第8話『環状七号線』
非常階段を降りた俺は環七へと向けて歩いた。
「リルカ、周囲は大丈夫か」
(はい、ですがあの休眠状態だと感度が下がるようなので十分注意してください)
「わかった」
俺はビルの陰からそっと環七通りを覗いた。
「これは……」
中目黒で見た駒沢通りより圧倒的に放置されている車が多い。ウオーカー達に追われパニックを起こしたのだろうか、中には事故を起こし真っ黒に焦げた車も見える。道路を見る限り南へ向かった車の方が多い様だ。
俺は慎重に辺りを見回しながら放置されている車の間を縫って環七通りを渡り始めた。
「うっ!」焦げた車の運転席に放置された何かが見えた。
通りの南の先に陽炎の様にゆらゆら歩く人影が見える。多分ウオーカーだろう。彷徨いながらもこちらへ向かってくるようだ。
俺は急いで環七通りを渡った。そしてそのまま住宅街の路地へと駆け込んだ。人通りも無く静かな住宅街。何の変哲もないやや古めの家が並んでいる。そこをジョギングの速度で駆け抜ける。
少し進むと道路に水が溢れている場所へ出くわした。――確か近くに洗足池があったはずだな……。恐らくそこがあふれ出したのだろう。迂回するのは面倒だ。俺はじゃぶじゃぶと音を立てながら先へと進んだ。
浸水している土地を抜けまともに立っている三階建ての建物を見つけた。個人宅だろうか。おしゃれなコンクリート打ちっ放しの比較的な大きな建物。見上げると二階部分に大きなテラスが見える。勝手口側の門を越えれば階段で上がれる様だ。
「少し休憩しよう」俺はリルカに語り掛けた。
(はい)
俺は150㎝程の高さの門を乗り越えてテラスへと上がった。
枯れはてた芝生に花壇。芝生の中央にポツンと白いベンチが置いてある。
周囲に動く物の気配は何もない。いや、遠くから微かに鳥の声が聞こえて来る。ここならば何かが近づいて来てもいきなり襲われることは無いだろう。俺はベンチに腰掛け休憩する事にした。
ベンチへ腰かけボストンバッグを開く。スティックシュガーを何本か取り出し口へと注ぐ。それを水で流し込む。――ふぅ、お腹が空いた。砂糖のお陰で空腹感はあまり無いが、お腹の中に何も入って無いのは変な感じだ。どこかでちゃんと食料を調達しなくてはいけない。
(ゆっきー、これからどうします)リルカが質問してきた。
さて、これからどうするか……。環七を見る限り車の多くは南へと逃げた様だ。足取りを追うのなら南へ向かう必要がある。だが大きな通りにはウオーカーがいると思われる。なので、人通りの少なかったであろう裏路地を潜みながら南へ向かうとしよう。
「南へ向かうつもりだ」
(南ですか……)
「何かあるのか」
(いえ、何も)
「……」何だろう。今、言葉の端にリルカが不安を感じているのが判った。「なあ、リルカ。何か不安を感じているのか」
(あ、はい。でも距離もあるようですし何か漠然として不明です)
「どっちの方角とか判るか」
(こっちです)
リルカの風を送った方角は南西方向。確かその方向にあるのは……多摩川大橋だろうか? 痕跡によっては今からそこを渡って川崎へ行くつもりだったが……。
「わかった、そっちにはなるべく近づかない様にして真っ直ぐ南へ向かおう」
(はい)
俺はバッグを抱えて立ち上がり、そのテラスを後にした。
細い路地をリルカの魔力探知を当てにしてゆっくりと歩いて行く。
南へ下るにつれて次第に建物が密集してき始めた。多くの建物が倒壊している。サイズや形はあまり関係ない様だ。木造なのに残っている家や鉄筋コンクリートなのに崩れたビルがある。
時折火災が起きたであろう建物跡も見受けられる。逆にきれいに残っている物は少ない。だがどの残っている建物も窓が割れ人が侵入した形跡がある。多分これは仕方がないことなのだろう……。
リルカの言う世界衝突が本当ならば、この災厄は世界規模で起こっている。そうなると、この世界のどこにも安全地帯が存在しないことになる。どこへ避難しても同じなのだ。さらにどこも同じように被害に遭っているならどこからも援助物資が届かない。最終的に自分たちのテリトリーで何とかしなくてはいけない。
そして、物資調達の名のもとに公然と行われる略奪。
しかし、それも結局は一時しのぎにしかならない。いずれ必ず人口密度の再分配と一次産業の見直しが必要になって来る。自分たちに必要な物は自分たちで作り出す。そう言った生活にシフトして行かなくてはならない……。
前方に路上に放置された車が見えてきた。
いや、車は一台ではない。複数台の車が道路を塞ぐように止まっている。
いや違う、道路を埋め尽くす様に車が放置されている。――確かあそこは……、国道一号線の辺りだったはず……。
(はっ! いけない! ゆっきー逃げて!)
その時、リルカの焦った声が頭に鳴り響いた。
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