第15話 小学五年生 野生のヒートに遭遇した。刺した 下


 ぐっさーと注射器刺しました。ええ、問答無用で血管に抑制剤ラブ注入ですとも!


 

 白衣の天使と呼ばれてもあながち間違いじゃないわね! おーほっほ! ゲロ臭いしオメガバース布教の神官という意味だが。おーほっほ、文句言う子はお注射しますわよー。悪い子はいねがー


「いやぁ、色白だと血管に刺しやすくていいねー」

「お前、それ」

「大神のご両親から貰った抑制剤だよてへぺろー。っと、わわっ」


 軽く言ってるが、実は初めてだったので内心もう冷や冷やしながら刺していた。針こわい。うう、暴れなくてよかったぁ、大神居て気を引き付けてくれて助かったかも。本人死にそうだが。


 はぁ、これ、実は大神のご両親の前でぽろっとヒートやら抑制剤に関して興味があるというか、ドラッグストア回る予定だと零したら、「そんな粗悪品よりこっち使いなさい」とぽいっとくれたのである。


 うーむ、博士達の考えることはよく分からない。民間の安いやつより自分のをという流石第一人者の博士のプライドなんだろうか。


 とはいえ、錠剤タイプだと効き始めに二時間くらい掛かるから速攻性がないらしいし、大神の両親製だとお花ちゃんの初ヒートとかだと強すぎるんじゃないかと心配したら、こうして注射タイプで薄め版を作ってくれたという裏事情である。まぁ、本来抑制剤ってヒート来そうだなぁって時に前々から飲んどくらしいから、即効性もそんな重視されず効能や副作用を抑えること重視なんだけどねぇ。

 

 まぁ、万が一を考える子りこちゃんは、こうしてゆっくりでうっかりなお花ちゃんのありそうな突発ヒートに備えて一応準備してたんだけど…。何度も言う。小五で使う訳ないと家に置いてましたてへぺろ。


 あー、大神にご両親の元へ抑制剤貰いに行ってくれとも言えず、そんなすぐこの薄めた版貰えるかも分かんなかったから我が家から取ってきてもらったけど、注射器って銃刀法違反に入んないよね…?


 殺傷能力ありそうに見えてなさそうで、使う気ゼロどころか人助け目的なんですがダメですかね…! むしろこの世界って銃刀法違反ってあるんですかね…! というか大神の両親がぽろっとくれたんですが大丈夫ですかねぇぇぇ! あと勝手に医療行為というか注射器刺しちゃったけど大神とこの子さえ口止めしとけば大丈夫ですかねぇぇぇっ


 まだ荒い息ながら眉間の皺がほぐれ、ぐったりとその場に座り込みそうになった女子高生ちゃんを支える。

 嘘、もといその下敷きになる。

 

「大神! 見てないで助けておくれ!」


 大分匂いがマシになったのだろうか、タオルを取った大神は、いつの間にか壁に背を預けてこちらを見下ろしていた。


 いつに間に! ええい、ゲロりんちょしてた癖に、何か路地裏で今でさえ気だるげな感じが絵になるとは凄い理不尽を感じるぞ。何か私の方が泥だらけというか汚らしくないか? ぐすん。

 というか、何故助けてくれぬのか。酷いっ


「いいぜ。ただし、今から帰るならな」

「え…? そりゃ帰りはするけどさ」


 意味が掴めず首を傾げると、言質は取ったぜ?と大神にずりずりと女子高生ちゃんの下から引っ張り出される。それ私の真似か? むぅ、こう使われるとむかつくガキんちょであるな。

 

「じゃあ行くぞ」

「え、いや、流石にこの今すぐは無理というか」

「は? お前嘘吐く気か?」


 ひいっ、人殺しの目だよだから怖いってぇぇぇ、お前は一体何処のスナイパーだ!! というか、ひとでなしか!! せめて起こすかくらいするのが人道でしょうが!!


