輪挿しを毎日眺めたかった。癒されきゃっきゃうふふ会話したかった…!! 聖也くんとこの悔しみを分かち合っていたら、案の定その翌日からいつも通りお花ちゃんの教室通いが始まった聖也くんである。


 裏切りものめぇぇぇ!! でもありがとうオメガサプリ癒されるけど聖也くーーんんんん


 その代わり、居ない隙に聖也くんの凄さを宣伝してまんまと学級委員長に仕立て上げ…げふんげふん。皆の意見を纏めてあげて無事学級委員長になって頂いた。やったね聖也くん! 六年連続記録は偉業として語り継がれるだろうよ…!


 ふっ、仕組まれたと言わんばかりに聖也くんにじと目で見られたが、私も聖也くんが居ない年は偶にやらされていたのである。お花ちゃん我慢する代わりに委員長業励みつつ、他の人ともちっとは交流頑張るがよい、ふわーっはっは!


 という訳で?今年の小学六年生ライフ、実はすんごく楽なのである。

  

 まず、大神がいない。この時点ですんごく楽である。いや、大神には悪いが。

 でも大神がいないお陰で「りこちゃん大神くんって何が好きか教えて?」だの、「利根田、大神もドッチ誘ってくれよ」だの「りこちゃん大神くんにこのお手紙渡して!」だの「利根田さん、僕この前大神くんと肩ぶつかっちゃったよどうしよう……。どうしよう怒ってるよね……っ」が無いのである。


 みよこのハッピーライフ!!! まず何故あいつ学校であんま喋んないし一匹狼なのにこんなモッテモテなのか。最近は結構マイルドになったとはいえ、机の上で勉強ばっかしてるのに、あんなやさぐれ俺に近付くなオーラ出してて何故ああも班決めの時モッテモテなのか。というか何故私は大神の世話役扱いで毎度強制的に大神と一緒の班にさせられるのか。何故畏れられてる大神のフォローを私がせねばならぬのか。 私はお前への伝書鳩代わりか! 飼い主扱いか! ええい!

 

 な? 大分楽さを感じるであろう? これでも大分長すぎるから割愛した方なんだぜ…?

 まぁあの野良ヒート遭遇事件の時から、大神も憂さ晴らしも兼ねてかより勉強に身が入るようになったようで、小学五年生の終わり時には中学二年生の勉強始めたと言ってたからな…


 うひい、ペースが速すぎるッ


 そして小学六年生になってからは十日に一回帰り路で偶に雑談するくらいの頻度に逆戻りし、何と我が家にもめっきり遊びに来なくなってしまった。大丈夫かなーと偶に会った時に聞いたりするも、本人つっけんどんに「別に」としか言わないので、お肉作戦も通じず諦めてマセた少年の早い反抗期を大人の眼差しで温かく見守っている次第である。

 

 うう、大神め、反抗期なのはいいが、うちの家族達にも愛想だけ振り撒いててくれよなぁ


 お陰様でお母上からの「りこ、大牙くんも偶には一緒に連れてきなさいね」という無言でない圧力だの「大神兄ちゃんみたいになりたい! 姉ちゃん今度はいつ遊べるの?」という、いつの間にかねーね呼びも無くなってすっかり不良少年に憧れる少年みたいになってしまった翔馬にきらきらした眼差しで催促され、お父上にうんぬぬぬーんとそりゃもう指令を下されるのである。


 うう、大神め、私よりも愛されてるんじゃないのか? 何故私が大神の反抗期の対応に追われねばならぬのか、やはりどいつもこいつも顔か…! 顔なのか…! それともクールさとかが受けるのか…! 私もクールりこちゃんになって真夏でも乗り切れば少しはモテるのか…!


 いや、無理かとお疲れ気味の頭脳につい額に手を当てる。


 はぁ、疲れてるぜりこちゃんも。まぁ、将来見据えてか我が道邁進中の大神はいないし、ゆっくりマーペースなお花ちゃんも上手いこと他クラスでお友達出来てて安心したし、聖也くんはお花ちゃんに付きっ切りというか、聖也くんに関してはお花ちゃんに関わること以外は優等生だし。

 後は健太はもうずっと一緒なので今更というか、いつも通りだしで我がある意味愉快なお友達もとい先生からすれば問題児筆頭組がバラけているので、りこちゃん本当に久々に今年は羽を伸ばして遊びライフを満喫中なのである。


 あ、健太の髪に埃着いてる

 えいっと摘まんで取ってあげてたら、ぼんたくんが鉛筆をくるりと回した。


「利根田さんは、健太くんのこと好きなの?」

「好き? そりゃ嫌いじゃないし、鬱陶しい時は多いけど悪い奴じゃないからまぁ…好きな方だよ? 友達だし」


 あ、ふぅっと飛ばした埃がまた健太の髪に着地してしまった。こいつ、ほぼ坊主なのに静電気溜まり過ぎであろう。もしやさっきのノート引き摩擦の影響だろうか?

