第10話 小学四年生 大神の家に行くとか嫌なんだが。結論、喧嘩売って逃げた 下




 ……。 大神お前マジ許さん!!!


 ひたすらそこからピンポン連打すること十回。


 ふはは! ピンポンダッシュなどせんわ! 正面から堂々と行くわ!! 食らえ前世太鼓の神と呼ばれた山田 莉子のピンポン指先ッッ!!


「うるせえ!!」

「心配して来てやったのにその態度こそ何だー!」

「誰も心配してくれなんて頼んでねーよ!」

「うっせー! そんなもん私の勝手じゃー!」


 インターホン越しに喧嘩し合うという傍から見たらヤバイ奴等な状態になっていると、大神の後ろの方から、男性と女性の声がした。


 くぐもって聞き取りづらいというか、何か……、え? 悲鳴? え? 待って、今何か物が倒れる音が


 というか、大神もよくよく聞いたら声枯れてるというか、息荒いし……


「ッツ、なぁ今はやめっ」

「誰か…、来て…? きゃあっっ」

「大神! ねえ! 大丈夫? 今声が」

「何でもねえから! いいから帰れ!」


 大神の静止、女性の声と悲鳴、物音、その後無理やり通話が切られる。

 

 やけに軽い切られたインターホン音が耳に残った。


 形ばかり手に持っていたプリントが揺れる。

 呆然とインターホン越しの玄関ドアを見る。


 一歩、足が下がった。


 いやいやいやいや、ほら、待って、ごっこ遊びかもしんないし勘違いだったらどうすんだって話だし……

 

 あれだけ勢い込んでいつつも、やはり実際に目の前に選択を出されるとずりずりと足が後ろに下がる。


 いやいやいや、ほら、大神も帰れって言ってるしそもそもそんなに仲良くないし…… 

 

 周囲をきょろきょろと見回す。こんな時に限って人っ子一人、猫の子一匹いない。


 いやいや、ほら、私じゃなくてもここは一旦帰って先生と作戦を練って――――


 そこまで考えてぐしゃりとプリントを握り締めた。


 いや、ダメだ。


 だって、ここで逃げたら私が転生している意味ないし。愛の美少女戦士ならこんなとこで逃げちゃダメだし。間違ってたらまだ笑ってテヘペロ作戦が使える年齢だし、それに―――


 いま、此処で大神を助けれるの私しかいないじゃん


 顔を上げてドアを見る。


 息を吸って、赤いランドセルを肩から外した。


 ふははは! 知ってるかな諸君! 小学生の教科書やドリル、参考書や粘土、リコーダーを纏め、そしてランドセル自体の重さを足した重量はおよそ平均六キロ!


 そしてここに我が心配性の父君特製の重量級金属製鉄板底敷きランドセルの破壊力を合わせ、回転させながら遠心力を掛け合わせ……

 

 全力で飛び上がりながら一点――――そう、一般的そうな掴める式のドアノブに全体重を掛け全力で振り下ろした時のドアノブ根元破壊率は――――



 百パーセントである。



 いま初めてやって一発で初めて成功したからな!



 褒めんなよ!後でサインは書いてやるよ!



 はい、というわけでキぃぃという悲鳴の様な音を上げて右開きに開いたドアへと、ランドセルを右手に持ちながら急いで駆け込む。ランドセル? 武器ですが何か?


「大神! 大丈夫!?」

「はぁ!? お前こそ今の音何だ!? つかどうやって入って」

「ああん! 大牙、お客さん?」


 想定だと大人の男アルファを相手にすることになると、必死こいて大神との脱走プランを考えていたのが、一瞬で吹き飛んだ。


 は? え? ………、はあ!?


