第9話『逃走』


 俺は来た道へ踵を返し、一目散に駆け出した。

「何が来た!」リルカへ向けて怒鳴り返す。

(ウオーカーです。物凄い大群がこちらへ向けて移動してきます!)

 ――くっ! しまった。考えが及んでいなかった。恐らく国道一号線だ。そこが橋の手前で封鎖されている。だからこんなに車がここに放置されているのだ。バリケード? いや最悪橋を落とした可能性もある。ウオーカー共もそこまで追って来て、行き止まりで周囲を徘徊し続けているのだ。

 

 狭い路地から十字路へ飛び出した。

 西の方角から大群衆が迫って来ている。道を埋め尽くすほどの集団が路上駐車の車を乗り越えて近づいてきている。その非現実的な光景がマラソン大会のスタート直後を連想させた。


「まさか! もう気付かれているのか!」俺は走りながらリルカを問い詰める。

(恐らく)

「何故、この距離で」

 ウオーカーとの距離は優に五十メートルは離れている。まだ安全距離のはずだ。

(集団になる事で探知範囲が広がったと思われます)

 ――群体……。

 群体とは個体が一か所に集まり、群れを作る事で一つの生命体の様に振舞うことである。元は一つの個体からのコピーなのだ集団を作るのはたやすいだろう。群れる事で探知範囲を広げたのか……。


 俺は北へと向けて駆け抜けた。次の交差点……。

 西を向く。この通りもウオーカー共が迫って来ている! 距離にして三十メートル。気が付いている、明らかに俺を目指して向かってきている。


「リルカ! 風で誘導できないのか!」

(こんな数、不可能です!)

 ――こん、ちきしょう! 一気に加速する。次の交差点。西方向、視界の隅に後二十メートル……。


 俺は全速力を維持したまま北へと向けてひた走る。次の交差点で左を振り向く。後十メートルもない……。


 ――くそっ! 息が切れてきた! もし、次の通りも迫って来ていたら逃げ道が無くなる……。

 その時、目の前のT字路からスローモーションの様にウオーカーが雪崩れ込む。その数十体。いや、二十体……いや、どんどん増えていく。一体どれだけの数が居やがる!


「リルカ! エアウオーク!」

(え? はい! 大気よ、包み込め! 重量軽減エアウオーク!)


 こちらへ手を伸ばし迫ってくるウオーカー。その手を避ける様に俺は右側のコンクリート塀に飛び乗った。

 約2秒ほどの重量軽減。俺はさらにその塀を蹴り木造平屋の屋根へと飛び乗った。瓦の上を北東方向へと走り抜け、家の裏手へと着地する。そのまま今度は東へ向けて通りを走った。

 背後からは木造家屋がミシミシと音を立てて崩れ落ちていく音が聞こえた……。




(もう大丈夫です)リルカの声が聞こえる。

 俺はその後も北東方向へと走り続け、何とかウオーカーの追撃を免れた。気が付くと昨晩泊ったあのマンションの近くまで舞い戻っていた。


「はー……、はー……、はー……」走り過ぎて息が切れた。「何て数だ……」

 俺は近くの鉄製の門へと寄り掛かり息を吐いた。

(すみません、私もあんな数のウオーカーは初めて見ました)

 少なくとも見た限りでも万は居た。あれが全体の一部だとするとあの周囲には数十万の大群が居る事になる。


 世界衝突……その災厄以前に首都圏には三千万の人口が居た。あの日は都心だけでも一千万人は居ただろう。全然考えられない数じゃない。加えて元は一つの個体からのコピーなのだ、行動パターンが同じなら群れになるのも頷ける。

 俺は辺りを注意しながら再度北へと向けて歩き始めた。


 問題は当時、多摩川大橋で何があったかだ……。

 ウオーカーの発生直後には、あそこは普通に車で行き来できていたはずだ。だから車が集まった。

 だが誰かが事故を起こした……もしくは、誰かがバリケードを築いて封鎖した為に車が通れなくなってしまったのだ。

 逃げ惑う人々に誘われるようにウオーカーがあの場所へ殺到する……。いや、一年以上たった今でもウオーカーがまだ居座り続けている事を考えると、あの場所には人の力で越えられない壁のようなものが存在する。やはり、バリケードか……。


 通りの向こうに割と保存状態の良い、五階建てのオフィスビルが見えた。


 ……だとすると、多摩川に掛かる他の橋でも同じ事が起こっている可能性がある。やはり迂闊に近づくのは危険だろう。

 だけど、これで少し希望が見えてきた……。人々は南へと避難したのだ、多摩川を渡れば人に会えるかもしれない。


 俺はそのオフィスビルに入り込み階段を上がった。

 五階まで上がり防火扉を閉めた。壁へと寄り掛かり床へへたり込む。――もう、疲れた……。


「リルカ、済まない少し寝る」

(はい、おやすみなさい)

 俺はそのまま眠りに就いた。



 ――ん? もう夕方か……。

 目覚めた時にはもう外の日は沈み、暗くなり始めていた。


(ゆっきー、気が付きましたか)

「ああ、何かあったか」

(先程、窓の下を何かが通過しました)

「ウオーカーか」

(いえ違います。体長は人ぐらいで四足歩行の生物です)

 犬だろうか? そう言えば起きてから鳥以外の生物を見ていない気がする……。確かに家で飼われていたペットには厳しい環境になってしまっている。本来であれば保護したいところだが、今はそんな事を言っていられる場合では無い。

「今は放っておこう」

(はい)


 今は暗くなる前にオフィスを探して置こう。俺は床から立ち上がり、早速、家探しを始めた。

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