第14話『駒沢公園』

014『駒沢公園』


 眼下に広がる公園の敷地。植えられた街路樹の隙間へ大量に見える青や白や緑のビニールシート。

 平時であればこの光景はお祭りに並ぶ屋台に見えたかもしれない……。



 駒沢公園に向かった俺達は、公園の近くで世界衝突前は二十階以上あったであろうマンションを見つけた。階は上にいくほど崩れており、今では十七階の壁だけが辛うじて残っている状態だった。


 開け放たれたままのエントランスを通り階段室を上がる。問題なく十一階まで上がり、そこからは瓦礫をよじ登って十三階までやって来た。そこからさらに、リルカのエアウオークを使い十四階・十五階とよじ登った。これ以上上の階は足場が無いので無理そうだ。

 十五階の僅かに残ったバルコニーから下を望む。

 

「どうだリルカ。公園の中の様子わかるか」

(やはりウオーカーが居ます……)

 うん、それは俺にもわかっていた。実はあのモンスターはゾンビの様に匂いはしない。僅かに古くなった油ときな臭い漢方薬の混じった様な匂いがするのだ。リルカの集めた風にはその特有の匂いが紛れ込んでいた。


(……数はそれ程でもないようです。十体ほどの群れがいくつか森を徘徊してるようです。それ以外にも休眠状態の者もいます。この森全体で千体と言ったところでしょうか)

 リルカは風に含まれる魔力の残滓を見ているそうだ。

 ――どうしてだろう、思っていたのよりずいぶんと数は少ない様に思える。


「リルカ、生きてる人間は居るか」

(……いえ……。見当たりません。でもこの方法だと密閉された室内に居たら見つけられません。もう少し探ってみますか)

「いや、いい」発生からすでに一年以上経過している。競技場などを使いうまく立て籠もれば、生存は可能かもしれないと考えたが、密閉空間となるとすでに期待は薄いだろう……。

 実際ウオーカーの歩みは遅い。風や水をうまく使い追跡を逃れる手段があれば、逃げ惑いながら生存していく方法も無いことは無い。そこに期待をしていたのだが……。恐らくここにもう生存者はいない。


 それにしても、数が想像より少ないのは解せない。

 一昨日、中目黒公園で目撃したウオーカーの数は約二百体……実際にはもっと数が居ただろう。それに対してこの駒沢公園は元から災害発生時の重要拠点として整備されていた。世界衝突の際にはここに十万人規模の避難民が居たはずである。同じ状況でウオーカーに襲撃されたのであれば、ここの被害はもっと大きなものになっていたはずだ。

 だとすると、ここが襲撃を受けたのは朝になってから……事前に情報も入手出来て、避難誘導もかなり適切に行われたと推察できる。


 ここで少し状況を整理してみよう。

 南へ行くほど被害が大きく、人々が南西方向に逃げている……。だとすると最初の発生場所はここより南東方向。港区や品川区あたりだろうか。船を探しに海の方へ行かなくて正解だったかもしれない。

 そうなるとここに居た人たちの避難経路は西か北。ウオーカーの特性はゆっくりとした二足歩行。恐らくここに居た人たちは西へ避難し多摩川を渡ったと考えられる。


 なるべく直接後を追っていきたいが、昨日の事を考えると橋に近づくのはちょっと不安になって来る……。もう少し北へ移動しそれから多摩川を渡った方がよさそうだ。


「狛江辺りまで行ってみようか……」その辺りまで行けば、多摩川を渡るポイントも多い。

(移動ですか)

「そうだな……でもその前に」俺はそう言いながら十五階のバルコニーから飛び降り、十四階の瓦礫の上に着地した。「ここの捜索をしておこう」


 すでに階段も崩れたこの階へは通常の手段では上がってこれない。いつ崩れるともわからないこの場所を誰かが探索したとは思えない。俺は半壊した室内の瓦礫の上を移動した。



 崩れ去った天井と壁の隙間から青空がのぞいている。皮肉な事に人の住まなくなったこの東京の空は驚くほどに澄んでいる。都会の喧騒は消え、只風の音だけが聞こえて来る。凍える様な風に吹かれ小さな雲が流されていた。

「本当に皮肉だよな……」俺は本心からこの景色を美しいと感じてしまった。


(こうして見ると大きな街だったんですね)

 崩れた壁の隙間から東京の街並みが見渡せたのだろう……。

「まあ、ここは日本の首都だからな」

(首都? 王都では無いのですか)

「この国は議会制民主主義だから国王が居ないんだ」

(議会……成る程、自由交易都市のような国なのですね)

「まあ、そんな感じだ」よくは知らんけど……。


 瓦礫の積もった室内を奥の方へと移動する。瓦礫に埋まり判別しにくいが、この部屋は元はダイニングキッチンだったのだろう。だとするとこの辺に多分対面キッチンが設置されていた……。俺は慎重に瓦礫をどかした。


 小さく砕けたコンクリート片。壁の中にあったのだろう鉄筋。カーペットの切れ端は上の階の物だろうか。

 すぐに大きな冷蔵庫が出てきた。変形して開いた扉から異臭が漏れている。恐らく中身は全滅だろう。冷蔵庫の上に乗りさらに奥を捜索した。


「おお!」

 潰れた棚からパスタが出てきた。さらにもう一袋。

(それなんですか?)リルカが聞いてきた。

「スパゲッティーとペンネと言う食べ物だ」

(何だか木の枝みたいに見えます)

「湯掻くと柔らかくなって麺になるんだ」

(麺? ですか……)どうやら麺を知らない様子だ。アーヴに麺は無いのだろうか。


 さらに探索を続ける。ホールトマトにコンビーフの缶詰。オリーブオイルも出てきた。――まるで遺跡を発掘してるみたいだな……。おかけで今晩は豪勢な食事にありつけそうだ。

 それ以外にもマイヤーズのラム酒の瓶と何故か大量の手拭いも発見した。五枚ほど頂いておく。

 発見したそれらをバッグに詰めてここを去ることにした。


 その時……。「……」

 上がって来る時には気づかなかったが、瓦礫の間に衣類と人の骨が散乱している事に気が付いた。


 ――申し分けない……。俺は心の中でそう呟き手を合わせた。

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