第3話

第三回

 娘と影目邪心の試合は備前、沖津城から二十町離れた加古川のそばの小高い山と山が接して出来ている三角州の場所でおこなわれた。その試合は誰でも見ることが出来たので町人や農民など多くのものが見にきた。竹の垣を作って二十間四方の試合場が作られた。その竹垣に見物人は群がっている。

 池田行永は折り畳める椅子に腰掛けてその場所にいた、その横には為永影時と侍たちが侍っている。町人や農民はこのときはじめて備前藩主の実物を見たのかも知れない。竹垣の一角には侍たちが警護していて、そこから試合場の中に入ることが出来るようになっている。その場には異様な興奮と緊張が渦巻いていた。

 雷也斎は試合場の外にいた。竹垣に顔を近づけて試合場の中を見ていた。そこに影目邪心の姿を認めた。南蛮人の着るような羽織を着てうすら笑っている。横には六尺半寸の得物が置かれている。雷也斎はその異様な姿を見ただけで理由のわからない恐怖心におそわれた。あの娘と篠田麻里子はどうしたのだろうと思うとうしろから声をかけられた。

 そこにはあの美しい奥方風の女と白拍子のような大島優子がいた、のぞみ乃進は後ろで長い髪をまとめ、うすぎぬの衣装をつけ、顔にはうっすらと化粧をして、額のところには魔よけの紅をうっすらと塗っている。背中には例の平安貴族がさしていたような直刀が背負われている。その長さが一尺半余しかないのはこの前と同じだった。

「これからまいります」

篠田麻里子がそう言うと娘は一人で試合場に入って行った。篠田麻里子の方はそのままなので雷也斎が

「そこもとは」

と聞くとここで待っていると答えた。

 試合場に行くとそこに娘が、それも処女と言ってもいいような娘が出てきたのであたりは騒然とした。ただ為永影時だけが娘のそばに行って

「この試合に勝ったものが備前藩に一族郎党召し抱えられる」

と耳打ちした。

 影目邪心もただ凶人のように気味の悪い笑いを浮かべながらその様子を見ていた。娘は表情も変えなかった。頭には鉢巻きを巻いている。草がところどころに生えている試合場の真ん中に娘と影目邪心が三間の間をあけてあいたいした。

 そして為永影時が試合の合図をすると娘の姿は消えてなくなった。影目邪心の姿だけが見える。その影目邪心の六尺半の得物も腕も見えない。ただ影目邪心の周囲あるいは頭上で数多くの星がはじけているように火花が数え切れないほど散っていた。

 そして影目邪心の肩のあたりから血がほとばしり出て倒れた。しかし、娘の姿はどこにも見えなかった。試合場に入っている雷魔一族の一人に為永影時が近づいて行き、今度のお役を雷魔一族にまかせると告げた。

 雷也斎は腑に落ちぬものを感じた。

ふと離れた場所にある雑木の林の中で篠田麻里子が手招きをしている。雷也斎はそちらのほうに行って見ると、今、試合に勝ったばかりの娘が篠田麻里子のそばに立っている。

「勝ち名乗りぐらいは受けられたらよかろうに」

林の影から娘がぞろぞろと出てきた。雷也斎は驚いた。その姿かたちがみなそっくり大島優子にそっくりな美しい乙女たちだった。その人数は五六人いるかもしれない。

「驚かれましたか」

「これは、これは」

「この娘たちはすべて心ひとつにつながっております。この娘たちがどこから来たのか、わたしにもよくわかりません。一人のものが見たものは他のものも同じものを自分のまなこに見て、耳に聞こえるのであります。ひとりは試合に出ましたが、他のものは竹垣の外で試合を見ていたのです。影目邪心さまと戦ったのはこれら数人の娘たちなのです。数人の目が邪心さまの動きを読みとっていました。ときには目に見えぬ短剣を邪心さまに投げつけたものもいます。たとえ、邪心さまが娘と同じ剣のわざを持っていたとしても、邪心さまが我が子に勝つには十数倍の剣のわざを持たなければなりませぬ。これがてずまの種でもあります。見えないものを見たのは他の娘が見たものを娘に伝えたのであり、空を飛ぶ鳥を見えない矢で落としたのも他の娘が石つぶてを投げて鳥を落としたのです」

「そうであったか。邪心のほうが太刀筋が速いなどとはわしの余計な心配だったのだな」

「わたしたちの手の内が明らかになった今となってはここをおいとましなければなりませぬ」

そのふたりづれ、および大島優子の影たちは雷也斎にぺこりと頭を下げた。

「最後に黒木さま、あなたはどこかの大名の奥方であったのではないかな」

「そのことには答えられませぬ」

篠田麻里子と大島優子たちはぺこりと頭を下げた。

その後、数百の試合をこのふたりづれはしたが一度も負けたことはなかったが記録には残っていない。

 ときの剣豪、柳生宗典も宮本武蔵もこのふたりづれが近くに逗留していると聞いただけで顔面が蒼白になった言われている。そして剣聖に剣の奥義を伝えたとも。これらのことは正史にはのっていない。ただ、百年経っても娘の姿かたちは変わらず、ある日天上より、光輝く日輪の車が降りたって、娘はそれに乗り込み、はるか銀河のかなたに消えたと伝えられているのみである。

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巫女剣法 @tunetika

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