第15話『北上』

015『北上』



(ゆっきー、外にウオーカーが接近してます)

 丁度マンション一階のエントランスに到着した時、リルカの警告が発せられた。


「!」

 俺は辺りを素早く見まわし、割れてしまっている窓から身を乗り出しマンションの裏手へと脱出した。

 そのまま東へ走り隣のマンションの裏を抜ける。そして、駐車場も駆け抜けて、リルカのエアウオークでフェンスを飛び越えた。


 流石に連日襲われていると、もう慣れた……。


 リルカはアーヴの世界でウオーカーはよく森などに放置されていると言っていた。最初は理解できなかったが冷静になってみると次第に判って来た。ウオーカーは意外に欠点の多い兵器なのだ。

 自動追尾なのに動きが遅い。追尾能力は高いそうだが探知範囲はさほど広くない。攻撃範囲も狭く防御力も無い。光魔法や神聖術が弱点らしいが、それが無くても急所さえ知っていれば弓矢や槍で倒すことが出来る。集団にさえならなければ十分に対処可能な代物なのだ。

 勿論そんな風に言えるのは全てリルカのお陰である。こいつが居なければ最初の遭遇時点で終わっているだろう。

 この世界に置いて死体が動くと言う未知がウオーカーの最大の武器になっている。



 俺はそのまま裏路地を走り駒沢通りへと出た。

 そう言えば中目黒の方でよく見かけた赤い蔦 〝節蔦〟 はあの地域以外では見かけていない。植物なので勢力範囲の様なものが存在してるのだろうか。その代わり……。


「リルカ、ウオーカーは居るか」

(いえ、大丈夫な様です)


 路上のあちこちに遺体が放置されている。見渡せる範囲で三体。どれも体が損傷して最後に頭を打ちぬかれている。恐らく自営隊の仕業だろう。撤退しながらウオーカーと戦ったのだ。駒沢通りだけに放置されているのでやはり西へと避難したと推測できる。


 ウオーカーとの遭遇を避ける為、環七の少し手前の小道へ入り北上した。環七に沿う様に裏道を進み駒沢公園の北へと抜けた。そして国道246号線へと出た。


 上を走る首都高3号線が落ちている。当時下を走っていたであろう多くの車が潰れ、そのまま放置されている。周囲にオイルとガソリンそして何かの腐敗臭が漂っている。

 俺は首都高の壁をよじ登りその上に立った。


 ここにも潰れてしまった多くの車が放置されている。確かにこの状況ならば瓦礫を撤去するより迂回路を作った方が手っ取り早い。なので後回しにされたのだろう。

 俺は傾いた道路の上を横切り246号線を抜けた。


 道路が瓦礫に塞がれ人通りがあまりなかったせいだろうか、どうやらこの辺りは世界衝突の日をそのまま残している様だ。ビルの壁面に砲弾でも撃ち込まれた様に穴が開いている。街路樹の幹が根元からへし折られている。潰れた家から持ち出されたらしき家具や家電製品が歩道に放置されている。そして一番気になるのは……。

 首都高3号線の側面の大きな鉄骨に穴が開いている事だ。大きさは人の頭位。それが内側から外へ弾ける様に破壊されている。どうすればこんな風に壊れる? まるで内側から何か飛び出してきたみたいに穴が開いている。

 この一件だけでも世界衝突が得意な災害だったことが伺える。砲弾のように一定方向から破壊されたのではなく、あらゆる方向から無作為に壊されたように見える。――これじゃ、どうやっても防ぎようがないじゃないか……。

 もしかして世界衝突の時の死傷率は俺の想像よりももっと高かったのかもしれない。

 ――え? あれ? 何かおかしい……。



「なあリルカ、ちょっと休憩しようか」

(はい)

 時計が無いのではっきりしないが、時刻は既に昼を越えているだろう。俺はその辺りに転がっている木材や雑誌を拾い、近くにあった立体駐車場に入った。ゲートを乗り越えて車の一台もいない駐車場を上階へと上がる。三階まで上がったところで四階へのスロープが破壊され上がれなくなっているのに気が付いた。その場で適当に瓦礫を集め竈を作った。木材を敷き火を点ける。バッグから小鍋を取り出し水を注ぐ。コーヒーと砂糖をマグカップに準備し沸騰したお湯を注いだ。俺はその場にあったコンクリート片の上へと座りコーヒーを口へと含んだ。疲れた体に甘いコーヒーが染み渡る。



「なあ、今回の世界衝突の時ってアーヴの方ではどうだったんだ」

(それは大変な騒ぎになっていました。でも、アーヴでは衝突の時期をある程度知らされていたので、そこまでの混乱はありませんでした)

「知らされていた? どう言う事だ」そう言えば世界衝突は千年毎に引き起こされていると言っていたな……。


(精霊様のお告げによって一年ほど前から大体の時期を告知されていました)

「成る程……」どうやら事前に予言があったらしい……。「それで、アーヴで何が起こった」

(衝突の時ですか……。えーと、大きな地揺れと引き裂かれる大気の音。周囲から気温と魔力が一気に失われ、そして、空から色々な物が落ちてきました)

「落ちてきた?」

(はい、恐らくこちらの地球の物が空から沢山落ちてきました)

「それで」

(色々な災害が起きました。大陸の南では国の半分が海に飲まれたと聞きますし、こちらの世界の街らしきが現れたとも聞きました)

「成る程な……」リルカの言っている事は俺の経験したものともある程度符合する。こちらの世界にも節蔦やウオーカーがやってきている。符合していない部分は俺がまだ見ていない場所で同じ事が起こっている可能性もある。


(……そして、その直後から疫病が蔓延し始め、人や獣たちが次々と倒れました。私たち妖精もその調査に向かい、大勢が罹患してしまいました……)

「うん……」それは以前に聞いた話だ。「なあリルカ、アーヴでは世界衝突は一回だけだったんだな」

(え??  あ、はい」

「それでアーヴの方の被害は地球と比べてどうなんだ」

(えーと、やはり大分少ないと思います)

「建物の壊れ方とか見てどう思った」

(確かにアーヴとは違うと感じました……)


 やっぱりだ! 俺の記憶とアーヴで起こった現象はほぼ一致している……今はそれが問題なのだ。


 何故なら……俺はところを見ていない!

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