 一瞬我が目を疑った。次いで、我が耳を疑った。というか何この甘ったるい桃色空間。


 え? 悲鳴じゃなくてもしかして嬌声…? 物音とか考えたくないぞ喪女舐めんなよこんにゃろう


 一瞬にして涙目になりながら何とか状況を把握しようとする。


 えーっと……。


 前方に何かほぼ半裸でダイニングテーブルの上で自主規制していちゃこらしてるギリシャ彫刻みたいな赤毛の絶世の美女一名と、そばかす地味顔が可愛らしい黒髪女性一名。


 う、うむ、ここでワンセットだな。


 ついで少し右に視線をずらす。


 えーっと……。


 こちらもまた真っ赤なソファの上でギリシャ彫刻みたいな赤毛の男性一名と、青髪のちょっとやんちゃっぽい涙目の男の人が自主規制いちゃこらで一名ワンセット。


 えーっと……。


「大神、ご両親二倍居たんだな。すごいな」

「な訳ねーだろ」


 呆然と思わず呟けば、大神が真っ赤な顔して私の肩を押した。

 思ったよりも弱い力に、思わず逆に訝し気になる。


 ん? 顔も赤いというか目が潤んでるし、息が荒いし……


 ぱっと肩を掴んだ手を逆に握った。


「あっつ! 大神熱出てるじゃん!」

「何でもねーよ! さっさと帰れよ!」

「いや、帰るけどさ」


 いつにも増してつんけんと声を荒げる手負いの獣の様な大神に困惑していると、大神の後ろの方から声が掛けられた。


 おおう、そりゃご自宅を器物損壊して不法侵入して、なんかディープなキスしてた所目撃しちゃったから気まずいというか絶対何か言われるとか思ってたけどさ……


「大牙、あなたのお友達?」

「違うっつーの!」


 つんけんと掴んでいた私の腕を振り払いながら言う大神は、鼻の頭に皺を寄せ、唸りを上げる猛犬の様だ。


 対して、声を掛けたえろえろモード全開の赤毛美女……、様子的に大神のお母さんらしき人は、気だるげに髪を掻き上げる。


「ふーん。ねぇ、あなた、ちょうどいいから大牙を連れてってあげてくれない? そしたらドアと見られたことは大目に見てあげるわ」

「はぁ」

「ね、赤矢もいいでしょ?」


 何が言いたいか分からず生返事を返していると、赤毛の美女が話を向けた先には赤毛のギリシャ彫刻風の男性。えーっと、もしやこちらが大神のお父さん?


「そうだな。大牙、ちょっとの間外で遊んできなさい」

「指図すんじゃねぇ! 言われなくてもそうするっての!」


 鼻頭に皺を寄せ、傷付いたような、今にも自分事世界全てを噛み殺しそうな様子の大神。それでも、ふらふらと言われた通り外に出ようとしている。


 当然といった様子の大神のご両親らしき赤毛二人は、それっきり興味無さそうに自分の相手へととろけた視線を返し、それぞれの近くでそれを頬を赤らめながら陶然と濡れた視線を返す男女。


 あまったるい雰囲気というか気持ちの悪い意味の分からない空気に吐きそうで、思わず私も鼻頭に皺を寄せた途端はっと閃いた。


 

 ああ、そうか、去年の臭いってそういうことか



 理解した瞬間、何だか居ても立っても居られなくなった。


 くるりと振り向いてまずは通り過ぎようとしていた大神の腕を掴む。今度は振り解かれないように、逃がさないように強く。


 驚いた様に離そうと腕を振り回されるが、強く名前を呼べば、まるで叱られた子犬みたいに驚いた様にぴたりと動きを止めてまん丸と目を見開いた。


 これ幸いともう一度名前を呼ぶ。


「大神! 今から確認することに素直に答えて!」

「お、おう。何だよ」

「あの赤毛二人は両親? んで、他の二人は?」


 苦虫を噛み潰した顔で嫌そうにするも、じっと見つめれば、隠しきれぬと分かっているのか溜め息混じりに答える。


「そうだよ。他はオメガ二人。両親はアルファで、その運命の番たち」

「わかった。んで、あんたは今熱が出てる?」

「チッ。……そーだよ」

「わかった」

「何が」


 どーでもいいと諦めるように、胡乱げな眼差しに、もう一度逃がさないぞ、お前も共犯じゃあと強く腕を握れば、大神は何故かまた驚いた様にびくりと肩を揺らした。


 よし、何がわかったか自分でもイマイチ分からんが、大事な要素は分かったぞ。


 運命の番?普段なら大好物だ。もうフレーズだけでご飯は十杯いける程度には大好物だ。アルファの夫婦も、オメガとのペアも、百合もBLも目の保養だし寝取り寝取られも大好きだし大好物だ。


 だが、それは隣で実際に傷付いている子供が居なけりゃの話である。


 私は怒ったからな。怒った愛の戦士は何をするか分からないんだからな!俺に触れると火傷するんだからな!! 

