第12話

第十二回

その十二

「ブリジット・リン事件特別捜査本部」の張り紙は取り払われてそこは正統派捜査一課の祝宴が張られていた。もちろんこの事件の全面的な解決を祝ってである。

 その席には自衛隊の幹部も座っていた。ある政治家も顔を出していた。祝杯が行き交った。

 「石田川ゆり子の父親が来ています」

紺野田あさみ警部が後藤田まき警視正に耳打ちをした。

「今、行くわ」

後藤田まきがその場を離れて面談室に行くと石田川ゆり子の父親の石田川庄三が静かに座っている。

「ゆり子の事件が完全に解決してその事件の全貌が明らかになったという話を聞きました。話の説明もしてもらいました。だいたいの話は聞いたんですが、今いちはっきりしないところがあります。気持ちの整理をつけるためにもここにお伺いしたしだいです。ゆり子がどうして殺されなければならなかったかもう一度よく話してください」

石田川庄三はじっと後藤田まき警視正の目を見つめた。

「そうですね。まず、中国人留学生、草なぎ山剛の正体をつまびらかにしなければなりません。彼は経済学を勉強をしに来た留学生ということになっていますが、実は中国政府の役人です。しかし、おおっぴらに出来るような身分ではありませんでした」

「どうしてです」

「軍事用の資材を輸入するのが目的です。そして架空の商社を日本で立ち上げて極めて少量しか取り扱われない特殊な金属を輸入することが彼の仕事でした。それはある軍事兵器の開発にどうしても必要で、その試作品が秘密裏に制作されていました。その試作品というのが小型の潜水艇です。それは画期的なもので詳しい理屈は専門的なことで、よくわからないのですがイオンエネルギーと云うものを使って相手のレーダーにはほとんどつかまらないものだそうです。そのため草なぎ山剛は大量の資金を持ち、いつでも大金を右から左へと自由に動かすことが出来たのです。彼は決して貧乏な中国人留学生ではなかったのです。そしてその潜水艇はほぼ完成していました。しかし草なぎ山剛は金が自由になっていたのでキャバレーやバーで遊ぶようになりました。そこで知り合ったのがお嬢さんです。ただの金持ちだったらお嬢さんは草なぎ山剛に興味を持たなかったかもしれません。しかし、自分のスパイじみた仕事の一部を見せたりして興味を引いたのでしょう。それでゆり子さんは草なぎ山剛とつき合うようになったのです。お嬢さんの住まわれていたマンションをご存知ですか。あの秘密の金庫に自分の秘密の書類を、かえって安全だと思い、置いたのかもしれません」

「白滓有伸とレズビアンバーで働いていた中国女性、ビクトリア・リンとはなんなのですか」

「ふたりは蛇頭のメンバーです。白滓有伸は驚くことに蛇頭のメンバーだったのです。彼の言った北方騎馬団などというのはまったくの作り話です。なにしろ彼自身がマフィアの一員なんですからね。蛇頭はその潜水艇の話を聞きました。そしてそれを欲しがっている国があり、手に入れられることが出来ればいくらでも金を払うことを知っていました。まずその潜水艇の秘密をさぐらなければなりません。白滓有伸は草なぎ山剛の指導教官でしたが、その秘密資料はどうしても手に入れることが出来ませんでした。その資料さえ手にいれればその潜水艇を奪取するのは用意です。その船の暗号や秘密ルートも知ることができるのです。そして草なぎ山剛が日本の女子大生と恋愛関係にあり、その秘密資料を彼女の金庫の中に隠していることも知りました」

ここで後藤田警視正はのどにからんだたんを切った。

「お嬢さんの性癖を利用しようとしたのです。レズビアンだということを」

石田川庄三は複雑な表情をした。

「ゆり子さんはビクトリア・リンに夢中になってしまったのです。そう、中国の映画女優ブリジット・リンのそっくりさんです。だからお嬢さんの隠し金庫の中にはブリジット・リンの写真が入っていたのです。それを見てお嬢さんはビクトリア・リンがいつも身近にいるような気持になっていたのでしょう。それから草なぎ山は自分の資料をお嬢さんの隠し金庫の中に入れておいたということはいいましたね。その方がかえって安心だと思ったのでしょう。そしてそういう関係になってからお嬢さんのマンションの金庫から秘密資料を奪いました。そして草なぎ山剛との心中にみせかけて殺してしまったのです。しかしあの建物が変わり者の建築家が建てたということを知らず、金庫が二重になっていてブリジット・リンの写真を保管していたことを知らなかったのです。そしてまたブリジット・リンには二重の意味があったのです。ブリジット・リンがなんのことなのか、疑問にもたれたでしょう。当然です。草なぎ山はちゃめっけを出してある意味を持たせて秘密預金の名義の名をつけました。どんなことかと言うと、それが草なぎ山剛の秘密預金の名義という意味しかないという理解だけだったら片手落ちです。もちろん、ビクトリア・リンに似ている映画女優だけだとしてもです。ずっと以前から警視庁でも防衛庁でもブリジット・リンのことは知っていました。ブリジット・リンというプロジェクト名が中国にあって軍事兵器の開発をしていたということは。それが潜水艇だということは最近になってわかりました。そしてその潜水艇の横にはブリジット・リンと英語で書かれていたのです。高性能潜水艦ブリジット・リン号です。そしてブリジット・リン号は蛇頭の手に落ちる一歩手前だったのです」


 石川田りか警部、小川田まこと警部補、ロボット刑事の三人は警視庁のビルの屋上に上がっていた。屋上から横須賀のほうを三人は眺めた。

「それにしても、なんなのよ。石田川ゆり子の事件は全面的に解決したからもういいだなんて、ふざけているわ」

「・・・・」

「あの女は中国に送還されるって話しじゃないの。もったいない。わたしはあの女こそブリジット・リンだと思っていたのよ。あのカンフー野郎が連れていったんですって」

「まあ、いいわ。写真だけでなく、実物も見られたんだからね」

「自衛隊の奴らもいなくなったことだし、裏捜査一課のたまり場も元に戻るわよ」

空には青空がどこまでも広がっていた。彼らは事件の真相をほとんど知らなかった。しかし、全面的に解決である。いや、草なぎ山剛の架空名義を突き止めたのは裏捜査一課である。しかし、それも赴任してから三ヶ月しか経っていない新垣田りさ警部補の功績であった。そのとき排気音がした、ロボット刑事があくびをしたのである。****************終わり***********************


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