第22話『横浜』
目の前には海が広がっている。その海は東京湾へと繋がっている。
恐らく横浜駅を中心として直径約十キロ。綺麗な円を描き街が消滅している。海の中には何も見えない。
何が起こったかなど問う必要は無いだろう……リルカからも聞いていた。横浜の街の中心街は異世界へと転移してしまったのだ。
俺はその境界線で地面に座り込み呆然と海を眺めた。
吹き付けて来る冬の冷たい潮風。どんよりと厚い雲の垂れ込めた空。それらをただぼんやりと見つめ俺はひざを抱えた。
(大丈夫ですか、ゆっきー)
「ああ、うん……」俺は生返事を返す。
もう嫌だ……。本当は心が折れた、ポッキリと音を立てて……。
別段ここに大事な物など無いと思っていたのに嘘だった。取り立てて何も無い普通の自宅アパート。嫌いだった職場。どうでもいいと思っていた会社の同僚たち。既にすべてを失う覚悟は決めていたはずなのに、実際に目の当たりにしてみると、そんなことは無かった。覚悟などできていないと思い知らされた。ただ俺が現実を受け入れていないだけだった。情けない……情けなくて涙が出て来る……。
ひとしきり涙を流す間リルカは黙っていた。
「なあ、リルカ……」
(はい)
「アーヴに現れた街ってここのことなのか……」
(すみません。私も直接見に行ったわけで無いので判りません。ただ……)
ただ……何だと言うのだろう。リルカは一瞬為を作り真面目な口調で語りかけてきた。
(……現れた街は一つで無いと聞いています。大陸の南を中心として確認されたものは五つ。それ以外にも奇妙な建造物や海水で出来た湖があったと聞いています)
「な……」俺は絶句した。どうやら俺の想像していたものよりも何倍も上を行く事態が起こっているらしい。これが世界衝突と言う現象なのだ……。
――これではまるで旧約聖書の黙示録だ……。
その時ふと目黒区で見た小学校を思い出した。暴動がおこる訳だ……。これ程未知の事態が立て続けに起こったなら誰だって不安に駆られる。不安は募り恐慌をきたす。人が絶望的な状況で理性を保つには確たる希望が必要なのだ。今の状況にはそれが無い……。
恐らく東京から人が一人もいなくなった原因もそこにありそうだ。黙示録・アポカリプス・終末……それを感じて生存者たちはパニックに落ちいっているのだろう。
「リルカ、向こうへ行った街の住民はどうなんだ。皆無事だったのか」
(それについては何とも言えません……)リルカは言葉を濁した。
リルカの言葉に不安や迷いを感じる。こいつは何かを隠している。
「リルカ正直に話してほしい」
(……はい、……でも、不確定ですし、あまり良い話ではありません)
そう前置きをしてリルカは語った。
(……今、人族の間で起こっている戦争はそれが主な原因だと思います)
――そう言う事か。
突然の異世界への転移。事情も分からず状況も把握出ない。そんな中でまともな判断が出来るとも思えない。そんな混乱した状況で全く違う文化に触れれば戦争だって起こりえる。不安が判断を誤らせる。そう言う事だ……。
「なあ、もし俺達がシルフィーネス様を見つけたら元に戻すことは出来るのか」
(恐らく街を戻すことは出来ないと思います。ですが、人だけならゲートを開いて連れ戻す事は可能なはずです)
「お前が通って来たゲートは使えないのか」
(あれも風の精霊宮にありますから立ち入るにはシルフィーネス様の許可が必要です)
「そっか……」
これでどうやらそのシルフィーネス様を探す理由が俺にも出来た様だ。
彼女を探し出し人々を連れ戻す。それが今からの俺の目標になった。
「よし!」
そう掛け声をかけて俺は立ち上がる。
「なあ、リルカ。お前はどうやってこちらの世界でシルフィーネス様を探すつもりだったんだ」
(大精霊様方と高位精霊の方々を合わせて約二百人の精霊がこちらの世界に来て居る筈です。ですから私が魔法を使いながら移動をしていればいずれ向こうから接触して来るかと……)
こいつは意外にしっかりとした作戦を立てていた。もっといい加減な奴かと思ってた。
「成る程な……それは俺が魔法を使っても大丈夫なのか」
(もちろんです。魔法を使う事の出来る精霊の御子なんて伝説級です)
――いや、それはそれでこっぱずかしくて嫌なのだが……。やはり魔法はこっそりと使うことにしよう。
「取り敢えず、今晩の寝床を確保しに行こうか」
(はい)
そう言って俺はリルカと共に来た道を引き返した。
これは、別にヒューマニズムの
そう考えながら俺は今日の寝床になる建物を探した。
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