第25話『生存者』
俺は四階から屋上へと上がる梯子を慎重に上った。
最初に見えたてきたのは植物を栽培するプランターと植木鉢。約屋上の半分を占めている。その向こうにブルーシートが低い位置へと設置されている。中央にある給水塔を挟み、さらに奥によく運動場で使用されるイベントテントがいくつか見えている。俺はそのまま屋上へと上がった。
プランターに枯れた植物と雑草が生えている。枯れた植物から想像するにトマトやナスビを栽培していた様だ。
ブルーシートは低い位置に設置され、その下のポリタンクに水を集める仕組みになっている。
俺は奥のイベントテントへと向かった。
イベントテントは風で飛ばない様に針金で床に固定されている。そしてその一つが風が入らない様に周囲をブルーシートで囲われていた。
「おい! 誰かいるのか!」
返答はない。
俺はゆっくりと細心の注意を払いブルーシートをめくった。そこには……。
床には体育マットが敷かれ、その中央に毛布にくるまった赤いジャージの女性が一人倒れていた……。
「おい! 大丈夫か! 生きているか!」
女性に意識は無い様だ。顔を近づけると僅かに呼吸をしている。脈は取れない程に弱っている。抱きかかえて判った。身体が異常に軽い……。体温も低下している様だ。
これは恐らく栄養失調だ。脱水症状も起こしているかもしれない。本来であれば点滴での治療が望ましい。
だが今この場にそれらは無い。このまま意識が戻らなければ最早回復の見込みは無いだろう。
俺は急いでボストンバッグを開き、少量の砂糖と塩をマグカップへ入れ水を注いだ。女性を抱きかかえ口元へマグカップを押し当てて少しずつ口の中へと流し込む。
ゴクリ……彼女は飲み下した。
よかった……。俺は安堵した。ようやく生きた人間に会うことが出来た。
その後、少しだけ砂糖と塩の濃度を上げさらに水を飲ませてから彼女を寝かしつけた。
――どうやら何とかなりそうだ。実際にはそこまで惨い状況では無いのだろう。暫く回復を待ってから事情を聴くとしよう。
「リルカ、ありがとうな。お前が居なければ出会うことが出来なかった」俺は素直に感謝を述べた。
(いえ、本当に助かってよかったです)
「うん、そうだな」
(それでこれからどうします)
「取り敢えずはここを活動拠点にして、彼女の回復を待ってから次を決めようと思う」
(わかりました)
「いいのか」
(ええ、構いません。何かしらの活動をしていれば、近くに居る精霊様の方から接触してくると思います)
「そっか……」――そう言う事ならまあ良いだろう。
俺は一度四階に降り、そこにあった木材と毛布を持って屋上へと戻った。
もう一つ隣のイベントテントにレンガで作られた
この屋上には色々な物が設置されている。レンガで出来た竈。調理用の机とまな板。ペットボトルを利用した浄水器。洗濯板にタライ。物干し台にジョウロを利用したシャワーの様な物も置かれている。ここで彼女はずっと一人で生活していたのだろうか……。
時刻はすでに夕刻になり始めた。周囲のウオーカーの排除に時間を掛け過ぎた様だ。
徐々に暗くなり始める中、俺は小麦粉を水で練りお焼きを作り始めた。今回はやや砂糖を多めに入れそこにあったフライパンで焼いて行く。しっかりと火が通ったら探索で見つけたハチミツとシナモンを振りかけて食べてみる。――うん、出来の悪いパンケーキの味がする。卵とバターがあればまともな物になるのだが……。
(ゆっきー)リルカの声に気付き顔を上げた。
女性がブルーシートの隙間から這い出してきた。
「おい! 大丈夫か!」
「はい……なんとか……」女性は弱々しく声を上げた。
俺はすぐに彼女の元に駆け寄り抱き起した。
「あの助けに来てくれたんですよね……」
「ああ、そうだ。俺はお前を助けに来た」そうはっきりと伝える。
「よかった……ありがとうございます。ありがとうございます」
俺は彼女を近くの椅子に座らせた。
「大したものは無いが取り敢えず何か食べるか」
「あ……はい……。あ、あのミサキちゃんやクリちゃん達はどうなりました」
「済まない、俺はその人たちを知らない。ここには偶然立ち寄ったんだ」
「そうですか……」そう言って彼女は俯いた。
「……」何かの事情がありそうだ。
俺はもう一度お焼きを彼女の為に焼いた。さらにお湯を沸かし、砂糖を多めに入れたインスタントコーヒーを淹れた。
「俺の名前は
「私の名前は
「それで、ここで何があった」
彼女は掠れるような小さな声でとつとつと語り始めた……。
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