第11話『魔法と魔術』

011『魔法と魔術』


 応接室に移動し、ソファーをパーテーションに寄せカーテンを掛けて簡易のテントを作った。俺はそのテントの中でブランケットを頭からかぶりソファーで丸くなった。開け放たれた窓から冷たい風が吹き込んでくる。それでもパーテーションとカーテンのお陰で寒くはない。


 リルカの風の探知の能力は優秀だ。パーテーションの向こう側でも、意識を向けさえすれば風の流れを読むことが出来る。これならば不意に背後から襲われると言う事は無いだろう。ただ難点を上げるとすれば、こうして目をつぶっていても、不意に意識を向けると勝手に情報が入り込んで来ることだ……。これは慣れないとかなり眠りにくい。


 身体は疲れているのだが、まだ時刻は午後八時くらいだろう。まだ早い時間なので全然寝付けない。テレビもネットも無いので暇を持て余す。


「なあ、リルカ。先程言っていた妖精語って何なんだ」

(妖精語と言うのはアーヴの世界で妖精だけが使用する言語です)

「いや、俺がどうしてそれを理解することが出来るかが知りたいのだが……」

(うーん、何故かと言うのは私にも説明できません。ですが妖精語は精霊語へ音を付けたものです。そして、精霊語は音も形も持たない言語です)

「音も形も持たない……と言う事は、発音も文字にする事も出来ないじゃないか」

(はい、精霊語は感情とイメージで作られた言語です)

「それって言語として成立するのか」

(はい勿論です。ですが使えるのは霊体である精霊の方々と、精神体が本体である妖精だけです)

 ああ成る程、肉体が無いのなら逆に文字や音は意味を成さない。だから直接イメージや感情を伝えるのか。


「それで、俺はどうやって話してるんだ」

(ですから、ゆっきーは妖精語に含まれる感情やイメージを受けて、自分の言語に置き換えているということになります)

 どうやら俺は言葉を理解しているとかでなく、テレパシーの様な物で会話している様だ……。確かにそれなら希少な能力だろう。だが恐らくこれは他人に話しても理解はしてもらえない……この話は他人には秘密にした方が良いようだ。電波とか言われても困る。少し頭が痛くなってきた。



「なあ、リルカはどんな魔法が使えるんだ」これはこの先の生存についての大事な情報確認だ。

(そうですね、基本、私が使えるのは風の探知と風の操作と重量軽減ですね)

 ん? 何か違和感を感じる……。


「重量軽減は風の魔法ではないよな……」どう考えても風に関係ないように思える。

(いえ、これが無いと肉体の時に自由に風に乗って移動できませんから)

 微妙に話がかみ合っていない。重量軽減エアウオークの発動時は、周囲の空気と共に全身がまんべんなく軽くなる感覚がある。これも大気操作ということで風のジャンルに含まれているのだろうか。今一納得できない。


「まあいいか……それで風の操作で攻撃とかはできるのか」

(はい、相手を吹き飛ばしたり、体勢を崩すことが出来ます)

 リルカは自信をもって答えた様だが、その効果は微妙だ。ああ、そう言えばこいつは弓矢を使うと言っていた。それと併用すれば、相手を近づけさせることなく矢を打ち込み放題になるのか……うむ、それは強力だ。


「なあ、リルカ。風を使って相手を引き裂いたりは出来ないのか」

(へ?……いえ、そんな風はアーヴでは吹きませんので……こちらの世界ではそんな風が吹くのですか?)微妙に呆れた様な驚いた様な感覚が伝わってくる。

「いや、想像だ……」ウインドカッターとか鎌鼬かまいたちとか……。魔法と言えども何でもできると言う訳では無いらしい。

(風の精霊の方々であれば、相手を上空に吹き飛ばして地面に叩きつけるとか、周囲の物を風で飛ばして叩き潰す様な強い風も生み出せますが、私には無理です)

「そっか」それはそれで何かがおかしい……。



「それで、俺にその魔法と言うのは使えるか」

(基本、魔法は人間には使えません。物質に干渉できるほどの、強くて正確なイメージをすることが出来ないそうです。ですけど……)

「……」ですけど何だ?

(……ゆっきーは精霊語が判るのでその第一条件をクリアしています)

「精霊語と魔法に何か関係があるのか」

(魔法の発動には 〝世界に意味持つ言葉〟 精霊語の聖句が必要です。魔法と言うのはその聖句を核にして現象を起こします。ただそこに現象を起こすに足る魔力とイメージが無いと魔法は発動しません)


「だが、あのウオーカーと言うのは人間が作った死霊術で動いているんだよな」

(死霊術と言うのは魔法では無く、魔法に似た現象を人間が使うために作った魔術と言うものになります)

 どうやら魔法と魔術と言うのは別の物の様だ。


「魔術は俺に使えるのか」

(はい、ゆっきーは魔力もありますし、学べば使えるようになります。ただ、魔術にはそれを記述する神聖語と起動する刻印が必要になりますが、私はそれを知らないので教える事が出来ません)

「そっか、それは残念だ」俺もその魔術とやらを使って見たかった。


(でも、もしかすると魔法は使える可能性はありますよ)

「人には出来ないくらい強くて正確なイメージが必要なんだろ」

(はい、ですが数々の霊薬を生み出した森の賢者。世界を周った大冒険家のセルアディス。後の帝国の礎を作った魔法王リドバルド三世。これらの人は人間でありながら魔法を使うことが出来たそうです)

「それってお前の世界の伝説だろ」

(はい、でも実在した人物です)

 いや、そんな伝説の人物と比べられても……。


 〝可能性はゼロじゃない〟 は確率が少数点以下で使用される言葉である。幸運で可能性を直接引き上げる事の出来る勇者とかならともかく、只の公務員である俺には、その可能性はゼロの誤差の範囲に含まれる。ここはすっぱり諦めて、もっと現実的な方法を考える必要があるだろう。なので……。


「そっか、ありがとう」と答えて置く。

(いえ……)


 そして俺は静かに眠りに就いた。

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