 

 くるりと今度はご両親プラスアルファオメガ達の四人へと振り向く。

 ちなみにアルファと掛けたダジャレのつもりじゃないぞ

 

 そうして、右手に持ったランドセルを肩に担ぎ直しながら、ずびしっと四人組へ向けて指を差した。


「言質は取ったからな!! 大神の熱が治るまでは私が預かるから! 私の名前は利根田 理子! 家はここの五軒右隣でその裏側の青い屋根の家! 文句か迎えに来るなら真正面から来なさい! その前に! まずドアノブ壊してごめんなさい! でも! 子供が熱を出してるのに看病どころかこんな夕方から両親二人して盛ってる状況を恥なさい! 本能で生きてても我等人間でしょうが! 勿論オメガの二人もよ! あんた達も抵抗しても敵わないにしろ、常識に基づいた判断をせず流された責任があるのを理解しなさい! アルファが何だー! オメガが何だー! その前に大神の親でしょーが! 番が一番はごちそう様だが限度を知れー! 子供を何時でも一番にしろとまでは言わないけど、アルファでさえしんどい風邪に掛かってるのなら心が弱ってるのは分かるでしょーが! そんな時に邪険にしてあまつさえ外に連れて行きなさいですって!? ただでさえ何かいちゃこらの匂いかオメガの匂いだか知らんだかのにトラウマってるみたいなのに決定的にグレてこれ以上面倒になったらどうすんだー!」

「おい」

「ええい、黙れ大神! まだ言い足りん! いいかお四方! 連れてってと言ったのも、ちょっと間と言ったのも言質は取ったからな! ふわっはっは! 大神の風邪が治るちょっとの間、我が家まで連れて行っとくわー! ふわっはっは! 悔しかったらまた迎えに来るんだな! ふわっはっはっはー!!」


 言うだけ言って、ぽかんとこちらを見る大人組の隙を着いてぶっ壊した玄関口から一目散に逃げだした。


 勿論戦利品の大神も無理やり腕を引っ掴んでである。


 と言ってもゴール地点五軒右隣の裏の家という近さだが。

 うひぃ、追い掛けられたらカップラーメンが出来上がるより早くヤラレル!


 というか、我が家の玄関前まで来て無駄にぜえはあと息を整えていると段々冷静になってくる。

 大神も何か俯いて黙ってるし……。


 というか、待て自分、これって器物損壊、不法侵入に加えて拉致監禁……。


 というか明らか大金持ちそうなアルファに指差して説教垂れちゃったし、アルファの逆鱗である運命の番にも何か説教垂れちゃったし、ご丁寧に名前と家の場所名乗って迎えに来いって宣言しちゃったし……



 あ、我が人生詰んだ。



 趣味だったオメガバースの世界に転生したけど、小学四年生で闇に葬られた件とかで遺書書こうかな……。


 親にまずどう説明しよ……と、死んだ魚の目と真っ青な顔色で夕焼けがやけに目に染みるなぁとお空を眺めていると、俯いていた大神が肩を震わせ始めた。


「くっくっくッ、お前、馬鹿だろ」

「ば、馬鹿なのは否定しないがひでぇッ」

 

 無理矢理とはいえ助けたつもりなのに助け甲斐のない奴め!泣きっ面に蜂かよ!と思わず憤慨しそうになった瞬間、思わずぽかんと口を開けてしまった。


「おま、ドアノブどうやってかぶっ壊して家入ってくるわ、あの両親とオメガに説教垂れるとか。謝ったかと思えば高笑いして俺を預かると宣言するとか…くっははっ、馬鹿だろ。そんで今更になって真っ青になってっし。ほんと、考えなしの馬鹿過ぎるだろ」

「ば、馬鹿馬鹿言うなし! 馬鹿って言った方が馬鹿なんだからな」


 思わず強く言い切れず弱った声で言ってしまったのは、夕焼けの中、大神が何だか真っ赤な顔して見たこともないほど柔らかい顔だったからである。目元の涙を手で拭い隠しながら、棘が抜けたみたいに朗らかに泣き笑ってたからである。



 

