第11話 幕間2 大神を持ち帰った。置き土産がいらない件 上
「大牙くん、お野菜食べれるー?」
「はい、何でも食べれ、ます」
「そうか、たくさん食べるんだぞ」
「は、い…」
母と父が大神のお皿の上へとプチトマトやらわかめやら、白ごはんをどんどん盛っていく。熱もすっかり治って元気になった大神だが、一応様子見ということでもう一日預かることになったのだ。うちの父と母は仕事も出来て最高である。
そんな大神だが、今は戸惑いと困惑で所在なさげな感じだ。何か普段と全く違うというか見慣れない姿なので笑える。先生にすら「は?」がデフォルトの癖にである。
そんな大神が、というより我が家に来客が珍しいからか、今年六歳になる弟の
何このキューティクル過ぎる天使…! このうっすい顔最高っ。可愛すぎるっっ
身内贔屓とはよく言われる。最近ぐりぐりと可愛がり過ぎて態度が冷たくなってきていて哀しいお姉ちゃんである。
「大神、何かすんごい猫被ってんねー」
苗字もアルファの性質も一匹狼の性格も狼が入る癖にこれ如何にと、家族全員の関心が大神にいってることへの拗ね半分、大神への悪戯心半分で揶揄えば、父と母からすんごい速さで怒られた。
ぐすんっ、ひどいっ。絶対お母さんなんか大神の将来有望な美少年っぷりに態度が甘めなのもバレてるんだからねっ。大神も呆れた目で見んなし!!
「理子! これは礼儀正しいというのよ。この年でしっかりしているじゃない。あなたも食卓に肘を付かないの!」
「理子、食べながら喋るのは行儀悪いからやめなさい。ほら、トマトも避けてないでちゃんと食べて」
「ねーね、食べてあげようか?」
「私の天使は翔馬だけっっ」
ぎゅーっと弟を抱き締めていると、こら食べるのを邪魔しないと引き離されてしまった。
ああ!私の癒しが…!オアシスが…!
仕方なくプチトマトを箸先で虐める。
うう、多数決の原理の何と横暴なことよ。私以外好きだからと言って、マイノリティの意見を無視するなど酷く横暴なことであろう。彩りの赤色など、適当にパプリカの赤色でも、いちごを買ってくるのでもいいとは思わないかね諸君!
誰に言うでもなく仕方なしにヘタを取ったまん丸いプチトマトを上手いこと箸先で掴めてどや顔していると、ふと視線を上げたら大神と目が合った。
何かまた呆れた目をしている。心外な。ちゃんと箸を付けたからには水で飲み込んででも食べるぞ?
「何?」
「いや…、変な顔」
「大神…、お前勇気あるな…。この顔を生みし遺伝子もとい両親の前で馬鹿にしてくるとは…。その勇気は称えてやるよ」
「違ぇよ!」
「理子、あなたまた百面相してたのよ? 女の子なんだからもう少しお淑やかになさい」
態とらしく慄いた視線を返していたら、母が頬に手を当て溜め息と共に窘められてしまった。
くぅ!母が完全に大神陣営過ぎてつらいっっ。完全に拾った捨て犬を結局一番可愛がるお母さんになってしまっている…!そもそも女の子だからお淑やかにとは、この世界でも通用するというのか…!時代は男女同権、アルファもオメガもベータもみんな違ってみんないいじゃ駄目なのか…!
