第20話『風のウイザード』
「……あれ?」――何が起こったのだろう……。
急に膝の力が抜けて流れに足をとられた。仰向けに倒れ身体が多摩川に流されていく。
水深は30㎝強だった。左程流れも無く足場もしっかりしていた。普通に歩いていただけなのに足の力が抜けて……。力が抜けた? 何故?
俺は川底の石を右手で掴み倒れたあたりの水面に顔を向けた。
その時、水しぶきを上げ水中から何かが飛び出した! 白い……白い骨……骨の腕。しまった……。
俺はすっかり忘れていた。俺の考えが及んでいなかった。俺はリルカから聞いていた。“ウオーカーは水中に潜ませることが出来る” と……。
一瞬だけ脚を掴まれたのだ。そして魔力を奪われた。
魔力は生命のエネルギーである。完全に失えば命も失う。急激に奪われただけでも意識を失う。
ゴポゴポと音を立て、水の中から胸部に僅かに肉を張り付かせただけの骸骨が立ち上がる!
そして、さらに大事な事を失念していた。
川の流れは魔力の残滓を押し流す……。
何も俺の方だけではない、ウオーカーの魔力だって水で流れる。リルカの妖精としての優秀な魔力視をもってしても水の中の魔力は見えないのだ! だから気づけなかった!
手足には碌に力が入らない。俺は右手を放し流れに身を任せた。体がゆっくりと流されれていく。
川の中から次々と骸骨もどき立ち上がり始めた。その数五体。最初から水の中へと潜んでいたのだ。
――ちっ! 失敗した……。ほんの少し注意をしていれば! もう少しだけ警戒心を持っていれば!
まだ足に全然力が入らない。手だけは何とか動かせる。くそ! これでは逃げられない!
「リルカ……」
(……)返事はない。
――成る程、そう言う事か……。どうやら風の探知の力も弱まっている様だ。
ウオーカー共がこちらに狙いを定めて近づき始めた。まずい……。
俺は録に力の入らない右手で川床を必死に掻き流れに乗る。このまま流れに乗って何とか距離を……。
しかし、この状態ではどうやらウオーカーの方が早い様だ。次第に距離が近づいて来る。まだ足には力が入らない。
――怖い。徐々に近づく死の恐怖。
もし、もう一度掴まれてしまえば終わってしまうだろう。だけど俺は諦める訳にはいかない。何故なら俺は気を失っていないから……。
ウオーカーに魔力を吸われれば気を失う……だけど俺は気を失ってはいない。
それは、恐らくリルカが身代わりになった所為だろう。小さなこいつが身代わりとなって俺を守ってくれた。精神体である妖精は魔力を失うと完全消滅の危険があると聞いている。それを知っていてこいつは俺を守ってくれた。
――だったら俺もこいつの為に最期まで足掻ききる!
あと距離は5メートル。右手で川床の石をさらい投げつける。石は届かず川面に落ちた。
それでも俺は川床を掻いて石を拾い上げ投げつけた。あと四メートル。今度の石はウオーカーの胸に当たり僅かに怯んだ。
もう一度、石を拾い上げて投げつける。今度の石は真っ直ぐな軌道を描きウオーカーの頭に当たった。残り3メートル。
――今のは何だ? 明らかに自分で投げたのよりも威力が増した。それに一瞬だがリルカとの繋がりをはっきりと感じることが出来た……。
まさか……もう一度……。
その時、川面に一陣の風が吹き抜けた。川面が揺れる。
不意に理解した……。
原子の起こす熱振動。分子の起こす熱運動。大気中に分布する粒子の流れ。その揺らぎがムラを生みエントロピーの法則に従って方向性を持つ流れを作り出す……。
草原を吹き抜ける。若草を揺らす。タンポポを運ぶ。
海原を駆け抜ける。波を作り出す。飛沫を飛ばす。
大空を突き進む。雲をちぎる。高く高く舞い上がる。
大量のイメージが凝縮されて指先に集まって行く。そのイメージに想いが籠る。想いが絡まり螺旋を作り渦を生む。
俺は川床の小石を拾い上げ投げつけた。
指から離れた小石が渦に飲まれて激しく回転を始める。そして、螺旋の渦がまっすぐに伸びていく。小石がその渦の中を飛んでいく。
“パンッ!” 軽い炸裂音を響かせて小石は右手を離れて行った。まっすぐに伸びていく渦が川面に波紋を作り出す。波紋が水飛沫となって降り注ぐ。
そして、ウオーカーの頭が消し飛んだ。
糸の切れた人形の様にウオーカーは崩れ落ちた。
「……」
いや、呆けている場合ではない! あと四体が近づいている。俺は急いで川底の石をさらった。
倒した。
いや、石は四っでよかった……。威力も狙いも投げる前から調整できる。はずしようが無いのだ。威力は多少オーバースペックだったかもしれない。四体とも上半身が消し飛んだ。
それから何とか動けるようになった俺はすぐに起き上がりバッグを回収した。
河原で薪を集め火を起こす。冷え切った体を温めた。
今のは何だったのだろう? 奇妙な感覚だ。リルカの言っていた風の加護なのだろうか。俺は震える体を温めながら考えた。
冷え切った胸の中も徐々に温まって来ている。
リルカは俺に気づかれない様に黙っている様だが、俺は知っている……。こいつは最初俺に入って来たときは今と同じように瀕死の状態だったのだ。氷のように冷たくて今にも消え入りそうなくらい希薄だった……。
無理に事情を聴くつもりはない。こいつが話したくなった時話せばいい。
だが、そんな時でもこいつは明るく話しかけてきたのだ。だから俺はこいつを信用したし受け入れた。
薪を拾い炎の中へと放り込む。だから……。
(ゆっきー……)弱弱しくリルカの声が聞こえた。
「リルカ! 無事か!」
(ゆっきー……無事です……逃げて)
「いや、もう大丈夫だぞ」
(……逃げて……)
気が付くと下流から五体ほどのウオーカーが近づいて来ていた。俺は足元との石を五つ拾い上げた。結果だけ言うと三つで良かった……。
(……)
――まあ、そうなるよな……。
「なあリルカ。これってリルカの風の加護の所為なのか」
(いえ、今ゆっきーが使ったのは間違いなく 〝清らかなる風〟 の聖句。風の基礎魔法の一つ
「……」うん、なんとなくわかっていた。何か違うとわかっていた。この力は次元が違う。
(ゆっきー、おめでとうございます。貴方は 〝風の
リルカはそう明るく告げた。
第一章 『終末世界のサバイバル』 終わり
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