第13話『小学校』


 簡単に荷物をまとめ再度オフィスを捜索した。ガムテープとセロファンテープ、カッターナイフに鋏を見つけた。ついでに懐中電灯も見つけたが風の探知があるので必要ない。それらを持ってこの場所を後にした。


 各階のフロアーを確認しながら階段を降りる。二階だけは一時的に人が住んだ形跡があったが、その他の階はどこも何も残っていなかった。ここに住んでいた人たちがうまく逃れることが出来たのか心配になった。

 オフィスビルを後にし、一路北西方角を目指す。


 歩き始めてすぐに小学校らしき建物が見えてきた。

 建物は半壊し焦げている。建物の周囲にブルーシートで作られたテントが見える。

 そう言えば昨日はあまり気にしなかったが、公園や学校であったらしき空き地に人が住んでいた形跡があるのは珍しい。どこも瓦礫置き場に使われていた。


「そう言えば妙だな……」

(何がです?)

「あ、いや、ちょっと中を見ていきたいが、中に何かいるか」

(いえ、私には感知できません)

「よし、ちょっと行ってみよう」

 俺は壊れて閉じなくなっている校門をくぐった。


 建物と一緒にブルーシートも焦げている。段ボールや衣類の燃えカス。テントに設置されたテーブルやタンスも焦げている。

 どうやらここで大規模な火災があった様だ。

 燃えカスがそのままにしてあるところを見ると、その火災の後ここは放棄されたのだろう。


 半壊している校舎の中へ入ってみる。

 一つの教室で焦げた米や大豆を発見した。ここは食料の備蓄に使われていたのだろう。焼け残った物は全て持ち出されており、残っているのは全て炭化している。


 それにしても……。

 火災の原因は勿論気になるが、どうしてこの場所だけに人が集まっていたのだろう。

 通常の災害であれば避難所は地域ごとに分散して設けられている。それこそ公園や学校と言った施設のほとんどは避難所に指定されている。なのでもっと人の住んでいた痕跡がばらけていないとおかしいのである。一体何があった?

 その時、校庭の片隅にバケツが沢山転がっているのが目に入った。


「ああ、そう言う事か……」

(何かわかりましたか)

「リルカ、水だ!」

 俺は校舎を飛び出してバケツの転がる校庭の片隅を目指した。


 手押しポンプ。そこには現代風にアレンジされたステンレス製の角ばった手押しポンプが設置されていた。

 恐らく東京都内全域で水道が使えなくなったのだ。人は水が無いと生活できない。特にまともに飲める水は貴重になったのだ。だから水場のあるこの場所に人がたくさん集まっていた。


 俺はポンプの柄を押して水を出しバケツに受けた。

「うほ!」少しテンションが上がる。手で水を掬いそれを存分に飲み干す。うまい。

 空きかけのペットボトルに水を注ぎ、顔を洗って頭を洗う。

 ちょっとはしゃぎ過ぎた……冷たい。


 だが、どうしてここは放棄されたのだろう? タオルで頭を拭きながら俺は思案した。

 恐らくここはウオーカーの襲撃以前に放棄されていた。でなければ焼け残った食料が無くなっているのは不自然なのだ。

 考えられるのは疫病や暴徒だろうか……。人々はもっと安全な場所へ避難したと考えるのが自然だろう。

 この近くで考えられるのはやはり駒沢公園。

 生き残った人々はそこへ集まった……。


「なあリルカ。遠くからウオーカーの気配を安全に探る方法はあるか」

(んんーん……。はい、高い場所で風を集めればある程度判ると思います)

「高い所か……」


 駒沢公園に人が集まっていたと言うのなら一応確認だけはして置きたい。まだ生き残りがいるかもしれないのだ。しかし、それは同時にウオーカーの群れがいるかもしれない事を意味する。なので安全を確保しつつ情報を集めたい。


「取り敢えず行ってみようか」

(はい)

 俺はこの水場を離れ駒沢公園へと向かい歩き始めた。

 もう一棟の崩れた校舎を大きく迂回して学校の裏庭へ抜ける。そして、足を止めた。


 その時、視界に入ってきたのは、駐車場に止められ無残に焼け焦げた車たちだった……。

 ――ああ、そう言う事か……。俺は心の中で呟いた。


 通常、止められた車が自然発火する事は有り得ない。それこそガソリンでも撒いて火を点けなければ燃え上がる事はほとんどない。恐らく誰かが故意に車へ火を点けて回ったのだろう。


 この場所に人が居ない理由は、多分、ここで暴動が起きたのが原因だろう……。


 日本人と言うのは非常に礼儀正しくモラルが高い。これは短期的に見れば集団生活に向いている。しかし実情は常に自分を抑えストレスをため込んでいるとも言える。

 数か月にわたる長い避難所生活。一向に届く気配のない援助物資。人々の心も次第に疲弊していく。

 普段の生活で不自由をしてこなかった日本人なら尚更だ。個人が生き残るしたたかさを持ち合わせてはいない。

 そして、ほんの些細なきっかけでその不満が溢れだす。それでも行政がしっかりと機能していれば事態はすぐに冷静さを取り戻し収まが、それらが機能してない場合は歯止めが利かなくなる。

 負の感情が新たな負の感情を呼び起こす。そして……モラルハザード――。


 火災の状況を見る限り一人や二人の仕業では無いだろう。多くの人間が暴徒と化した。その結果、このコミュニティーは崩壊したのだ……。


「嫌なもん見ちまったな……」俺は静かに呟いた。そして駒沢公園へと向けて歩き出した。

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