 すっかり夕焼けは落ちて、大分夜が近付いている。とはいえ、三十分も経ってないのだからまだ晩御飯には早いくらいだし、これくらいの時間なら健太にキャッチボールを付き合わされまくった時の方が断然メガ盛りマックスで遅いくらいだし。


「残念、”今”の時間感覚は主観に寄るものなので、私は行きませんー」

「ほう? ”今”の一般的な時間定義は長くても五分以内だと思うがなぁ。で? 五分以内に行くのか? 起きたらもういいだろ?」


 ぐぬ、こいつ、無駄に賢しさを発揮しやがって。

 というか、絶対答え分かって言ってるよね? ああもう勘の良さに博士クラス頭脳とかマジ止めろし。

 そして今にも女子高生ちゃんを蹴り起そうとすんなし。ええい、人道に関しても躾てやろうかこら!


「あーもう蹴ろうとするな馬鹿大神! じゃあ帰るとは言ったけど今とは付け加えてないんで帰りませんー」

「なら対価も払わず報酬だけ受け取るという訳だな」

「勝手に早とちりしての行動で対価を貰おうだなんて、押し売りというのですよ大神くん」


 ふふん、これぞ秘儀屁理屈こね回す大人対応術…! これを習得するには社会の荒波というクソクエストに挑まねば得られぬ、ある意味通称クソスキルである。


 りこちゃん心で涙目…! 大神、屁理屈の自覚はあるからすまん…! こんな大人になってくれるな…!と思いつつも折れる気はないのがクソスキル保持者の特徴である。


 案の定、大神は今度は不快というより、怒りというか苛立ちで焔色の目を燃え上がらせた。歯を見せて低く唸っている。


「じゃあ、いつ帰る? 言ってみろ」

「あー、えーっとそれは」

「それは?」

「もう少ししたら帰るから大神は先帰ってていいよ。ついでに少し遅くなるってお母さんに言っといてくれれば。あ、ハンバーグとコロッケは残しと――」

「で? ”もう少し”はお前にとって何分だ?」


 怒ってるのに冷静という大神に思わず引き攣った笑い顔になった。あー、うむ、ダメだ、我が秘儀屁理屈こね回す大人対応術も既に使用上限だし、秘儀愛想笑いも一笑にふされそうだし。


 諦めて降参とばかりに両手を挙げた後、いつの間にか健やかな寝息を立てる女子高生ちゃんの顔の砂を払って膝枕してあげる。


「打ったやつさ、少し薄めてるし液体状だから初ヒートとか身体が若い子でも負担は少ないし、効果が薄い分即効性が錠剤よりかはある代わりに、三十分程暴れるの防止用の睡眠剤入ってるって聞いたんだよねぇ~」

「で? 三十分こいつ見てやると?」

「別に大神は帰っていいってば。ほら、睡眠剤で寝てる美少女をこんな路地裏に放置も出来ないし、変な人来たら困るし。かと言って大人が来て大事なっても面倒だし。私が薬打っちゃったせいみたいなもんだからさ、起きて誰もいなかったら混乱するでしょ」


 つらつらと理論武装を述べてみれば、見上げた先の大神は顔を俯けてぼそぼそと多分悪口でも何でも言って舌打ちした後、ひょいっと転がっていた黒いランドセルを拾った。


 ほっと思わず安堵の息を吐けば、それに聞き咎めた大神がこちらを横目で見て片眉を上げる。


「お前、俺が簡単に言う通りに動くとでも思ってるのか」

「えー。ゲロとアイスで手を打つって言ってるじゃん。ちょっとくらいお母さんに遅れるって伝言位いいでしょーが。けちー」

「ふん、それは薬取ってくるので消えてる」

「あー分かった、私分のコロッケ一個あげる。ハンバーグはひと口ね」

「お前の方がけちだろ」


 呆れた風に言う大神がランドセルを背負い直したら、ふわりと路地裏の入口から生温い風が吹いた。

 もう夕日は落ちている。路地裏だからか、そうなってしまえば一気に暗闇が増した。


 半袖だから少し冷える。この場合、先にいってらっしゃいとでも言うのがベストなのだろうか。タオルを無造作に手に持つ大神を見上げながら、寒さにふるりと肩を震わせれば、大神はそれを見てまた眉間に皺を寄せた。


