第27話『実験』


 次の日、夜明けと共に目が覚めた。そして、ブルーシートで簡易に作ったテントから這い出した。夜中にブルーシートで作ったテントは風になびかれバタバタと五月蠅く余り快適とは言えなかった。――もう少し工夫が必要だな。そう思いながら俺は小さく欠伸した。


「おはようございます」ほぼ同時にイベントテントから谷一葉が這い出して来た。

「おはよう、すぐに朝食を作るよ」

「あの、それでしたら、これ、もう残り僅かなのですが……」と言って彼女はビニール袋を差し出した。

「それは?」

「お米です」

「な!」――何ですと!

 慌ててビニール袋を覗き込むと、そこには五合ばかりの白銀に輝くお米が入っていた。


「いつ救助が来るかわからなかったので節約して食べていました」彼女は顔を赤らめ俯いてそう言った。

「……」


 まあ、何と無くは察しがついていた。彼女がここに倒れていたのは演技だと……。最初から動く事も声を出すことも出来たのだ。さりとて、彼女の生命力が枯渇寸前なのも間違いない。なので俺は放っておくことが出来なかったのだ。

 彼女が何故それをしたのか? と言うのは恐らくここに女性達五人だけで生活していた理由と同じだろう。

 あえて理由は問わない。恐らく五人は避難所から逃げ出してここへ隠れて住んでいた。


 俺は早速持ってきたボストンバッグから、途中で採取してきたヨモギとタンポポの葉を取り出した。

 ある程度のサイズに刻み、小鍋で塩を入れた水を沸かし軽く下茹でする。お湯と一緒に灰汁を捨て水に浸けて置く。小鍋で再度水を沸かし一掴み分お米を投入。お米が割れて膨らんできたら水に上げたヨモギとタンポポを入れる。

 最後に塩で味付けをしてヨモギ粥の完成である。


 ――うん、うまい。久しぶりに食べるお米の味は格別だ。


 味的には正月明けに食べる七草粥によく似てる。ヨモギの苦みが良いアクセントになっている。タンポポには鉄分やビタミンも豊富なので弱った体にはぴったりだ。

 谷一葉も美味しそうに食べている。俺の中にいるリルカは……(苦い……)苦いのが苦手の様だ。



「貴重なお米ありがとうな」俺はお礼を言った。

「いえ……あの、ウオーカー? でしたか、は退治できるんですよね」

「ああ、今日いきなりは無理かもしれないけど数日中には全部片づけるつもりだ」

「でしたら、まだお米あります」

「何?」

「ここに避難していたクリちゃんの家が、栗原製菓と言う駄菓子のメーカーだったので、そこに取りに行けば、まだお米があります」

「……」成る程、盲点だった。米菓に使われる加工用の米の事だ。米は適切な温度と湿度を保てば長期保存可能な食材である。価格の安い時に大量に仕入れて備蓄されていたのだろう。

 もしかすると、それが彼女たちをここへ留まる事を決意させた一因なのかも知れない。



 優雅な朝食を終えた俺はウオーカー殲滅の為の準備を始めた。

 動くのも辛そうな谷一葉を屋上に置いて俺は一人梯子で四階へ降りトイレに向かった。


 トイレの用具入れからホースを取り出し廊下に設置されている消火器を手に取った。消火器の握り手にしっかりとホースを結びもう片方を窓枠に結ぶ。


 ――さて、実験の開始だ。

 窓から身を乗り出し消火器を下へと落とす。


 〝クシャ!〟 重力によって加速度のついた消火器は軽い音を立てて一体のウオーカーの頭を粉砕した。そしてウオーカーはそのまま地面に倒れ動かなくなった……。


 ――やっぱりだ! ウオーカーは頭骨の中の刻印で動いている。その情報を知っているだけでこんなにも容易く倒すことが出来る。


 ホースを引いて消火器を回収する。そして再度落とす。魔力も必要ない。上さえ取ればこうして一体ずつ倒していける。そして、いつかはウオーカーを殲滅できる。簡単な話なのだ……。


 手足をもがれても動き続ける死体。疲れることなくどこまでも追ってくる。触れるだけで相手を動けなくできる。噛み付く事で容易く人を死に追い詰める。そして増殖する。その恐怖心がこのウオーカーと言う兵器を成立させている。仕組みさえ判ってしまえば対応策はある。


 ――もしかしてこの方法、本物のゾンビにも有効なのではなかろうか……もっとも試す機会はなさそうだが……。


 この作業を五十回ほど繰り返した。流石に重い消火器を上げ下げするのは疲れてしまった。残りは少し休憩を挟んで行うとする。俺は梯子を上り屋上へと戻った。



「どうでした」谷一葉が聞いて来る。

「大分うまくいった。今日中には粗方駆除できそうだ」

「え? ウソ……」

 ――俺は信じられていなかったのだろうか……ちょっと傷つく。


「そこから下を見てみろよ、散らかってるから」

 彼女は這う様にして屋上の端に行き頭だけ出して下を見た。


「ウソ……一杯倒れてる。でも、どうやって……」

「あいつらは頭……特に後頭部が弱点なんだ。だから紐を結んだ消火器を落として叩き潰した」

「そんな簡単な方法で……」

 彼女にとっては 〝信じていなかった〟 と言うより 〝信じられない〟 と言う方が適切なのかもしれない。何せこれまで一年以上も逃げ続けてきた相手がこうもあっさり倒されているのだから……。

 勿論それを思慮が浅いなどとは思わない。彼女にとってのウオーカーは思わず目を背けたくなる醜悪な化け物に映っていたのだろう。


「少し休んで、また昼から続けるよ」そう言って俺は竈に火をおこし、お湯を沸かし始めた。

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