結 愛するものが根ざす街
「邪魔物の大群をけちらした若き女騎士、ブラン様! お体の具合はいかがですか?」
「あっ、はい。騎士団の仲間の迅速な処置のおかげで、もうすっかり……」
魔王が謎の死をとげて、一週間ほどが経過したケイク・ケイク。病院から退院した私は、さっそく街の広場で大勢の記者に囲まれていた。
「アーモンドペーストの平和を守ったご感想は?」
「いや、そこまで大きなことは私は……私がしたことといえば、ケイク・ケイクの街をなんとか守ったくらいで」
「なんと謙虚な! 邪魔物をけちらしたあと、魔王を倒したのだってブラン様でしょう?」
「あっ、それは違います。魔王を倒したのは誰か別の――」
「そうなんですか!? では、一体誰が!?」
広場が大騒ぎになる。ただでさえ魔王が倒れてアーモンドペースト中がお祭り騒ぎなのに、その魔王を倒したものの正体がわからないという一大事に、街はさらに賑やかになっていった。
ケイク・ケイクは英雄探しにやっきになっている。今のうちだ! 私は騒ぎに乗じて、目立ちたくない一心で取材から逃げだした。
「うう……動けないよ。お腹すいたぁ……」
「邪魔物の大群を一瞬で壊滅? すごいじゃないか。やっぱり甘くないな、モンブランのくせに」
「ブランです!」
記者の目から隠れるにはもってこいのさびれたパン屋のカウンター。座りこむ私を放置して、ドーンは私の活躍が書かれた新聞を読んでいた。
「しかし、えらいな。もう復帰か」
「ゆっくりもしてられないんですよ。魔王オーディンが倒れて平和になるかと思いきや、次の魔王を目指そうと残った邪魔物や悪人たちが活発化していて……やれやれですよ。これじゃいつまで経っても穏やかに過ごせません」
パン屋の主人に愚痴るのが習慣化してきている私の横で、ドーンはパンくずを集めている。どうするんだろう。まさか再利用するのかな。このパン屋の利用はもうひかえた方がいいかもしれない。
「でも、誰かが魔王を倒してくれた。きっと伝説の愛されものです! やっぱり伝説の愛されものは別にいたんですよ!」
「伝説の愛されもの? なんだ、それ」
元気を取り戻した私にドーンが質問する。
「最強のスキルを持った愛されものです。誰なのかはまだわかってません。でも魔王を倒したのは彼だというゆるぎない証拠があるんですよ。魔王の死因を聞いて、おばあちゃんが思い出したんです! ふれただけでどんな鋼鉄の体にも穴をあけられる最強のスキル、”ブラックホール”! 伝説の愛されものに与えられたスキルはこれだったんです」
ドーンは聞いていない。売り物にならないクロワッサンの破片などを袋に集めている。質問したんだから、ちゃんと聞きなさいよ。
「これって確かに最強ですよね。魔王が負けるわけですよ。だけど、ちゃんと活動しているならなんで名乗り出ないんでしょう。たくさん褒めてもらえるのに」
「やっぱり称賛のために」
「違います! 私は違いますけど、でも伝説の愛されものはやっぱり名乗り出るべきですよ。それが力をもらったものの責務です。……ところで、さっきからなんなんですか、それ。パンくず?」
「パンくずを笑うな。笑うと、穴があく」
「なんですかそれ。別に笑ってませんよ。平和でいいじゃないですか、パンに囲まれて。それに引きかえ、私は……あっ」
そこで私は自分の重大な任務を思い出した。そうだ、ドーンにはまだ確認していなかった。
「ドーンさんって30代ですよね。そのパンづくりのスキル、名前は何ですか?」
「俺のスキルか? 俺のは、ブラック――」
身を乗りだす。
「ブラック……なんだっけ。ああ、ブラックチョコレート」
がくっ。私はうなだれる。ただのパン屋さんが伝説の愛されものに関係してるわけないか。ため息をつく。すると、はかったように店の外から仲間の声が――。
「ブラン様、ここにいたんですね! 緊急の作戦会議です。次期魔王候補の邪魔物のことで、新しい情報が入ったそうで……早く出張所に戻りましょう!」
やれやれ、いつもこうなんだから。ろくに休む暇もない、平穏とは遠い日々。うなだれつつポーチからお金を出して、すっかりお気に入りになってしまったドーナツを買い、店を出た。
「はあ……どこにいるのかなあ。女神に愛された伝説のスキル持ち。最強の存在になるはずだった少年、ブラックホール」
店の前で決意する。いつか絶対に彼を見つけだして、世界の平穏を守ってもらうんだから。このブランといっしょに!
仲間に急かされて、私は歩きだす。なんとなく途中でふり返ると、ドーンが店の裏口にいた。
さっき集めていた売り物にならないパンを子どもに渡している。ボロボロの服を着た少女が礼儀正しく頭を下げ、パンを抱えて帰っていった。
愛するものがまだこの街にしっかり根ざしているのを確認すると、私はそれを守るための戦いに再び向かったのだった。
邪魔もの殺してスローライフ。 2番スクリーン @eigidp
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