第7話『二日目』
「取り敢えず、生きてる人を探さないといけない」俺は部屋の隅で壁に寄りかかりそう宣言した。「リルカもそれでいいのか」
(はい、私も来て早々に大精霊様を見つけることは出来ないと思っていましたから問題ないです)
「そうか」
こいつも大変なのだろうと言う事は判っているが、その大精霊と言うのを探すにしても何も情報が無い。先ずは生きている人間を探し出し生活の基盤を得てから情報を集めたいと思う。問題はその生存者が一体どこに行ったかだ……。
街の状況を見た限り、当初生存者は50%以上は確実にいたと思われる。そうでなければ公的機関をフル活用しても遺体の埋葬や道路の整備は追いつかない。状況に鑑みて、恐らく死者は10%から30%。負傷者は50%に達したと思われる。
その後、避難所での生活が始まった。食料なども組織的に回収され配給制で配られたのだろう。コンビニの食料が全て持ち去られていたのがその証拠だ。
そして生活の基盤が安定してきた二か月後の六月前後に、あのウオーカーが突如現れた……六月と言うのはあの時に見たワイシャツとスラックスからの想像だ。あの避難所で何も防護策を講じていないところを見ても襲撃は突然だったと想像できる。
恐らく初夏のある日にこの東京でパンデミックを起こしたのだ。何せあいつらは噛み付く事で数を増やすことが出来る。ネズミ算どころの騒ぎではない。下手をすると一晩で一万体以上に数が増えるだろう。
一度そうなってしまえば自衛隊でも対処は難しい。そしてパニックを起こした人々が一斉に逃げ出す。
パニックを起こした群集心理は単純だ、正誤関係なく前の人間に付いて行く。最初の一団が流れを作る。
その一団が逃げ込む場所は……。ああ、そうかそれがあの中目黒公園だ。あそこには航空自衛隊の駐屯地がある。あそこへ逃げ込んだ人々を追ってウオーカーがやって来たのだ。防御を固める間もなく襲われた……。ウオーカーの歩みの速度を考えても一晩の移動距離は半径10㎞くらいだろう。と言う事は発生地点はあの近くだったと想像できる。渋谷区・目黒区・港区・世田谷区・品川区……発生源はそこにある。
そして、朝になって皆が起き出してようやく異常事態に気が付く。互いに連絡を取り合い大移動が始まる。発生源から距離を置くため東京都心を離れる人々。その護衛には自衛隊と警察があたる。とすると……。
皆が逃げて行った方角には、自衛隊によって防衛陣地が作られたに違いない。逆にその跡を追っていけば皆の逃げた方角が判る。
「よし、方針は決まった。出発しよう」俺は立ち上がりバッグを抱えた。
(はい)
そして、マンションのドアを開けこの部屋を後にした。
俺はなるべく細い道を選び西へと向かった。程なくして環七が見えてきた。ここは位置的には洗足あたりだろうか。
(あ、ゆっきー。ウオーカーがいます)
俺は急いでマンションの駐車場に身を潜めた。
「なあ、リルカ。あいつらに気付かれずにどこまで近づけるだろう」
(そうですね、ウオーカーの持っている能力は疑似的な魔力視ですから。風の方向さえ気を付ければ、ゆっきーの十歩分くらいまでは大丈夫だと思います)
安全距離は十メートルくらいか。あくまでリルカの風の操作があってだが……。それにしても魔力と言うのは風に乗って漂うものなのか?
「なあ、またあいつらをうまく誘導できないだろうか」
(風通しの良い建物の上に行けば可能です)
俺は辺りを見回した。どうやらすぐ向かいのマンションの非常階段なら登れそうだ。
そっと通りを覗き見る……。
環七方向の道端に不自然に人が倒れているのが見える。恐らくあれがウオーカーだろう。距離は二十メートル以上離れている。
俺は一気に走って道路の向かいのフェンスを乗り越えた。
非常階段の扉は閉じている。なので周囲を囲む鉄柵をよじ登る。――くそ、身体が重い。
強引に柵を登って二階の手すりに手を掛け非常階段の中へとずり落ちた。もう少し鍛えておけばよかった。
後ろを振り向き確認する。死体のままだ。どうやら気付かれずに済んだ様子だ。
俺はそのまま階段を上った。
恐らく十階以上あったであろうこのマンションは六階部分で崩れていた。六階部分から上の階は潰れ見事に瓦礫と化している。
後から別に作られたであろう非常階段は、まるで物見やぐらの様に八階まで残っている。俺は階段を上り切った。
この位置からでも環七が僅かに見える。どうやら多くの車が放置されている様子だ。
(いきます、〝風よ、吹け〟)
意外に強い風が吹き付けてきて、階段の踊り場が揺れた。少し怖い。
――どうだ?
道端に倒れていたウオーカーがゆるゆると立ち上がる。一度周囲を見渡す様な動作をして方向を決めた。そして、ゆっくりと環七方向へ歩き出す。建物の陰からもう一体のウオーカーが出てきてそれに加わる。さらにもう一体……。
(それにしても妙ですね。機能不全でも起こしてるんでしょうか……)
「ん? どう言う事だ」
(私達の世界ではウオーカーはもっと早く動くんです。それこそ大人の歩みと同じくらいの速度で歩きます。それにあんな風に地面に寝て待つのは見たことありません。あれでは
俺は魔力のことを知らないのでそれに答えることは出来ない。「なあ、こちらとアーヴとではどれくらい魔力の量が違うんだ」
(そうですね、こちらの世界は物凄く魔力にムラがあるので一概に言えませんが、おおよそ十分の一くらいでしょうか)
それ程の違いがあると言うのなら確かにあり得る話だろう。むしろそれで稼働しているのが不思議なくらいだ。地球産の家電製品なら十分の一の電力では動かない。
その後もウオーカー達は数を増し、環七を南方向へと行進した。そして五分としないうちに視界から遠ざかってしまった。
(どうやら、周囲に隠れていたのも一緒に去って行ったみたいです)
「よし、行こうか」
俺は薄く笑みを浮かべてそう言い放ち、そして階段を下った。
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