世界の不条理に対して嘆いている内に、みんなご飯が終わってしまったらしい。見れば翔馬も父も母もお皿を片付けている。大神の皿の上も、私の三倍近い量が乗っていた気がするのに、もう空っぽであった。
「大神、めっちゃ食べるんだな」
「まぁ、うまかったしな」
「だろう?」
「何でお前がどや顔するんだ」
ふっ、母の味を褒められて喜ぶはマザコンの
「お前んとこ賑やかだな」
「いつもこんな感じだよ?」
「そうか」
その同意が少し声色が落ちて聞こえたので、思わず唇が尖った。
はぁ、そんな疎外感とかさ、自分はここに居られないとかさ、大神が感じる必要は別にないじゃん。あんたはちゃんとこの世界の住人なんだし。
だから、何とかプチトマトを飲み込んだ達成感のまま適当に返しといた。
「別に、家近いんだし好きに遊びに来たらいーじゃん」
そうすると、またも驚いたというか、目から鱗みたいにまん丸とその焔色の目を開けて私を見るので、心外だと唇が更に尖る。
お前は私をアヒルにでもさせるつもりか!一体何だと思っているのだ。
「いいのか?」
「お母さん達もオッケーするならいいんじゃない?」
そうしてふと思い付いてにやりと口元を歪めた。
「勉強も見てあげようか大神くん?」
「はっ。お前こそ、俺が見てやろうか?」
「ざーんねん。もう中二の勉強までしてるんで大丈夫でーす」
「なっ」
そういうと、今度は純粋に驚いた顔をしたので、ふわっはっはと高笑いしたくなった。本当は前世で言うと大学まで勉強してるけど、大学は正直文系だったし、高校の授業は大学合格の瞬間知識が原子分解されてガラクタ穴あきもいいところだから、今はちょこちょこ勉強してる中学までと名乗っとくのがベストなのである。
いやぁ、内容もちょこちょこ違う所もあるけど、例えば織田信長はアルファだった説とかさ、そこが逆に面白いからすんなり楽しめるんだよね~。オメガバース愛の使者にとって、オメガバース関連というか関わった瞬間脳内で萌えが展開されて記憶能力が当社比百倍くらい上がる気がするのである。
どうするよ、織田信長がアルファで明智光秀がオメガとか……、豊臣秀吉がベータとか……うっひょおおおおはいすんませんちょっと落ち着きます。社会の自分用参考書を鼻血で汚した犯人は此処ですすんませんんん。
それでも凄くない!? 小学四年生にして中学二年生分の勉強始めてる九歳って凄くない!? テレビ出れるんじゃない!? 誰か我を崇めよ称えよふはは三十路分の知識をフル活用して悠々自適ライフ送ってやるぜえええ……はいすんませんもっと凄いアルファもいっぱいいますよね調子乗りましたちょっとくらい自分凄いと褒めたくなったんです。
自分で落ち着いていると、何故か大神は眉間に皺を寄せてガンつけてきていた。何だ、まさか織田信長はオメガ説派か?よかろう、戦争だ。
「中学受験でもすんのかよ」
「え? いや、一応このまま公立予定だけど」
「じゃあ何でそんな勉強してんだよ」
「そりゃ先に勉強してればやりたいことやれるし」
「やりたいこと…。ふーん」
それっきり大神は黙ってしまったので、大人しく大神分のお皿も持っていってあげた。りこちゃんやっさしー!ふうーー!
ちなみに、その様子を母と父がこっそり微笑ましく眺めていたことには最後まで気付けなかった。
◇
「にーに! 遊んで! ジャスティスマントルネード!」
「トルネード? こうか?」
「にーにすっごい!」
いや、確かに普通に凄いんだが
運動神経の悪い私は思わず引いた目で大神を見てしまう。
何でその場で無造作にジャンプしてその位置で軽々と宙返りして着地出来るんだ? 足音してないぞ? ふわって着地音って漫画のよくある妄想じゃなかったのか? え? 二階だから下の階に配慮してるのか? その余裕がこええよ
翔馬は感動して何度も強請ったり、次はこれしてー!などと無茶ぶりしている。
だが普通に考えて隅を使って三角飛びの要領で天井に触る「ジャスティスマンダッシュ」って無茶ぶりじゃないのか? 私の認識がおかしいのか? 何で普通にタッチできてんだよ大神。
すとんと隣に軽々と着地して手の平の埃を払う大神に、思わず引いた視線を返していると、大神は心外そうに片眉を上げた。
「これくらい余裕だろ」
「忘れているようだからもう一度言ってやろう。お前の常識は世間の非常識だとな」
「ああ、そういや去年言ってたな」
てっきりその後の臭い発言からのストリートファイトを思い出させたかとひやっとしたが、機嫌を悪くするかと思ったら、何かくっくと笑うので一応もう一歩距離を取る。
こら翔馬、見ちゃいけません!