 仕方なしにもっかい摘まんでやる。それにしても本当いびきかいて爆睡してるなぁ

 まぁ頑張ってるみたいだし。


 実はこやつ、最近レギュラーどころかピッチャーでちびっ子野球チームのエース貰ってるみたいなのである。青春野球漫画のワンタッチを見せてから、絶対ピッチャーなると息巻いていたので本当になっててびっくりした。単純思考の猪突猛進は、言い換えれば夢に向けて真っ直ぐということなのだろう。何だか眩しいくらいで精神年齢四十路…げふんげふん、自称二十歳としては応援の気持ちもやはり湧くものなのである。


 とはいえ相変わらず連続報告が鬱陶しいので、鼻っ柱が高くならないように適度に「今年のドラフト一位さんは毎日夢ノート書いてたんだって~。やっぱプロになる人って凄いよねぇ」だの「健太、根詰めすぎて肩壊すのが一番もったいないんだからね。体調自己管理能力もプロには必要なんだから。あんたなら出来る」と無駄に高い目標をちらつかせて天狗にさせないよう陰ながら奮闘している。

 

 まぁ健太は単純猪思考ゆえ「じゃあやる」の一言で素直に本当に一言日記も、土日の朝から晩まで練習も控えるのだから、こんな簡単過ぎていいのか悪いのか将来的にも少し不安になるが、やはり素直な子ほど伸びると思うので逆にいいのかもしれないと前向きに考えている。

 うーむ、私の野球知識なんて漫画の名言とかしかないから下手な助言してないか私の方が不安だぞ


 ようやっと取れたしぶとかった埃ちゃんへと満足気に微笑んでいると、ぼんたくんがガタっと突然椅子から立ち上がった。音にびっくりして慌ててぼんたくんの方を見る。

 ど、どうした? オメガ初ヒートか? 分からない所がとんでもなく強敵か?


「と、利根田さん! つ、付き合ってる人はいますかっ?」

「へ? え、い、いないよ?」

「健太くんとも? 大神さんとも?」

「何故同年代でさん呼び…。いや、ないないない、特にそのラインナップはないないない」


 合計六回ないと否定する程度にはないのでフルフルと全力で首を振る。むしろどっちかにでも聞かれたら絶対お前のせいだとか、お前なんかととかで争いを吹っ掛けられて修羅場が始まるに違いない。前世山田 莉子時代も入れると哀しき喪女記録更新中女舐めたいかんぜよ…!


 というか、まぁ、そもそもだってさ?


 首と一緒に手も高速フリフリしていたら、ぼんたくんも納得してくれたのか「そ、そうなんだ」とこっくり頷いた。


 しかしどこか安堵の息を吐くぼんたくんに私も内心でこっそり安堵していると、ぼんたくんは意を決した風に一歩私に近付いた。思わず息を呑む。


 ひくりと鳴る心臓と、アラームみたいな警鐘は、嫌な予感と言ってしまっては失礼かもしれない。


 思わず話を遮る様に違う話題を投げようと口を開いた瞬間、そのぷっくらした愛らしい頬を染めて真っ赤な顔で必死に目を見られてしまった。

 潤んだ目と目が合う。


「利根田さん、す、好きです。ぼ、僕と付き合ってください」


 ぺこりと頭を下げた後真っ直ぐに、臆病で気弱で優しい性格のぼんたくんが真正面から言ってくれたのである。

 グラウンドの外では変わらず運動部の声が響いているし、机の上では健太のいびきが響いている。

 ほんの一年ちょっとしか一緒には居れてないけど、ぼんたくんが悪い子じゃないことも知っている。

 

 こんなに真正面から真っ直ぐに告白されたことは初めてだった。だって前世山田 莉子は利根田 理子とは全て真逆の臆病で根暗でコミュ障でぼっちで…ああ、いや、今はよそう。

 

 慣れない状況に自分もぼんたくんにつられて頬が熱くなるのが分かった。

 気弱さからか、ぼんたくんは途中から目を瞑ってしまっているし、目の前に差し出された手はふるふると震えている。

 それでもその姿に男らしさと感謝と、自己嫌悪を感じて胸が詰まって泣きそうになった。


「ぼんたくんありがとう。私」


 意を決して震える口を開こうとした瞬間、ガタっと近場から音がする。

 まるで止まってた時間が再開するみたいに、慌ててその音の方を向けば「ん~っ」と強張った背筋を伸ばす様に腕を伸ばして背伸びする健太がそこに居た。

 眠そうに目を擦っている。


 健太ぁぁ! だからあんたは何で毎度タイミング!!


 流石に起きてる健太の前で答えを返せる訳がない。


「お前等、どうしたわけ?」

「な、なんでもない! 健太、そろそろ遅刻するから早く行きなね。ぼんたくんごめん! もう少し時間貰うね!」


 一度くじけてしまうと、もうなんか居た堪れないのである。

 うわああ、ど、どうしよう初めて告白されちゃったよどうしようっっと、脳内パニくる程度にはやはり衝撃事案だったのである。

 いや、まぁ答えは決まってるが。

 

 という訳でぼんたくんの返事も、健太の返事も聞かず全力で教室から逃走した。三十六計逃げるに如かず!である! 名言だな!!


 バタバタと慌ただしくスカートが翻った後ろで



「健太くん、起きてた?」

「んあ? 何のことだ?」

「えっと、別に何でもないよ」




 との会話があったことは、流石のりこちゃんも知らないことらしい。









 



 

後書き 

 健太くんが起きてたか? ふふ~内緒で~☆

 



 

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