第10話『オフィス』
窓は全て粉々に割れている。どの扉も強引に開かれたのか錠がドアノブごと壊されている。室内は荒らされ貴重品などは何も残っていないと思われる。
どうやらここは不動産関連の会社であったらしい。間取り図などの書類と共にゴルフ場のパンフレットが大量に床に散らばっている。
パーテイションで囲われた応接室を発見した。大きなソファーが置いて居る。今夜の寝床はここで決まりだ。
部屋の後方が大きなカーテンで間仕切りされている。その向こうは個人のロッカールームの様だ。ロッカーはバールのようなものでこじ開けられ中身は何もない。カーテンを引っ張って回収する。毛布の代わりくらいにはなるだろう。
部屋の隅に給湯室が見える。棚で使いかけのインスタントコーヒーと茶葉を見つけた。さらに捜索すると足元の引き戸から都指定の事業者向け大型ゴミ袋を発見した。防水用に袋ごと頂く。
――さて、暗くなる前に食事を作ろう。
実はリルカの風の探知のお陰で、真っ暗闇でも物は見ることが出来るのだ。だが、如何せん風の探知では色や質感と言ったものが判らない。動きや形は理解しやすいが料理を作るのには不向きな能力である。
小鍋をバッグから取り出し、小麦と少量の塩を入れ、一つにまとまる様に手でこねながら水を少しずつ足していく。硬さは突きたての餅程度。綺麗に一つにまとまったら、再度周囲に小麦粉振るい、鍋にくっつかないようにして薄くつぶす。本来であればここに少しでも油が欲しいところであるが、あいにく持ち合わせが無いのであきらめる。
事務所の方から持ってきたパンフレットを捻ってシンクに放り込み、火を点けた。鍋をゆすって焦げ付かない様に焼いて行く。
(それは何の料理ですか)リルカが聞いて来る。
「お焼きかな……。本当だとこれにソースで味付けして、肉や野菜を挟んで食べるんだ」
(それは、なんだかおいしそうです)
フォークでひっくり返して両面が焼ければ完成である。さらに鍋でお湯を沸かし、シンクにあった茶漉しを使ってお茶を淹れた。
挟むものが何も無いので取り敢えず砂糖を振りかけてみた。
――うん、味は悪くない。後、シナモンでも振りかければ十分に食べられる。
食べ終わる頃にはすっかりと日が暮れ、辺りは真っ暗になっていた。
簡単に片づけをして、服を脱ぎタオルを水で濡らし体を拭く。開け放たれた窓から吹き込む風が冷たい。俺は急いで服を着た。
そう言えば、太陽の沈んだ位置が九月にしては大分南だった気がする……。それに九月にしては明らかに日が短い。
「なあリルカ。世界衝突があったのはお前の世界で一年前なんだよな」
(はい、丁度、春分の日でしたから間違いないです。それから一年と十日後に向こうを出発しました)
「それでアーヴの一年は五百日なのか」
(はい、一日の長さはこちらとほぼ同じで、一年は丁度五百日です)
地球では四月十日に世界衝突があった。それから五百十日後は……三百六十五を引いて百四十五……十月一日だろうか……。
「そう言えば、リルカはこちらに来て地下鉄を彷徨っていたんだよな」
(はい)
「どれくらいの時間いたか判るか」
(いえ……それが、こちらの世界は魔力も薄く精神体だったので、時間の感覚が無かったのです……)
成る程、だとすると今の日付は当てにはならないと言う事か……。
体感的には雪の降り始める十二月と言うのが妥当だろう。――ん? ちょっと待て……。
「リルカ! お前は何故、地球の一年の長さと違いがある事を知っている!」俺は思わず声を荒げた。こいつが地球にやって来て一年未満だとすると、公転周期が判るはずは無い。
(それは伝承で聞いていました)
「伝承だと?」
(はい、アーヴは元々、聖霊と獣の世界でした。約一万年前に人族がこちらの世界からやって来て住み着きました)
「何! それは、世界衝突が一万年前に起こったと言う事か」
(いえ、世界衝突自体は規模の差はあれ約千年毎に繰り返されているそうです)
「千年毎だと……」
向こうの世界で千年前と言うとこちらでは西暦六百年くらいだろうか……。日本では飛鳥時代。聖徳太子の居た頃だ。まだ紙も碌に普及していない時代なので伝承に残らなかった可能性もある。
いや、世界中に伝説として残る精霊や妖精の逸話……。それらがアーヴの世界の話だとすれば納得できるか……。
「成る程、だからお前は最初から日本語を知ってたんだな」
(いえ、それは違います。私は最初から妖精語で話しかけています)
「え? どう言う事?」
(ですから私はゆっきにーの頭の中に直接妖精語で話しかけ、それをゆっきーが自分の国の言葉で解釈してるんです)
「……」そう言えば、昨日目覚めた時にリルカが、精霊や妖精と会話できる人間は稀だと言っていた。それはこう言う事だったのだろう。
どうやら俺が判っていない事が、まだまだあるようだ。
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