「泣かないでよ」

「泣いてねーし」

「泣いてんじゃん」

「泣いてねー」


 強情に言い張るので、仕方なしにそっぽ向いて見なかったフリをしてやる。

 義憤に駆られて我儘を押し通しただけの自分に、この涙と表情は勿体ない。

 それに後始末どうしよ……と、改めて夕焼けじゃ上がってくれぬ体温にお顔が真っ青になってると、大神が呆れた様にふんと鼻息を出した。


 何だ、もう殊勝な態度モードは終わったようである。


「別に、心配せずともあいつ等はお互いのオメガだけが大事だし、お前のことも俺のことも五分もすりゃ忘れてるよ」

「それもそれでムカつく」

「何だそりゃ」


 呆れた様な視線だが、何故か何処か優し気で居心地が悪い。何だ、おい、それ止めろ、むずむずする。


 てか、もういいや、実際五分は経っても迎えに来ていない時点で追い掛けては来ていないということだろう。


 わかった、りこちゃんは拾った犬は最後まで面倒を見るタイプだからな。前世、山田 莉子も拾った子猫を里親探すまでの間に愛着湧き過ぎて結局寿命を看取るまで飼い切ったからな。


 …思うに、独身女性と猫のセットな時点で前世、山田 莉子の喪女人生は定まっていたということであろう。うっ、何か目に塩が入ったわ…。


「大神、もし迎えが来ないなら、私が大神のこと飼ってもいいように両親説得するからな! 冗談だが」

「冗談かよ。つうか、俺は犬猫じゃねーし絶対嫌だし無理だろ」

「諦めたらそこで試合終了だろ!」

「現実に戻って来いよ」


 何故か逆に諭される謎現象に陥っていると、やっと普段の様子に戻った大神の身体がぐらりと揺らいだ。

 

 って、おい! ちょっと大神っ!?


「だ、大丈夫か!? 生きろ…! 生きるんだジョー!!」

「だから誰だよ…。あー、もう馬鹿らしい。寝る」

「はぁ? おーい、冗談止めろって、おい。え? ガチ? マジ寝? おい、大神……、おいマジかよ!!」


 その後、真っ赤な顔でめっちゃ体温高くて、これ四十度はあるんじゃないかとひやひやさせやがる癖に、無駄に安らかな顔して眠る大神に苛立ちが募りつつ。 


 慌てて支えたはいいものの、気絶状態の人間、しかも同年代で私よりも背丈も骨格も筋肉密度も高い大神を支えられず圧し潰されつつ。


 ママンへ―ルプー!!と大神の病死と我が圧死への恐怖で玄関前で後先考えず叫んだことで、慌てて出て来た母にドアで顔面を強打されて鼻血出しながら涙目になりつつ。


 涙と鼻血で支離滅裂になりながら地面から状況を説明する私に、母がとりあえず家に入りましょうと入れてくれたのは些細なことであろう。

 

 という訳で、この後、結局父と母が謝罪がてら私と大神がほぼ疲れから気絶ってる間に手土産持参で色々お話してくれたらしい。


 もう、うちの父と母最高過ぎる。もうお嫁に行きたくない。とか言ったら泣かれそうだから流石にやめとこう。


 大神は結局思いっきり熱出したからか、我が家に二泊…といっても一日は気絶ってるが、二泊だけして帰って行った。でも、怒られるというかヤラレルと思ったアルファオメガ組からは、上からだが謝罪的なものはもらったし、何か今後もよろしくね的なことを言われたので多分大丈夫なんだと思う。


 大神は何かそっぽ向きながら、すんごいぶっきらぼうでちっさーーーい声で「ありがとな」とだけ言っていた。


 うむ。つまり言いたいことは一つだな。





 うちの両親さいこーーーーー!!!!


 



 である。












 







 

後書き

 ふっ、何時から喧嘩売って逃げた相手が大神(息子)だと錯覚していた…? 残念、両親な上、ペアセットでもれなく四倍だぁー!

 (誰も買いたがらない件


 いやぁ、書きたかったシーンの内の一つなのでテンションあがりましたわー(笑)

 次話は小学四年生の幕間挟むか、小学五年生行くか迷いつつなんすけど。筆乗った方投稿しますね~♪お楽しみに~ 








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