第28話『霧』


 休憩を終えた俺は四階に下りて作業を続けた。


(どうしました、ゆっきー)

「ああ、悪い」どうやら考え事をしていて手が止まった様だ。「いや、どうやら彼女に警戒されてしまった様だと思ってな」

(確かに、妙な物を見る様な目つきで見られてましたね)

「……」まあ、そうなのだが……。あまりはっきり言わないでほしい。若い娘にそんな目で見られると結構こたえる。


 だが、よく考えてみればそうだろう。相手は人の形をした化け物なのだ。通常であれば皆逃げ回る。それを倒してしまおうと考えること自体普通ではないことなのだ。そして、それを何のためらいもなく実行した。警戒されても仕方ないだろう。

 ――色々言い訳を考えておかないといけないかな。


 ホースを手繰り消火器を持ち上げる。そして下で蠢く連中に向けて落下する。

 俺はそれを何度か休憩を挟み下に動く者が居なくなるまで続けた。

 作業を終えるころには日も傾き始める時間だった。


(残りは建物の中の四体だけですね)

「それはまた明日にしよう。下に散らばった遺体も片付けないといけないしな」

(はい)


 流石に休みながらとは言え、重い消火器を百回以上上げ下げするのはしんどかった。元より肩はあまり丈夫ではない。今晩は筋肉痛になりそうだ。

 俺は四階に置いてあった針金や教科書を抱え屋上へと戻った。



「お帰りなさい」

「ああ」

 谷一葉に妙に笑顔で出迎えられた……。何も質問してこないところを見ると、どうやら上から作業を見ていた様だ。


「すぐに、夕食の準備をするな」そう言って俺は料理の準備を始めた。

 と言っても作るのは朝と同じヨモギ粥である。少しヨモギを減らしてタンポポを多めに入れてみた。さらに持っていた旨味調味用を少し加える。

 水も食料もかなり心許無い。明日には早速、探索に行かないといけない様だ。


 調理を終え二人でお粥を啜っていると谷一葉が質問してきた。

「ところで高御座たかみくらさんはこれまでどこで何をしてたんですか」

「実は俺はつい最近まで渋谷の地下へ避難していたんだ」

「え? 渋谷で……」

 谷一葉は妙に驚いた様子でそれに答えた。一体何だと言うのだろう。


「ああ、そこからなんとか這い出してきて、最近都内から逃げて来たんだ」

「あの……もしかして調査隊だった人ですか」

「調査隊?」

「ええ、自衛隊が中心となって送り込まれた人たちのことです。私達はそう呼んでました」

「ちょっと待ってくれ……俺はその話を知らない。一体どう言う事だ」

「ですから 〝霧の調査隊〟 の事です」


 谷一葉の話では東京都港区を中心として中央区・千代田区・渋谷区までを破滅の日以降、正体不明の霧が覆っていたそうである。そこへ自衛隊は何度も調査隊を送り込んだ。


 だが、その結果は 〝誰一人として帰還した人はいなかった……。〟


「……私達は東京も横浜の街と同じに消えてしまうんじゃないかって話してました。それで自衛隊の人達も原因を探る為あの中へ何度も調査隊を送り込んだんです」

「成る程……」――いやちょっと待て、俺はそれを見ていない。と言うより目黒区から望んだ時にはそんなものは見えなかった。「……その霧は今はもう無いと思うぞ」

「え? そうなんですか」

「ああ、俺が目黒区に居た時には崩れた高層ビルがはっきり見えていたからな」

「そうですか」

「それに俺は地下に居たからそれ自体知らない」

「高御座さんは公務員とおっしゃってましたね。それと何か関係あるんですか」

「うん、まあ、そんなところだ。詳しく聞かないでくれると助かる。あまり人に話せる内容では無いんだ……」結界とか、妖精とか、魔法とか……。

「わかりました……」


 それにしても正体不明の霧とは何だろう。いや自衛隊の人達が考えて答えが出ない代物なのだからこの世界のものでは無いのだろう。世界衝突に関係しているのか? 何故そんな代物があったのだろう。それにその場所が気になる……。


 港区は俺がウオーカーの発生場所として一番に考えていた地域だ。だとすると戻ってこなかった人たちは……。

 今はまあ良い、後でリルカにでも聞いてみよう。



 その後、谷一葉とゆっくりとお茶を楽しみながら、消えてしまった横浜の街について語り合った。


 彼女の両親は横浜駅近くの喫茶店を経営していて消滅に巻き込まれたらしい。ここに避難していた学生たちも似たような境遇だったらしく互いに支え合って生活していた様だ。彼女たちの話も色々と聞かされた。江藤美咲えとうみさき田上紀子たがみのりこ西園寺里香さいおんじりかは横浜の中心街からこの学校へ通っていた。栗原瑠衣くりはらるいの両親は神奈川区の店舗へ行って消失に巻き込まれたそうである。


 それから俺はブルーシートと物干し台でちゃんとしたテントを作り始めた。と言っても構造は単純だ。真ん中に物干し台を立ててブルーシートの隅をブロックで押さえる。そして、その辺にある木材を簀子すのこに組んでベッドを作り中へ敷く。


「あの、何でしたら私のテントでご一緒に……」谷一葉はそう言ってくれた。

「君が不安だと言うのならそうするが、そうでないならそう言う事でストレスを溜め込まない方がいい。これは共同生活の基本だ」そう言って俺は作業を続けた。

「はい……」


 少し冷たい言い方になってしまったが、これからしばらくここで生活していくには、互いの距離を詰め過ぎないのも必要な事だ。


 それに若い女性と密室空間で二人きり……間違いなくこちらが緊張する。

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