第29話『名前』


 夜も更けて来たので谷一葉を彼女のテントへ追いやって、俺は自作のテントへ入った。テントの外へ聞こえない小声で囁く。


「なあリルカ。あの霧って何の事だと思う。お前にはなにか心当たりがあるか」

(……はい、ですが確信が持てないので軽々に答えることが出来ません)

 これは今までに無かった答えだ……。リルカのこんな真面目な態度は初めてだ。こいつは何かを隠している。恐らく何を聞いても無駄だろう強い意志を感じる……。

「そっか、だったらわかった時に教えてくれ」

(はい)

 もし、考えられるとすればこいつのご主人様である大精霊シルフィーネスのことだろうか……。だとすると、その霧が大精霊の失踪と関係があるのかもしれない……。

 俺は毛布にくるまり横になった。


(ところで、ゆっきーは何故、彼女と臥所ふしどを共にしないのです)

 ――突然、こいつは何を言っている?

「そんな事したら緊張で眠れないだろ」胃に穴が開くわ!

(だったら何故、下に降りて休まないのです)

 確かに四階に下りれば屋根があるのでテントは必要無いだろう。

「女の子一人屋上に置いておくわけにもいかないだろ」

(そんなものなのですか、人間の生態は謎が多いです。興味深いです)

「はいはい、お休み」

 俺は適当にあしらい目を瞑った。

 ――本当は何も考えていないのかもしれない……。



 まだ夜の明けきらない時刻に目覚めた俺は、谷一葉に気づかれない様にテントから這い出した。

 屋内に残っているウオーカーは上から攻撃できない、なので彼女に気づかれない様に魔法で倒すつもりだ。


 梯子で四階へ降りる、廊下を歩いて突き当りの扉を開けると、そこに屋外に設置された非常階段があった。

 非常階段を降りると二階から下にはびっちりと机が積み上げられてバリケードが作られていた。

 二階の手すりを越えて地面へと飛び降りる。そして、廊下の方に回った……。


 建物の中、窓から四体のウオーカーがこちらを覗いている。

 俺はポケットの中の小石を取り出し投げつけた。


「リルカ、もう残りはいないか」

(はい、この周辺にはいない様子です)

「そうか……リルカ、エアウオークを頼む」

(はい)


 その後、リルカにエアウオークを掛けてもらい二階の窓から侵入して屋上の寝床に戻った。

 これで心置きなく周囲の探索が出来るようになる。



 朝日が昇り俺はテントを這い出して朝食を作り始めた。米も水も残りは少ない。なので今朝はを作ることにした。

 小麦粉に旨味調味料と塩を少し足し、水を入れながら捏ねていく。耳たぶの硬さになったら少しちぎって丸めて団子を作り、潰して火の通りをよくしておく。お湯を沸かして潰した団子を入れいく。浮かび上がってきたら完成である。

 お湯を半分ほど捨て、昨晩下茹でして置いたヨモギとタンポポを入れて旨味調味料と塩で味付けをする。


「おはようございます」谷一葉がテントから這い出してきた。

「おはよう」


 胡椒を振りかけて早速実食。――うん、醤油か味噌が欲しい……。

 拠点も決まり探索も自由にできるようになった……これからは、もう少し食材を充実させていきたい。

 二人ですいとんを頂いた。


「なあ、谷さん。ここは水はどうしたんだ」水もあと残り僅かしかない。

「以前はそこの貯水タンクと雨水でやりくりしていました。でも、タンクの水が無くなってからは小学校の前の公園の井戸に水を汲みに行ってました」

「そうか後で場所を教えてくれ」

「はい……あの……」言い辛そうに谷一葉が俯いたままで声を掛けて来る。

「ん?」何だろう?

「名前……」

「名前?」

「はい、谷では無く一葉と呼んでください……」

「んー」成る程これからしばらく共同生活が続くのだ。他人行儀なのは返って失礼になるのかもしれない。「わかった、俺の名前は幸村と呼んでくれ」

「はい……幸村さん……」

 ――顔を赤らめてまで言うのなら高御座のままの方が良かったのだろうか? いや、これから信頼関係を築いて行かなくてはいけない、このままこの呼び方に慣れてもらおう。



「それで、今日は外に探索に向かおうと思うんだ」朝食も終わり食後のお茶を楽しみながら一葉に言った。

「危険です!」

「え……、いや……」

 戸惑うくらいばっさりと一言で止められた……。いや、そう言われても水も食料も残り少ない。

 なので俺は東京で逃げ切った実績や、周囲に動く個体が居ない事を説明しながら説得した。


 なんとか渋々と言う形で一葉の説得には成功した。

 俺とリルカの間ではこう言った意見の対立が無かったので物凄く新鮮に感じる。と言うか俺達は両方とも先に行動するタイプなので、こういった慎重さは無い。少し見習わないといけない。

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