第12話『三日目』


 方針は既に決まっている。多摩川を渡り川崎に行く。そして生存者を探す。

 問題は橋の周囲にはウオーカーが居座っていて、通せん坊をしている事だ。近づくだけでも危険なので偵察すらままならないが、一応全ての橋に防衛線が引かれ、通行止めになっていると考えておいた方が良いだろう。


 そうなると、移動方法が限られてくる……。

 一つは海に向かい船を調達する。ただし、燃料の継続的な入手が望めない現状では、漁船やプレジャーボートでは無く、手漕ぎのカヌーやゴムボートが望ましい。こちらには風の妖精が居るのでディンギーなどの小型のヨットも良いかもしれない。それらを探すとすれば、アウトドアショップ・釣具屋・ホームセンターになるのだろう。一旦海にでさえすれば、ついでに食料確保も出来る可能性も出て来る。結構魅力的な提案だ。しかし……。

 ウオーカーを避けながらお店を探し探索。運よくそれらを見つけ運搬。組み立て等を行い必要な荷物を積み込み運用。という手順になる。一応、現実的な手段ではあるがハードルは高い。



 第二は多摩川を直接渡る。ウオーカーの溜まっている橋を避け、川に飛び込み渡る。実にシンプルで合理的な案だ。


 避難はウオーカーの発生翌日位から始まったと考えられる。移動速度などを考えても二日後には多摩川大橋に到着しただろう。状況を確認して防衛線の構築に使えた時間は約一日。バリケードは橋の周辺に限定されていると思われる。

 もし、多摩川全体にバリケードが築かれ東京への封じ込めが成功していれば、一年以上たった今でもあの場所にあれだけ大量にウオーカーが居るのはおかしいのだ。安全確保の為ある程度駆除が行われるはずだ。

 逆に言えばバリケードは限定的で多摩川全体には施されていない。さらに、現在の防衛ラインは川崎から後退して横浜又は鎌倉までは下がっているだろう……いや、それは希望的な推測だ。場合によっては静岡まで下がっている可能性も考慮に入れて置こう。


 問題は寒さだ。そのまま何の考えも無しに川に飛び込めば、凍えて向こう岸に辿り着く前に力尽きてしまう。うまく向こう岸へ辿り着いた場合でも安全とは限らない。なるべく早く移動をする必要がある。以上を踏まえ考えると……。


「二子玉川辺りかな……」いくら水量の多い多摩川と言えど、そのくらい上流に上がれば川幅も狭くなり、リルカのエアウオークを使えば半分くらいは跳ぶことが出来るだろう。残りは水に浸かりながら進み上陸すればよい。


(それって何ですか?)リルカが聞いてきた。

「ああ、地名だよ。なあリルカ、ウオーカーって水には強いのか」

(はい、攻城戦で湖に沈めて奇襲攻撃なんて逸話もあります)

 そうかあれは人の形をした兵器だと言っていた。魔力で動く人形ならば呼吸の必要も無いのだろう。だとすると多摩川自体は防衛線になりはしない。川崎はもう浸食されていると見た方が良いな……。



 カーテンの隙間から僅かに明かりが漏れてきた。手で押し開き外を確認する。随分と明るくなってきた様だ。もうすぐ夜が明ける。


 俺はカーテンで急造したテントから這い出した。――うう、寒い。

 小鍋を用意してお焼きを作る。昨晩作った物よりやや塩を大目にして、七味を入れて練り込んでみた。お湯も沸かしてインスタントコーヒーを淹れる。

 味としては……昨晩の物よりしっかりと味が付いていて食べやすいとだけ言っておこう。だが……小麦粉の残りはもう心許無い。あと2食分が限界だろう。どこかで食材の調達が必要だ。


「さて、どうしよう……」俺はオフィスチェアーに座りコーヒーを啜りながらつぶやいた。

(何の話です?)リルカが質問してきた。

「ん、いや、今はどうやって食料を手に入れるか考えていた」

(狩りですね)何やら楽し気に言っているのが判る。

 こいつは弓矢を使うと言っていた。そう言ったことが好きなのだろうか……。


「うん、まあそうだな。弓矢好きなのか」

(はい、私の名前のアーティクルは加護持ちの弓兵に付けられる名前です)

「加護持ち?」

(加護と言うのは生まれた時に精霊様から授かる恩寵のことです。私には風の加護があるので、放った矢に対して命中率上昇と威力増加の効果があります)

「ほう、それは便利そうだな。それって、魔法とは違うのか」

(はい、一応魔力は消費しますが、どちらかと言うと特性に近いものです)

「なるほどな」うん、良く判らない……。

(ちなみに私の加護は周囲にも影響を及ぼしますから、ゆっきーにも恩恵があるはずです)

 やはり仕組みは良く判らない。幸運な人間は周囲を幸せにする様なものだろうか……。


 ――しかし、弓矢か……。


 そう言えば、随分と以前に参加したキャンプ講習で弓の作り方を学んだ覚えがある。確かあの時は三センチ幅に割った竹を何枚か重ね針金でまとめていた。そこへやや太めのナイロンの紐を掛けて弦にしていた。竹を切ったり割ったりする鉈や斧があれば作ることはたやすい。むしろ難しいのは矢の方だろう……。

 本体になる矢竹は、実は東京で意外に手に入りやすい。元々武家の街だったせいか神社やお寺、ちょっと大きな庭のある家に行けばよく生えているのを見かける。それらを使えば作れるだろう。矢羽根は紙やプラスチックで代用できる。問題はやじり……。

 勿論、鏃は無しで矢竹の先端をとがらせるだけで矢は作れる。ただし、その場合は矢が使い捨てになってしまうのだ。やはり何かを工夫して鏃を作らなければいけない……。


「どちらにせよ、弓矢を作るのは道具が揃ってからだな……」

(はい……)リルカが気落ちしているのが伝わってきた。

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