第24話『女子高校』


 俺は注意深くグランドを進んだ。


 小石を投げるだけなら今の自分の状態でも百メートル位は投げられる。しかし、魔力を通し頭蓋を粉砕するには少なくとも五十メートルには近づかないといけない。さらに命中精度を考えるなら三十メートル位には近づきたい。


 ゆっくりと慎重に何度か立ち止まりながら近づいて行く。気づかれた様子無い。百体ぐらいでは左程探知範囲は広がらないのだろうか。五十メートルの射程圏内まで近づけた。一体のはぐれたウオーカーがこちらへ向かってくる。

 俺は小石を構えた。


「ブラスト!」掛け声と同時にイメージを乗せ小石を投げつける。小石は 〝パシュ!〟 と小気味よい音を立てて飛んで行った。

 呆気なくウオーカーの頭蓋がはじけ飛ぶ。そして、プツリと糸が切れたようにその場に崩れた。――よし。


 他の者に気づかれた様子はない。やはりウオーカーは生物では無いと実感した。

 もし生物であれば、仲間がこんな近くで倒されたなら襲い掛かるか逃げ出す行動に出るものだ。そう言う反応が無いないと言う事はやはり生物で無く、死体を使った操り人形と言う表現がぴったり合っている。

 俺ははぐれてこちらへ近づいて来る奴だけ狙い倒し続けた。


「粗方片づけたな……」

 ここから校舎へと一気に走り、ウオーカーの居ない端の方から二階の窓に飛びつき侵入する。


「リルカ準備は良いか」

(はい、いつでも来いです)

「GOだ」

 そう声を掛け俺は校舎へ向けて駆け出した。


 走り出してすぐにウオーカー共に動きがあった。こちらに気づいた群れの一部が集団から離れ、何かを求める様に歩き始めた。他の個体も次々とそれに続き始める。やがてその場にいた全てのウオーカーがこちらへ向けて歩き出した。


 約百体のゾンビ集団が力なく手を伸ばしゆらゆらとこちらへ近づいて来る。その集団に向かっていく形で校舎に近づく。僅かに足の速い個体が突出して追いかけて来る。

 俺はそれを避ける形で回り込み、校舎下の花壇に足を掛けた。


「リルカ! 今だ! エアウオーク!」

(はい、行きます。〝大気よ、包み込め! 重量軽減エアウオーク!〟)


 花壇を踏み台にして飛び上がる。約二秒間の無重力状態……。――あれ? いつもより時間が長い!

 俺は二階の窓枠に頭をぶつけながらそのまま室内へ飛び込んだ。


「……」頭を抱え床にうずくまる。痛い……。

(すみません、ゆっきー。少し気合を入れ過ぎました……)

 ――このやろ……。まあ、何とか無事校舎に侵入できた。

 俺は暫くその場でうずくまり、回復を待って校舎の中の探索を始めたのだった。



 校舎の窓は全て粉々に割れている。これは恐らく世界衝突の時の空震のような現象が原因だろう。これまでも稀に車の窓が残っていたが、ほとんどのガラスが割れていたので不思議ではない。

 しかし、教室の中には見事に何も無い。ガランとした空間が広がっている。

 俺は廊下へ出た。他の教室にも何も残されていない。校舎中央の階段が見えてきた。


 ――成る程……。一階からの階段はロッカーと机と椅子で埋め尽くされていた。この下にもウオーカーが居るのだろう、カサカサと小さな音が聞こえて来る。二階の踊り場にもバリケードが築かれているが、三階の手すりから手製の縄梯子が下がっているのを見つけた。


 リルカによるとウオーカーが死体になっても歩けるのは、人間の本能の中に二足歩行の情報がある為だと言っていた。なので学習の必要な梯子を上るような動作は出来ない。これを設置した人間はウオーカーの特性をよく理解している。


 俺は梯子に取り付き三階へと上がった。


「う、何だこの臭い……」ここには異様な臭気が漂っていた。俺は臭いの元を探しながら廊下を歩いた。


 三階の西の端が崩れている。どうやらこの崩れた教室が匂いの元の様である。そっと割れた窓から覗きこむ。

 ――うっ、ものすごい臭気だ。どうやらここはゴミ捨て場に利用されている様だ。色々なゴミが無造作に投げ捨てられているのが見えた。屎尿の匂いも混ざっている。俺はすぐにこの部屋から逃げ出した。


「物凄い、匂いだったな……」

(ううう、臭いです……)

 どうやらリルカも嗅いでしまった様だ。

 だが、これではっきりした。ここには人が生活している。いや、もしかすると近々まで生活していただ……。


「リルカ、人の気配はないのか」

(上の方に少し何かの気配はありますが、人なのでしょうか……)

 行ってみるしかないか。

 俺は階段を四階へと上がった。廊下をゆっくり各教室をしっかり確認しながら捜索した。


 確かに生活痕はある。机を並べて風よけが作られている。カーテンを利用したテントも見つけた。さらには乱れた着衣や毛布……。つい最近まで人のいた気配がある。もしかするとその所為で魔力の残滓が残りここにウオーカーが集まったのかもしれない……。


「おーい! 誰かいませんかー!」大声を出してみた。

(あっ!)リルカが声を上げる。(上です。上に生きてる人が居ます!)

「?」階段は四階までしかなかった……。だとすると……。


 俺は急いで西の端の教室へと向かった。

 半分まで崩れた床の端にアルミ製の梯子が架けてある。

 この上は屋上だ……。

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