「ねーね見えないー。次はジャスティスマンビームしてもらうのにぃ」
「翔馬、流石にビームはジャスティスマン専用の必殺技だから無理だと思うよ」
「そっかぁ。ざんねん」
流石にこの無茶ぶりは可哀そう過ぎるとフォローしてあげると、翔馬もそういえばそうだったねぇとジャスティスマン図鑑片手にもう一回読み直していた。
「助かった。流石にビームは無理だ」
「いや、これ以上翔馬の関心を取られまいと」
「おい」
六年も捧げた我が天使の好感度を僅か一日二日で脅かされる身になりやがれ一人っ子よ!! 前世山田 莉子は一人っ子だったからもう弟が可愛くて仕方ないんだぞこんにゃろうめ!
翔馬が図鑑に夢中になっている内に、私も座ってクッションを大神に渡した。まだ一応お子様だからな。翔馬も私も同じ子ども部屋なので、大神もまとめて子ども部屋に入れられているのである。人口密度が上がって狭いが。まぁ私と翔馬は二段ベッドだから、大神は床に布団を敷く感じだな。
とはいえまだ布団は畳んでおり、絶賛就寝前でテンションの上がった弟の面倒を見ていてくれたというのが現状である。
「お前センスないだろ」
「いきなりのけなし。何だ私が何かしたとでも言うのか」
あんまりだと戦闘モードに移行するか検討していると、大神の手には摘ままれたゴンタロウ。何だよ、その尻に敷かれ過ぎてはんぺんみたいになった狐顔が可愛んだろう? 見てみろよ、その目の前に鏡があると分かってないまま全力疾走して正面衝突してしまった顔を鏡越しに写真撮影されてしまったかの様な間抜けなぶちゃ可愛さ。諸君ならわかってくれるだろう??
「可愛いじゃないか」
「嘘だろ。本気かよ」
「心外な。これだからセンスのない奴は」
「お前にだけは言われたくねーな」
親指と一指し指だけでぷらぷらと掴んで酷い扱いである。見てみろよ、ゴンタロウだって悲しそうだろ?
仕方ないと言いたげに溜め息吐いてゴンタロウに座るくらいなら返せよなぁ。私のネココさんも貸してやらんぞ。ちなみにゴンタロウの猫顔バージョンである。タヌキッチも買って三種類揃えるのが最近の野望でもある。かわいいわぁ。
まぁいいやと二段ベッドの梯子部分に背を預けて大神を見る。立て膝越しから見えるゴンタロウと目が合って片眉を上げているが、顔色はもう普段通りになっており、熱もぶり返す様子はなさそうだ。
「熱治ってよかったじゃん」
「まぁ元々一週間以上長引いたことはねえし」
「ふっ。私なんか今まで掛かったことは無しよ…!」
「馬鹿は何とやら」
「ヤル気か」
何故こいつは一々挑発してくるのだ。もう精神がやさぐれているに違いない。例え母と父と弟をおばあちゃんの皮ならぬ猫かぶりで懐柔したと言えど、狼の正体を知っている超可愛い赤ずきんな私はそう簡単にはいかぬぞ…! 逆に猟師を呼んでくれるわ…! あ、大神の両親来たら怖いからやっぱこの設定やめとこ。
「大神、いつも両親あんな感じなの?」
「あ?」
「だから、ごはんとか普段どうしてんの」
「別に、去年二人してオメガ見っけてくるまでは家政婦。今はオメガが作ってるけど、食う気ねーからコンビニ」
「身体に悪そうっつーか、大神地味にお坊ちゃんでしょ」
そういうと、大神は強がるみたいに口角を意地悪く上げ、ふんと鼻を鳴らした。
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