 あいつ、将来眉間の皺消えなくなっても知らんぞ。お肌の張りなんて一瞬の財産ぬんぬんだし。

 とりあえず愛想笑いで送るかと右手を挙げようとした瞬間、ぴくりと何かに反応した大神が路地裏の入口を見た後、ついでこれまた悪の大魔王もびっくりレベルの悪どい顔でにやりと笑った。


 嫌な予感に一瞬でぴっしゃーんと背筋が伸びる。


「お、大神、何か凄い嫌な予感がするんだが」

「お前も勘が鋭いんじゃないか? 言ったろ? 簡単に言う通りに動くとでも思ったのかって」


 ”捨て身をずっと見せられる方の身にもなれ”


 何を…と口を開きそうになった瞬間、耳を疑う声と姿が五感に飛び込んできた。



 お、お、おかあさーーーんんん!!??



 次いで、まさかの大神の両親まで路地裏に現れる。な、何で、なっっ!!?



「理子!! また何かしたのね! もう! 少しは大人しくしてなさい! 何かやる前にまず相談! 約束したでしょ!!」

「あの、大ごとの何かにすまいと私なりに最善最速な行動で消臭もとい人命救助しまして……」

「言い訳したら!」

「ごめんなさーーい!!」


 母の愛の鉄拳制裁に思わずぴぎゃーと小五の身体に引っ張られてガン泣く。

 うう、怒った母怖いいいい!!! うわーん! 大神めぇ、何で連れてくるんだよぉ!! 折角穏便に済みそうだったのに伝言して欲しいのはそれじゃねぇよーー!!


 しかし、大神を見ると大神も大神で何かダメージ食らった顔してた。え? 自分の両親呼んだの大神じゃないとか?


 あ、なんか大神母に指差された。大神と目が合った。にへら~っととりあえず会釈と一緒に手を振って援護してやったら何か顔を顰めて落ち込んでいた。何でだよ! むしろ気遣ってやったのに感謝しろよ!


「理子! 聞いているの! もう、その子、とりあえず大神さんの車へ運ぶからあなたは休んどきなさい」

 

 うう、と大神のとばっちりお怒りに益々ガン泣きしていると、するりと頭を撫でられた。

 不思議に思って見上げると、大神父。相変わらず闇夜でもより輝くというか、神々しい美貌と存在感である。


「オメガのヒートだね。大体分かったよ、役に立って何より。お疲れ様」


 その後ひょいっと女子高生ちゃんを軽々とお姫様抱っこするので、ほけーっと見惚れていると私もいつの間にか母におんぶされていた。


「わっ、お、お母さん!? 私ちょっとゲロ付いてるからっ」

「暴れないの、重たくなってまぁ。話は後ですからね。ほら、ランドセルは自分で持って。早くお風呂入りましょ」


 そうしてふらふらと大神母の手も断って車まで歩くものだから、何だか全部の線が切れて涙とか鼻水とか、もうすんごかった。


 多分満月に吠えてた犯人は、今日に限って狼じゃなくて私かもしれない。

 背中が色んな液体でびっしょりだろうに、それに煩いし重いだろうに母は最後まで何も言わず離さなかった。そして誰もそれを止めなかったので、思う存分泣き疲れて車の中でぐってりダウンするまで吠えたのだった。





 ちなみに、注射器はこっそり大神母が回収してくれてたと、軽い気絶から眠い目を擦って大神家のホマルシェから自力で降りた時に隣の大神が耳打ちしてくれた。大神母と我が母は人数制限の都合で徒歩帰宅である。

 注射器回収はいい情報だ。でもアイスはもう買ってやらんからな…!と大神をじっとり眺めつつ。



 そんな大神と私であるが、何が一番二人の心を抉ったかって、迎えとして玄関口で出迎えた翔太が鼻を摘まみながら言った一言であろう。



「ねーね臭い…。今度は誰を拾ってきたのー?」

「臭い…ッ」

「拾……」


 

 やはり純粋な子供の一言が一番的を射るというか、ストレートにダイレクトに来るのである。



 うう、お風呂入ろ……



 そんな小五のある日の命名ゲロ様様事件であった。

 あ、何かカエルを連想するから今度別の名前考えよ。















トネコメ「りこちゃんのカエル嫌いは筋金入りである」


次話投稿「小学六年生 告られた」予定です~♪のんびりお楽しみに~



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